九条護憲国民戦線 = 日本ジャーナリスト会議
http://www.asyura2.com/07/senkyo35/msg/107.html
投稿者 ダイナモ <st1:OLKEVENT w:st="on" AllDayEvent="0" End="2007/05/23/00/18" Start="2007/05/22/23/18">日時 2007 年 5 月 22 日 23:18</st1:OLKEVENT>:31: mY9T/8MdR98ug <o:p></o:p>
http://www.jcj.gr.jp/view.html#20070521 <o:p></o:p>
■その昔、「議会は資本家の支配の道具に過ぎないのかどうか」と随分議論した。頭の片隅で「その通りだ」と思いながら、それでも「人間は理性の動物。議論すれば、間違った方向にはいかないはずだ」と言ってきた。 <o:p></o:p>
■だがいま、この国会はどうだろう。公聴会の意見は「馬の耳に念仏」だし、質問にはしどろもどろ。なのに、すべてスケジュール通りの決着。改憲手続き法は18項目の付帯決議で強行され、イラク特措法延長では世界で唯一「イラク戦争は正しかった」という主張が罷り通った。教育三法での思想統制や免許更新での締め付けも論議は素通り。図式はどれも「安倍極右・靖国政権」に自民党が盲従、民主党が対決ポーズと「対案」でそれを助けた。 <o:p></o:p>
■「議会は権力の道具」という主張への反論は「国民は選挙で政権を変えることができる」ということだった。しかしそれも、小選挙区制の中では影が薄い。「自公vs民主」ではなく、憲法を軸に、「自公・民主」に対し「社・共」で対抗軸が作られ、護憲勢力が結集できなければ、それこそ「靖国派」の思うツボだ。 <o:p></o:p>
■「共産党と一緒にやると組織がつぶされる」「社民党は共産党の組織を利用しようとするだけだ」―。そんな意見を随分聞いた。当たっているのかもしれないし、双方の不信があるだけかもしれない。だが、そんなことでいいのだろうか。もう「九条護憲救国戦線」を真剣に考えるときではないのか。 <o:p></o:p>
■「『九条護憲』候補次々当選。国民投票法廃止へ」―。参院選でそんな記事を見たいのは私だけなのだろうか。<o:p></o:p>
<o:p> いいえ、私も同じ気持ちです。</o:p>
<o:p>今日はとてもうれしい。それは、アクセスが増えて366と新記録。今後もこつこつとやっていこう。</o:p>