20150107
ぽかぽか春庭ことばのYa!ちまた>ひつじの文化史(4)羊の文化史西欧編ひつじ名画
コメは、完全栄養食品に近い滋味豊かな食品です。東南アジアから東アジアの米作地帯では、米さえ作っていれば人々は豊かな生活ができました。しかし、乾燥寒冷地帯が多い西欧は、小麦栽培だけでは暮らしていけず、牧畜小麦栽培併用でやっていくしかありませんでした。
牧畜では、牛とともに羊が重要な家畜であり、羊は、西洋文化史のなかでも、重要な役割を果たしています。
乾燥した牧畜地帯に発っしたユダヤ教では、羊は犠牲を象徴する動物であって、神への生け贄として神前に捧げられました。イエス・キリストが十字架にかかると、「真の過越の子羊であるキリストによって救われる」という信仰になり、羊は、キリストのシンボルにもなりました。キリスト教がヨーロッパの文化の中心になり、羊は描かれる動物のトップに君臨しています。
西欧の絵画、さまざまな図柄で羊の絵を見ることができます。私が一番好きな羊の絵は、セガンティニ、次がミレー。農村風景、牧畜の風景とともに描かれた羊が好きです。
セガンティニは、アルプスの空気まで写し取ったと言われます。
母を早く亡くして不幸な子ども時代をすごしたセガンティニ。妻と共にアルプスの地でようやく絵を存分に描く暮らしをはじめて、アルプスの代表的な家畜である羊を数多く描きました。
アルプスの真昼

セガンティニの「海を渡るアベマリア」は、はっきりと宗教的な背景をモチーフにしています。しかし、「アルプスの真昼」には、どこにも宗教画の画材はないのに、それでも静謐な雰囲気がただようのは、「母なき子セガンティニ」が、いつも聖母を我が母とも慕ってすごした心を持ち続けたからなのでしょうか。
海を渡るアベマリア

キリスト教の「犠牲の子羊」以上に、日本で「西洋の羊」の代表になったのは、「メリーさんの羊」かもしれません。
エジソンが蓄音機を発明したときに、一番最初に録音しようとしたのがエジソン自身が歌う「メリーさんの羊」であったのに、歌う前にエジソンがくしゃみをしてしまったために、蓄音機に最初に記録されたのは、「くしゃみ」というエピソードが知られています。このとき録音されたメリーさんの羊は、音源が失われてしまっているようです。
絵にしろ音楽にしろ、羊は西洋文化の重要なモチーフでした。
昨年見た旅番組の中で、東出昌大がモンゴルの考古学発掘現場で遺跡発掘の手伝いをする、という番組を見ました。東出昌大さんは、遊牧民の家族の家テントの家ゲルにホームステイします。家族は、一家の大事な財産である羊を屠って客人をもてなそうとします。私が感心したことに、東出さんは、羊の作業に参加していたことです。手を羊の体に差し入れ、羊皮を剥いでいく作業を手伝っていました。
人間のために命を差し出した羊に感謝しつつ皮を剥ぎ、その肉や内臓を食べる。日本ではたいていの人が薄切り肉に加工された肉を食べながら、生前の牛や羊の姿を想像することがない生活を送っていますが、肉を食べるというのは、本来こういうところから始めるべきなんだ、と画面に見入りました。
私がウールのセーターを着て一杯のコーヒーを飲むとき、羊の毛を刈り取った人が働いていたということ、コーヒーの豆を摘み取る仕事をしている人がいるってことだし、豚汁を食べるには、豚を飼育した人やした人が働いてきた、というひとつひとつの単純なことを忘れないように、私の命と毎日の生活の隅々まで、まわりの人すべてのおかげだということを、今年も忘れずに暮らしていきたいです。
ことし、羊との出会い、何か新しい発見がありますように。
<つづく>
ぽかぽか春庭ことばのYa!ちまた>ひつじの文化史(4)羊の文化史西欧編ひつじ名画
コメは、完全栄養食品に近い滋味豊かな食品です。東南アジアから東アジアの米作地帯では、米さえ作っていれば人々は豊かな生活ができました。しかし、乾燥寒冷地帯が多い西欧は、小麦栽培だけでは暮らしていけず、牧畜小麦栽培併用でやっていくしかありませんでした。
牧畜では、牛とともに羊が重要な家畜であり、羊は、西洋文化史のなかでも、重要な役割を果たしています。
乾燥した牧畜地帯に発っしたユダヤ教では、羊は犠牲を象徴する動物であって、神への生け贄として神前に捧げられました。イエス・キリストが十字架にかかると、「真の過越の子羊であるキリストによって救われる」という信仰になり、羊は、キリストのシンボルにもなりました。キリスト教がヨーロッパの文化の中心になり、羊は描かれる動物のトップに君臨しています。
西欧の絵画、さまざまな図柄で羊の絵を見ることができます。私が一番好きな羊の絵は、セガンティニ、次がミレー。農村風景、牧畜の風景とともに描かれた羊が好きです。
セガンティニは、アルプスの空気まで写し取ったと言われます。
母を早く亡くして不幸な子ども時代をすごしたセガンティニ。妻と共にアルプスの地でようやく絵を存分に描く暮らしをはじめて、アルプスの代表的な家畜である羊を数多く描きました。
アルプスの真昼

セガンティニの「海を渡るアベマリア」は、はっきりと宗教的な背景をモチーフにしています。しかし、「アルプスの真昼」には、どこにも宗教画の画材はないのに、それでも静謐な雰囲気がただようのは、「母なき子セガンティニ」が、いつも聖母を我が母とも慕ってすごした心を持ち続けたからなのでしょうか。
海を渡るアベマリア

キリスト教の「犠牲の子羊」以上に、日本で「西洋の羊」の代表になったのは、「メリーさんの羊」かもしれません。
エジソンが蓄音機を発明したときに、一番最初に録音しようとしたのがエジソン自身が歌う「メリーさんの羊」であったのに、歌う前にエジソンがくしゃみをしてしまったために、蓄音機に最初に記録されたのは、「くしゃみ」というエピソードが知られています。このとき録音されたメリーさんの羊は、音源が失われてしまっているようです。
絵にしろ音楽にしろ、羊は西洋文化の重要なモチーフでした。
昨年見た旅番組の中で、東出昌大がモンゴルの考古学発掘現場で遺跡発掘の手伝いをする、という番組を見ました。東出昌大さんは、遊牧民の家族の家テントの家ゲルにホームステイします。家族は、一家の大事な財産である羊を屠って客人をもてなそうとします。私が感心したことに、東出さんは、羊の作業に参加していたことです。手を羊の体に差し入れ、羊皮を剥いでいく作業を手伝っていました。
人間のために命を差し出した羊に感謝しつつ皮を剥ぎ、その肉や内臓を食べる。日本ではたいていの人が薄切り肉に加工された肉を食べながら、生前の牛や羊の姿を想像することがない生活を送っていますが、肉を食べるというのは、本来こういうところから始めるべきなんだ、と画面に見入りました。
私がウールのセーターを着て一杯のコーヒーを飲むとき、羊の毛を刈り取った人が働いていたということ、コーヒーの豆を摘み取る仕事をしている人がいるってことだし、豚汁を食べるには、豚を飼育した人やした人が働いてきた、というひとつひとつの単純なことを忘れないように、私の命と毎日の生活の隅々まで、まわりの人すべてのおかげだということを、今年も忘れずに暮らしていきたいです。
ことし、羊との出会い、何か新しい発見がありますように。
<つづく>