20191027
ぽかぽか春庭にっぽにあニッポン語教師日誌>再録・日本語教師日誌(7)お茶とティーとテとヘルバタ
春庭の日本語教室だよりを再録しています。
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2006/07/30
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(8)お茶とチャイとティー
留学生の作文から教わった、ポーランド語の「お茶」をめぐって。
ある日本語教科書(中級読解)に、世界のことばの比較が載っています。
世界中にある5000の言語がそれぞれのことばをそれぞれに用いているなかで、おどろくほど似ていることばが、各国語の中にある、という話題です。
それは、「お茶」を表す単語。
現在の植物学研究では、お茶の木の源流は中国の雲南省の山岳地帯に自生していたものだろうと言われています。世界中のお茶は、中国から海やシルクロードをたどり、世界各地へと広まっていきました。
おおざっぱに分類すると、摘み取った茶葉を蒸して発酵を止め、煎じて飲むのが日本茶。茶葉を発酵(酸化)させたものが紅茶。半発酵にとどめたのが烏龍茶。
中国語は方言差が大きいことは、再三述べてきました。
「お茶」を意味する中国語、地方によってちがいます。
「お茶」を意味する語は、福建語(フーチェン語)では「テ(te)」、広東語(カントン語)では「チャcha」です。
日本語の「ちゃ」は、お茶を日本にもたらした中国語からきています。
日本語の「ちゃ」は、広東語と共通する「チャ」が源流にあります。
奈良時代以前、中国南方から伝わった語が日本語に入ってきました。この時代に伝えられた語には、広東語や上海語と共通している発音のものがあります。
北京語でも「チャー」、朝鮮韓国語「チャー」、モンゴル語「チャイ」、チベット語「ヂャ」ベンガル語「チャー」、ヒンディー語「チャーヤ」、トルコ語「チャイ」ギリシャ語「チャイ」、アルバニア語「チャイ」、アラビア語「シャーイ」、ロシア語「チャイ」ポルトガル語「チャ」
これらは、広東語から伝わっていったものと考えられています。
一方の福建語の「テ」から伝播した系統。
マレー語「テー」、スリランカ(セイロン)「テー」、南インド「ティ」、オランダ語「テーthee)」、英語「ティtea」、ドイツ語、「テー(Tee)」、フランス語「テthé」、イタリア語「テ」、スペイン語「テté)」、チェコ(チェック語)「テ」、ハンガリー語「テア」、デンマーク語「テ」、ノルウェー語「テ」、フィンランド語「テー」
この「お茶」の伝播は、ものが交易を通じて広まると同時に、それを指し示す「ことば」がいっしょに世界中に広まっていったようすを示していて、とても興味深いです。
中級日本語教科書に掲載されていた「お茶」という語をめぐる文章、放送大学教材に記載されていたものからの、抜粋引用です。(小林彰夫・宮崎基嘉『食物と人間』より)
ところが、この教科書の記述に対して、ポーランド語母語話者の留学生から異議申し立てがありました。
<つづく>
2006/07/31 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(8)チャイとヘルバタ
世界で「茶」を意味する語のうち、ポルトガル語では、広東語系のチャであるのに、ポルトガルのお隣スペインでは福建語系のテです。
これは、ポルトガルが広東省マカオからお茶を輸入したのに対して、スペインは、福建省アモイから輸入したオランダを通して、福建語(ミン南語)の「テ」「テイ」の系統が伝わったからです。
日本語の茶の発音。
呉音(奈良時代以前に伝わった漢字発音)で「茶」の発音は「ダ」です。
日本語では、「ダ」という発音がお茶を意味することはないので、奈良時代以前には、まだ、お茶を飲む習慣が定着しなかったことがわかります。
奈良時代に「薬湯」としてお茶が中国から伝わっていたらしいですが、一般にはひろまりませんでした。
「茶」の漢音(中国唐時代長安の発音)では、「タ」です。遣唐使の時代にお茶を飲む習慣が広まったなら、日本語でのお茶も「タ」と発音していたことでしょう。
「お茶」「茶の湯」などの「チャ」という発音は、漢音と唐音の中間の時期に広東語系の「チャ」が、茶の葉とともに伝わったと考えられます。
鎌倉時代以後、栄西ら禅宗の僧たちが喫茶習慣を伝えてから、人々が「薬湯」ではなく、日常の飲み物としてお茶を飲むようになったと言われています。
「喫茶店」「茶道」などというときの、「サ」という字音は唐音(鎌倉室町以後に伝わった漢字発音)です。
広東語チャ系統の語を持つ言語は、昨日記載した言語のほか、「チャ」:ベトナム語、タイ語、タガログ語、ネパール語、ペルシア語
「チャイ/シャイ」ブルガリア語、ルーマニア語、セルビア語、セルビア・クロアチア語、スロバキア語、ウクライナ語
福建語テー系統の語を持つ言語は、昨日記載した言語のほか、
「テー/ティ」イディッシュ語、ヘブライ語、ラテン語、スウェーデン語、フィンランド語、エストニア語、ラトビア語、アイスランド語、アルメニア語、インドネシア語、タミル語
さて、今期、留学生から教えられた言葉。ポーランド語の「お茶」について。
日本語教科書の各国語版「お茶」の単語表をみて、ポーランドのアンナが「先生、これはちがいます。ポーランドでは、お茶をこう言いません」と主張したのです。
教科書に載っていたポーランド語の「お茶」は、広東語系の「チャイ」です。
アンナの説明によると。
「ポーランドは歴史的にロシアとの関わりが強かったので、ポーランド語にロシア語からたくさんの語彙が入ってきました。
この、教科書に載っている、ポーランド語のチャイ(tsai)ということばも、もとはロシア語のシャイ・チャイ(czay)からきています。
ポーランドの人々は、チャイということばを聞けば、それが「お茶」を意味する語だと、皆わかります。わかりますが、それは自分たちの日常生活でのことばではありません。
ポーランドの人は、日常生活で、お茶を飲むときは「ヘルバタherbataを飲む」と言います。
ヘルバタのヘルバは、英語のハーブherbと同じ。語源は「葉」を意味する。「タ」は、英語のティteaと同じです。
英語のハーブティはお茶の葉ではない植物を用いたカモミール・ティなどをさしますが、ポーランド語では、お茶の葉を用いた飲み物がヘルバタです。
日常飲む「お茶」にあたるのは、こちらのヘルバタです。」
以上が、ポーランド語母語話者アンナの説明でした。
な~るほど!
ポーランド語について知っている日本人はそう多くはないから、放送大学教科書に「ポーランド語ではお茶をチャイという」という記述があれば、そう信じてしまいます。
確かに、ロシア語の影響が強い公式文書などでは、お茶を「チャイ」と書いたものがあるのかもしれません。でも、それは、ポーランドの日常生活での「お茶を飲む」とは異なる、とアンナは言うのです。
外交などの公式な場での「チャイ」と、日常生活での「ヘルバタ」。ことばの微妙なちがいを、アンナに教えられました。
<つづく>
ぽかぽか春庭にっぽにあニッポン語教師日誌>再録・日本語教師日誌(7)お茶とティーとテとヘルバタ
春庭の日本語教室だよりを再録しています。
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2006/07/30
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(8)お茶とチャイとティー
留学生の作文から教わった、ポーランド語の「お茶」をめぐって。
ある日本語教科書(中級読解)に、世界のことばの比較が載っています。
世界中にある5000の言語がそれぞれのことばをそれぞれに用いているなかで、おどろくほど似ていることばが、各国語の中にある、という話題です。
それは、「お茶」を表す単語。
現在の植物学研究では、お茶の木の源流は中国の雲南省の山岳地帯に自生していたものだろうと言われています。世界中のお茶は、中国から海やシルクロードをたどり、世界各地へと広まっていきました。
おおざっぱに分類すると、摘み取った茶葉を蒸して発酵を止め、煎じて飲むのが日本茶。茶葉を発酵(酸化)させたものが紅茶。半発酵にとどめたのが烏龍茶。
中国語は方言差が大きいことは、再三述べてきました。
「お茶」を意味する中国語、地方によってちがいます。
「お茶」を意味する語は、福建語(フーチェン語)では「テ(te)」、広東語(カントン語)では「チャcha」です。
日本語の「ちゃ」は、お茶を日本にもたらした中国語からきています。
日本語の「ちゃ」は、広東語と共通する「チャ」が源流にあります。
奈良時代以前、中国南方から伝わった語が日本語に入ってきました。この時代に伝えられた語には、広東語や上海語と共通している発音のものがあります。
北京語でも「チャー」、朝鮮韓国語「チャー」、モンゴル語「チャイ」、チベット語「ヂャ」ベンガル語「チャー」、ヒンディー語「チャーヤ」、トルコ語「チャイ」ギリシャ語「チャイ」、アルバニア語「チャイ」、アラビア語「シャーイ」、ロシア語「チャイ」ポルトガル語「チャ」
これらは、広東語から伝わっていったものと考えられています。
一方の福建語の「テ」から伝播した系統。
マレー語「テー」、スリランカ(セイロン)「テー」、南インド「ティ」、オランダ語「テーthee)」、英語「ティtea」、ドイツ語、「テー(Tee)」、フランス語「テthé」、イタリア語「テ」、スペイン語「テté)」、チェコ(チェック語)「テ」、ハンガリー語「テア」、デンマーク語「テ」、ノルウェー語「テ」、フィンランド語「テー」
この「お茶」の伝播は、ものが交易を通じて広まると同時に、それを指し示す「ことば」がいっしょに世界中に広まっていったようすを示していて、とても興味深いです。
中級日本語教科書に掲載されていた「お茶」という語をめぐる文章、放送大学教材に記載されていたものからの、抜粋引用です。(小林彰夫・宮崎基嘉『食物と人間』より)
ところが、この教科書の記述に対して、ポーランド語母語話者の留学生から異議申し立てがありました。
<つづく>
2006/07/31 月
ニッポニアニッポン語教師日誌>前期もめでたくこれにておひらき(8)チャイとヘルバタ
世界で「茶」を意味する語のうち、ポルトガル語では、広東語系のチャであるのに、ポルトガルのお隣スペインでは福建語系のテです。
これは、ポルトガルが広東省マカオからお茶を輸入したのに対して、スペインは、福建省アモイから輸入したオランダを通して、福建語(ミン南語)の「テ」「テイ」の系統が伝わったからです。
日本語の茶の発音。
呉音(奈良時代以前に伝わった漢字発音)で「茶」の発音は「ダ」です。
日本語では、「ダ」という発音がお茶を意味することはないので、奈良時代以前には、まだ、お茶を飲む習慣が定着しなかったことがわかります。
奈良時代に「薬湯」としてお茶が中国から伝わっていたらしいですが、一般にはひろまりませんでした。
「茶」の漢音(中国唐時代長安の発音)では、「タ」です。遣唐使の時代にお茶を飲む習慣が広まったなら、日本語でのお茶も「タ」と発音していたことでしょう。
「お茶」「茶の湯」などの「チャ」という発音は、漢音と唐音の中間の時期に広東語系の「チャ」が、茶の葉とともに伝わったと考えられます。
鎌倉時代以後、栄西ら禅宗の僧たちが喫茶習慣を伝えてから、人々が「薬湯」ではなく、日常の飲み物としてお茶を飲むようになったと言われています。
「喫茶店」「茶道」などというときの、「サ」という字音は唐音(鎌倉室町以後に伝わった漢字発音)です。
広東語チャ系統の語を持つ言語は、昨日記載した言語のほか、「チャ」:ベトナム語、タイ語、タガログ語、ネパール語、ペルシア語
「チャイ/シャイ」ブルガリア語、ルーマニア語、セルビア語、セルビア・クロアチア語、スロバキア語、ウクライナ語
福建語テー系統の語を持つ言語は、昨日記載した言語のほか、
「テー/ティ」イディッシュ語、ヘブライ語、ラテン語、スウェーデン語、フィンランド語、エストニア語、ラトビア語、アイスランド語、アルメニア語、インドネシア語、タミル語
さて、今期、留学生から教えられた言葉。ポーランド語の「お茶」について。
日本語教科書の各国語版「お茶」の単語表をみて、ポーランドのアンナが「先生、これはちがいます。ポーランドでは、お茶をこう言いません」と主張したのです。
教科書に載っていたポーランド語の「お茶」は、広東語系の「チャイ」です。
アンナの説明によると。
「ポーランドは歴史的にロシアとの関わりが強かったので、ポーランド語にロシア語からたくさんの語彙が入ってきました。
この、教科書に載っている、ポーランド語のチャイ(tsai)ということばも、もとはロシア語のシャイ・チャイ(czay)からきています。
ポーランドの人々は、チャイということばを聞けば、それが「お茶」を意味する語だと、皆わかります。わかりますが、それは自分たちの日常生活でのことばではありません。
ポーランドの人は、日常生活で、お茶を飲むときは「ヘルバタherbataを飲む」と言います。
ヘルバタのヘルバは、英語のハーブherbと同じ。語源は「葉」を意味する。「タ」は、英語のティteaと同じです。
英語のハーブティはお茶の葉ではない植物を用いたカモミール・ティなどをさしますが、ポーランド語では、お茶の葉を用いた飲み物がヘルバタです。
日常飲む「お茶」にあたるのは、こちらのヘルバタです。」
以上が、ポーランド語母語話者アンナの説明でした。
な~るほど!
ポーランド語について知っている日本人はそう多くはないから、放送大学教科書に「ポーランド語ではお茶をチャイという」という記述があれば、そう信じてしまいます。
確かに、ロシア語の影響が強い公式文書などでは、お茶を「チャイ」と書いたものがあるのかもしれません。でも、それは、ポーランドの日常生活での「お茶を飲む」とは異なる、とアンナは言うのです。
外交などの公式な場での「チャイ」と、日常生活での「ヘルバタ」。ことばの微妙なちがいを、アンナに教えられました。
<つづく>