9時27分発の545H(225系HF430編成)で美章園駅を出発。
9時34分に長居駅に到着。対面式ホーム2面2線の構内です。
階段を下って改札を出ました。4台の自動改札の右手には「みどりの券売機」などが。トイレは改札をくぐって正面に。尚、反対側にはセブンイレブンが。
さて、西口に出ました。長居駅は2006年5月21日に高架化されました。
駅前の様子。ズバリ、じょんぼ總本店です。右手には商店街が続いています。
東口に出ました。駅前広場がないので、このような画角でしか撮れません。
折角なので、キンチョウスタジアムに向けて周辺散策。駅前はマンション。
1つ北の交差点を右折すると、「キンチョウスタジアム」の幟が
駅を出て4分ほど、キンチョウスタジアムに到着しました
で、その向かいには、曹洞宗の寺院である含松山 臨南寺が
折角なので、本堂へ。お馴染みの寺院建築ではなくコンクリート造ではないですか檀家が多くて、またセレッソ大阪が多額を寄進しているでからではないでしょうか。
臨南寺の御神木といえばこの切り株。昭和25年のジェーン台風で倒壊しました。
駅に戻る途中、何やら大きな建物を発見。長居障害者スポーツセンターです。
話が変わりますが、今日は言うまでもなく「3.11」です。8年前のあの日、職場で大きな揺れに見舞われ、その後JR東日本管内全てがストップしました。翌3月12日に福島第1原発の1号機と3号機が水素爆発を起こし、その廃炉作業が長い闘いになっているのは周知の通りです。一方、宮城、岩手の両県の復興事業は来年で一段落し、復興庁は来年度で解体されます。高速道路では、釜石自動車道が全通しました。鉄道では、三陸鉄道が24日に一体運行を開始し、常磐線は来年のダイヤ改正で全線復旧するでしょう。今こうして駅巡りが出来ているのも、福島第1原発の事故で被災していなかったからこそです。
つづく
参考サイト さいきの駅舎訪問
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8時29分発の2416S(201系ND620編成)で衣摺加美北駅を出発。久宝寺駅にて関西本線1327T(221系NA424編成)に乗り継いで。
天王寺駅にて阪和線539H(223系HE424編成)に乗り継ぎ、8時56分に美章園駅に到着。対面式ホーム2面2線の構内です。
階段を下って改札を出ました。4台の自動改札(ICカード専用を含む)の右手には「みどりの券売機プラス」などが。尚、トイレは改札をくぐって右手に。
それでは駅舎撮影。昭和33年5月築の、三角屋根のコンクリ駅舎です。駅前広場がないので、赤信号の時に撮影した次第。
駅舎の向かいにはローソンが。その周辺にはGET HOUSE及び三井住友銀行が。
西の方に進んで行くと、「住道矢田行き」のエルガと一瞬の邂逅
ふと左手を見ると、大正銀行があったではないですか
駅を出て6分ほど、真新しい建物が。ハローワーク阿倍野です。
駅を出て8分ほど、あびこ筋に突き当たりました。そこには阿倍野区役所が。ここら辺で引き返します。
阿倍野区役所の向かいには阿倍野税務署が。手前の3階建ての建物です。尚、奥にある高層の建物はマンション。
つづく
参考サイト さいきの駅舎訪問
6時18分にJR総持寺駅に到着。駅名の由来となった総持寺参拝を果たしました。
総持寺を出て3分ほど、大阪行岡医療大を通過。
見取り図を描いたのは6時57分発の119B(207系S54編成+Z1編成)の車内で。大阪駅到着後、大阪環状線3303K(221系NC604編成)と片町線4428S(321系D27編成)とを乗り継いで放出駅へ。
放出駅にておおさか東線2412S(201系ND601編成)に乗り継ぎ、7時55分に衣摺加美北駅に到着。対面式ホーム2面2線の構内です。
階段を下って改札を出ました。2台の自動改札の右手には「みどりの券売機」などが。尚、トイレは改札をくぐって正面に。
さて、西口に出ました。白と茶の配された高架駅となりました。完成は「平成30年1月19日」だそうです。
柱には、おおさか東線の各駅が掲載されてました
西口の前にはミニストップとマルハンが。その向かいには(旧)ダイシと永和信用金庫が。
西口の前にはロータリーが。その線路沿いには「衣摺高志之碑」が。衣摺加美北駅設置記念碑ですね。
で、その向かいには特別養護老人ホーム・きずり逢花苑が。高齢化社会には必需です。
高架をくぐると、新山工業㈱が。
線路を南下すると東口に出ました。これは高架の入口といった趣です。
駅前にはローソンが。そこで山田錦カップなどを調達してきました。衣摺加美北駅には座れる場所がないので、待合室で見取り図を描きつつ鶴齢で打ち上げ。
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今春のダイヤ改正ではヤナバスキー場前及び初田牛、尺別、直別の3駅が廃止される一方、おおさか東線のJR野江、城北公園通、JR淡路、南吹田の4駅及び梅小路京都西、糸島高校前、岩月、唐桑大沢、西下が開業します。私は、この「18きっぷ」の期間でおおさか東線の延伸区間の駅などを巡る予定です。
さて、これからお伝えするのは、2018年7月28日の乗り継ぎ旅です。昨年のダイヤ改正で開業したJR総持寺と衣摺加美北などを訪問しました。台風12号が迫っている中でヒヤヒヤでした。
前置きはこれくらいにして、そろそろ出発しましょう。
2018年7月27日(金)。自転車で新津駅に行き、信越線2555M(E129系A8編成+B26編成)で新潟駅へ。ボックスを独占したので、のどごし生で一杯。
新潟駅からは、ウィーラートラベルS3619便(和泉200か16-37)で一夜を過ごします。米山SA、南条SA、大津SAで外に出ました。
5時5分に祇園四条に到着。京阪本線の普通(13000系13026F)で東福寺駅に出た後、奈良線602M(205系NE601編成)で京都駅へ。
京都駅にて東海道線109B(207系S56編成+T26編成)に乗り継ぎ、朝食タイム。6時18分にJR総持寺駅に到着。島式ホーム1面2線の構内です。
「18きっぷ」に日付印を入れてもらい、改札を出ました。4台の自動改札の右手には「みどりの券売機」などが。尚、トイレは改札をくぐって正面に。
さて、南口を出ました。「総持寺の山門」をイメージした高架駅です。
駅前の様子。正面にはフジテックの工場、右手にはファミリーマートが。
「総持寺」を求めて北口へ。自由通路には絵画が。
北口に出ました。壁面に囲まれた狭い敷地で、「勝手口」のようなつくりです。
2分ほど歩くと道路に出てファミリーマートに。その後、北方に歩いていきますが、西河原の住宅地ということだけ。こりゃダメだ。
ということで、再び南口へ。5分ほど進むと茨木病院が。
補陀洛山 総持寺は、茨木病院の隣でした!折角なので、山門をくぐります。
本堂に行き、旅の安全を祈願してきました。
で、ふと見ると、蓮の花が満開でした。
つづく
先日、JR西日本岡山支社は、115系の1編成に青色のラッピングを施し、ふるさとおこし列車を走らせる発表しました。「SETOUCHI TRAIN」というのだそうです。2022年3月までの予定ということで。
また、しなの鉄道でも新型車両の導入計画が明らかになっています。「SR1形」といいます。来年度にライナー用に6編成投入され、再来年から2026年まで全て置き換えていくというのです。
さて、これからお伝えするのは、2018年12月分の新潟の115系電車です。特記以外は新潟駅での撮影です。どうぞご覧下さい。
張子は、2018年12月1日の越後線139M。N35編成で6分遅れでやってきました。
越後石山駅に行き、信越線3481Mを。N37編成で3分遅れで通過。
新潟駅に戻り、越後線143Mを。一旦回送されるために逆になってますが、N33編成+N36編成でした。
2018年12月2日。信越線3481MはN33編成でした。
越後線1539MはN40編成でした。
越後線143Mの回送は、N38編成+N35編成でした。
2018年12月8日。東三条駅にて弥彦線227Mを。N38編成+N40編成でした。
新津駅に行き、信越線3481Mを。N33編成でした。
2018年12月13日。越後線172MはN37編成でした。
2018年12月21日。越後線1539MはN37編成でした。
越後線143Mの回送は、N40編成+N35編成でした。
越後線142MはN34編成でした。
2018年12月29日。越後線1539MはN34編成でした。
越後線143Mの回送は、N37編成+N36編成でした。
越後線142MはN35編成でした。
2018年12月31日。信越線3481MはN38編成でした。
越後線1539MはN40編成でした。
最後に、越後線143Mの回送を。N34編成+N35編成でした。
2018年12月分の新潟の115系電車は以上です。入場中の編成はなく、全ての編成を公開出来たのは幸いです。
さて、ダイヤ改正後の越後線143Mや越後線1539Mですが、番線が変わるだけで折り返して1534Mになったり138Mになったりする動きはありません。次の次のダイヤ改正まで新潟の115系電車は存続かと思われます。
冒頭の記述に戻りますが、2022年3月になると、岡山の115系も終焉を迎えるでしょう。その前に下関の115系も終焉を迎えていると思われるので、JR最後の115系電車の楽園は岡山ということになりそうです。尚、日本全国を見渡せば、115系電車の本当の最後の楽園はしなの鉄道かと思われます。
次は、「JR総持寺&衣摺加美北に行ってきた」をお伝えします。
12時15分発の羽越本線542M(701系N104編成)で新屋駅を出発。遅れ秋田新幹線の接続をとったのだろうか、5分ほど遅れてました。
車窓には日本海が。しかし、金浦駅を出ると車掌室に呼び出し電話が鳴って慌ただしくなったと思ったら…
象潟駅には2番線ではなく3番線に到着。しばらく動かないなと思ったら間もなくアナウンスがあり、「酒田地方大雨のため運転見合わせ」。この542Mは当駅打ち切りとなり、バス代行に。
バスが到着したとのアナウンスがあり、跨線橋を渡って駅舎の中へ。改札の左手には指定席券売機が。
右手には21人分座れるベンチがあり、その奥には観光案内所が。旅を諦めたカップルがそこに吸い込まれていきました。
束の間の駅舎撮影。2012年10月1日に和風の装いにリニューアルされ、出入口に防風板が取り付けられました。尚、新津方にはトイレが。
「秋田200か13-71」で酒田駅へ。山口県から来て、由利高原鉄道を訪問して福島に行くという女性と相席に。前日に酒田花火を見たそうで、今回の豪雨に残念がったとか。山形県に入ると激しい雨に。
滝のような雨に打たれて酒田駅に降ろされました。駅舎に入ると、ちょうど運転打ち切りとなった「いなほ5号」から乗客が吐き出されたところ。832Dが最早当てにならないので、「きらきらうえつ」の指定券を取得した次第。
人で一杯になった待合室でくすぶっているうち、551Mのみならず553Mも運休決定。「いなほ12号」も「きらきらうえつ」も運転されるとのので新津に帰る目処がつきました。
「いなほ12号」が出発して間もなく、3番線には「きらきらうえつ」(485系きらきら編成)が入線。
指令との打ち合わせのため、3分遅れの16時14分に酒田駅を出発。砂越駅までは徐行運転。用水路の水位はかなりヤバ目。これがかの「酒田豪雨」というやつか。
村上駅を出ると、比内地鶏の鶏めしで夕食。蒸し鶏、鶏そぼろ、卵焼きのみならず茄子の田楽まで入り、経木などにもこだわりが見られ。奮発した甲斐あった駅弁でした。新潟駅到着後、信越線2556M(E129系B6編成)に乗り継いで新津に帰還しました。
「能代駅開業110周年キネン乗り継ぎ」は以上です。オガーレに行けなかったのは残念でしたが、五能線で「最も本数の区間」に行けたのは大きな収穫でした。
さて、深浦ー鰺ヶ沢間ですが、昨年のダイヤ改正で昼間時間帯の本数が増えて、料金不要の快速も新設されています。ツアーでの利用も多いことから、旅行会社から要望書が多数出されてたからではないかと考えられます。
これで五能線の未登場駅は鳴沢ー藤崎間のみとなりましたが、昨年の10月に踏破して五能線全駅下車を達成しました。次の五能線駅巡り記のUP時期についてはまだ未定です。
いよいよ春の18きっぷのシーズンになり、岡山地区では115系のラッピング車両の話題が出ています。次は、新潟の115系電車についてお伝えします。
最後までお読みいただきありがとうございます。
参考サイト さいきの駅舎訪問