福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

昨日の神仏霊場会10周年記念フォーラム

2018-11-14 | 諸真言
昨日神仏霊場会10周年記念フォーラム「神と仏は同座する・・神仏巡礼」のフォーラムに行ってきました。非常に実り多いフォーラムでした。
あべのハルカス25階の大会議室は満席でした。500人は出席していたと思います。中には多くの僧形のかたもいらっしゃいました。このフォーラムの注目度の高さがわかりそれだけでも大変うれしくなりました。
司会は田中利典金峯山長臈・神仏霊場会教学委員長が務められました。出席者は山折哲雄神仏霊場会特別顧問、宮城泰年聖護院門跡・神仏霊場会会長、花山院弘匡春日大社宮司・神仏霊場会副会長、小説家玉岡かおる氏でした。

以下文責当方で記憶に残ったご発言を記録しておきます。
・最初に司会者の田中師から「神仏霊場154か寺社をすべて巡礼した人はいま1000人を超えている」とのご紹介があり嬉しくなりました。

・次に山折師が基調講演されましたがこれが素晴らしいものでした。師は今回初めて発信するのだがと前打って「神仏がなぜ日本で調和してきたのかずっと考えてきたがどうもそれは神には2種類あって(①死なない天津神と②死ぬ国つ神)この死ぬ国つ神を供養するために神官と僧侶が共同してきたためで神仏は調和してきたのではないか・・と仮説を立てている」というお話でした。(確かに慈雲尊者の「問決」には「高天原には肉食の文を見ざれば上位の神祇肉食なきことを知るべし。」とか和田大円師「雲伝神道」にも慈雲尊者のお話として「上位の神々は仏僧を尊び、下位の神々が仏僧を遠ざける」という趣旨がありますが、死なない天津神と死ぬ国つ神の分け方も是らに対応しているのかもしれません。ただ神仏が調和してきた日本歴史は死ぬ国つ神の供養を神官僧侶が一体で行ってきたという以上に、天地麗気記等でも大日如来と天照大神を一体としているように神仏全体を一体とするの信仰があったようにも思います。蒙古襲来時等に伊勢神宮でも叡尊尊者等が祈祷をしていることから天津神を含めた神仏一体の信仰が根ついていたのではとも思います。)また明治の神仏分離令につては「伊藤博文等は西欧視察に行って『西欧が進んでいるのはキリスト教の一神教信仰がバックにあることによるもので日本でも一神教を打ち立てる必要がある』と考え、それには萬世一系の天皇を中心とするしかないとかんがえた、そのため神仏協同体制はおくれていると考え一神教にかえようとしたため」。「神仏霊場会は神仏一体の精神を再構築することで日本をすくおうとするもの、関東ではなかなか進まないが・・」との趣旨のご発言もありまったく我が意を得たりとの思いでした。

次に印象に残ったのは花山院師で「私は藤原北家の33代目で、春日大社宮司ですが先祖の9割9分は出家しています。なぜなら藤原家当主以外は跡目争を避けるために代々出家してきたからです。また歴代天皇陛下も9割以上は出家して法皇となられています。・・自分は毎朝神棚を拝し(自宅は天台宗であるから)三十番神を拝み、そして先祖供養をしている、その後神社へいく・・」とのお話です。

こういう神仏一体の流れをなんとか東京にも根ずかせたいものそして日本を再生させたものと強く思いつつ帰京しました。そして昨晩もったいなくも伊勢神宮へお参りしている夢をみました。これはきっとこの神仏一体の動きを加速させよ、との神々の思し召しなのかもしれないと思っております。
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