安倍政権打倒デモ 全国に広がる
2014年8月23日 東京新聞:こちら特報部 俺的メモあれこれ
「安倍政権打倒」を掲げるデモが全国各地で起きている。「反政府デモ」は海外
ではおなじみだが、日本では、安倍晋三首相の祖父である岸信介元 首相を標的
に した「安保反対、岸を倒せ」ぐらいしか思い浮かばない。特定秘密保護法や
集団的自衛権の行使容認など個別テーマで反対しても、自民党独り勝ち の「一
強多 弱」の政治状況では数の力で押し切られる。それならば、国民の声で安倍
首相を引きずり降ろすしかないというわけだ。(上田千秋、林啓太、佐藤 圭)
◆自民一強 怒りの受け皿なし
「安倍はやめろ」「ファシストうせろ」。今月2日、「安倍政権打倒」のスロー
ガンのもと、約3000人のデモ隊が東京・渋谷の繁華街を練り歩 いた。
主催団体のひとつである市民グループ「東京デモクラシークルー」のぬらりのさ
ん=男性、ハンドルネーム=(27)は、安倍政権への怒りをあら わにする。
「立憲主義を否定し、国民の声を聞かない。極右政権、現代のファシズムだ」
中心メンバーには、毎週金曜日に脱原発を訴えている首相官邸前デモや、ヘイト
スピーチ(差別扇動表現)デモに現場で直接抗議する「カウン ター」活動の参
加 者が多い。ぬらりのさんは「政権打倒デモは、カウンターの流れをくんでい
る。怒りの気持ちを肯定し、それを直接ぶつけて可視化する」と強調す る。
「安倍政権打倒」のはしりは今年3月、安倍首相が「笑っていいとも!」(フジ
テレビ系)に出演した際の騒動だ。JR新宿駅に面するスタジオア ルタ周辺に
は、首相に批判的な人たちが自主的に集まった。「バラエティーに出てる場合
か」と怒号が飛び、「安倍晋三は今すぐ辞めていいとも!」と書かれ たプラ
カード も登場した。
冒頭のデモの主催団体でもある市民グループ「怒りのドラムデモ」は5、6、7月
に各1回、「安倍政権打倒デモ」を都内で繰り広げた。東京の動 きに呼応する
形で、今月17日には福岡で「政権打倒デモ」があった。福岡デモ実行委員会の宮
崎雄士さん(29)は「鹿児島や佐賀から駆けつけた人もいた。 安倍政権に対 す
る反発の強さを実感した」と話す。
2012年12月の安倍政権発足以来、改憲や原発再稼働に反対するデモや集会は毎週
のように実施されてきたが、なぜ今、「政権打倒」なのか。 「東京デモク ラ
シークルー」と連携する市民グループ「許すな!憲法改悪・市民連絡会」の高田
健さん(69)は「昨年12月の秘密法の強行成立がきっかけ」 とみる。
「個別のテーマで幅広く結集する方法に知恵を絞ってきた。だが、秘密法が強行
される中で、いくら頑張っても、最後は数の力でやられる。安倍政 権を打倒し
な ければ、らちがあかないと、みんなが思い始めた。与野党の力が拮抗(きっ
こう)していれば、野党に政権打倒を託せるが、今の政治状況では、ど うにも
ならな い」
今後、静岡や大阪でも「政権打倒デモ」が予定されている。高田さんらは、秋の
臨時国会の冒頭、国会周辺で「安倍政権打倒」の統一行動を計画し ている。高
田 さんは「政権打倒を掲げると、警備が非常に厳しくなる。安倍政権が警戒し
ていることの表れではないか」と気を引き締める。
◆60年の「反岸」デモ 危機感は同じ
「政権打倒」を掲げたデモは、海外では珍しくない。中東・北アフリカでは
2010~12年、「アラブの春」と呼ばれる反政府行動が相次いだ。 タイやウクラ
イナなど政情不安の国でも反政府デモが頻発している。
日本では、1960年の日米安全保障条約の改定を契機に、岸政権打倒を叫ぶデモが
全国に広がった。岸政権は同年1月、51年に締結された同条 約の改定につ いて
米国と同意。5月に強行採決で衆院を通過させたことで国民の不満が一気に高ま
ると、改定が承認される前日の6月18日夜には30万人もの 人が国会周辺 を埋め
尽くした。
当時は、終戦からわずか15年。しかも岸氏は、太平洋戦争開戦時に閣僚を務め、
戦後はA級戦犯として投獄された人物だ。後に不起訴となったも のの国民の警
戒心は強く、「反安保」から「反岸」へと流れが変わっていった。政治評論家の
森田実氏は「米国の手先になって、また戦争をするんじゃないかと いう危機感
が 強く、『ここで動かないと大変なことになる』と多くの人が考えた」と説明
する。
それから50年余、強引な手法を取る政権はあったが、安倍政権ほど国民との関係
が悪化したことはなかった。上智大の中野晃一教授(政治学)は 「さまざまな
悪条件が重なった結果」とみる。
ここ十数年ほどの間、小泉政権や民主党政権の改革路線が続いた。しかし、小泉
政権は格差問題、民主党政権は政治主導の迷走で国民の不興を買 う。そこに再
登 場してきたのが安倍首相だった。12年衆院選と13年参院選で圧勝した自民党
は、内紛を繰り返す野党を尻目に、「一強多弱」の政治状況を謳歌 (おうか)
す る。
「安倍政権は多くの国民の支持を得たのではなく、相対的に得票数が多かっただ
け。ただ、ライバルとなり得る野党がいない現状が続けば、自民党 は次の衆院
選でも勝てる。国民の声に誠意を持って対応する姿勢がなくても、政権を維持で
きる状況になっている」(中野氏)
◆反戦も反原発も 一つにつながる
そうした国民の閉塞(へいそく)感が現れた一つの形が「安倍政権打倒デモ」と
いえる。文芸評論家の柄谷行人氏は「秘密法も集団的自衛権も原発 再稼動も、
す べての問題は一つにつながっている。安倍政権の露骨なやり方を見ていれ
ば、デモのテーマがシングルイシュー(一つの論点)から政権打倒に変 わって
いくのは 当然の流れだ」と指摘する。
安倍政権にも、ほころびが見え始めている。7月の滋賀県知事選では、自民党が
推薦した候補が民主党の前衆院議員に敗北。広島市の土砂災害をめ ぐっては、
第 一報を受けながら静養先の山梨県でゴルフを続けたことが批判を浴びた。共
同通信社の調査によると、一時は70%を超えていた内閣支持率は、 52%にまで
低 下している。
高千穂大の五野井郁夫准教授(政治学)は「安倍首相はアベノミクスが評価され
ているから大丈夫と思っているかもしれないが、経済状況の善しあ しでしか判
断 しない人は、悪くなればすぐに離れる。政権を維持したいなら国民の声をき
ちんと聞き、噴出している不満や不安が払拭(ふっしょく)されるよう な政策
を示す べきだ」と唱える。
中野氏は「岸氏も世論の高まりの前に、最後は辞任に追い込まれた。安倍政権に
くさびを打ち込むことも可能だろう」と説く。
「秋に福島や沖縄で県知事選があり、来年には統一地方選が行われる。ここで負
けが続けば、政権基盤は弱体化する。加えてデモで国民が声を上げ 続けていけ
ば、流れは変えられる」
[デスクメモ]
昨年12月、「日隅一雄・情報流通促進基金」設立1周年記念シンポジウムにパネ
リストとして参加したときのことである。基金の桂敬一さんがあ いさつで「な
ぜメディアは安倍政権打倒と言わないのか」と疑問を呈した。ひとたび「打倒」
を口にすれば、ひたすらそれを追及するしかない。難しいところだ。(圭)