*ここからは、2022年5月2日取材分です、ゴールデンウィーク後半は山形県へ行きました
福島県福島市の福島大笹生インターチェンジから米沢北インターチェンジまでの区間が無料区間となっています
万世町桑山地区は、米沢市役所の南東約5kmのところ
国道13号線(万世大路)を福島方面へ向かうと
羽黒川を渡って東北中央自動車道の高架を潜ります
間もなく米沢八幡原インターチェンジです
手前のコンビニの有る信号を右(南)に入ってすぐコンビニの南側の道路を左(東)へ入ります
道なりに進んで、ICの誘導道路の下を北側のトンネル(二か所有る先の方)で抜けると
一段下に大きな赤松が見えてきます、駐車スペースがありますので利用させていただきました
南側から
西側から
北側から幹を見上げました
景観重要樹木に山形県と米沢市に指定されて、共に第1号に指定されています
説明版です
駐輩之碑 万才の松
場所 万世町桑山旧小学校建地
由来
明治14年10月3日 明治天皇東北御巡幸の際に、開通の式典が行われ、後に「万世大路」の名を賜わりました。
内陸国米沢にとっても、夜明けとも云える首都圏との産業・文化の交流が出来るようになった感激の歴史でした。
明治天皇御少憩の地、桑山観音原(現在地)に有志者により、この地を永久に、後世に伝えるために明治22年、記念樹として青松一株が植えられました。
明治28年石碑が建てられて、その裏面には伯爵東久世通禧の句「いでましを あふぎて 今も 松が枝に 萬世唱う かぜの音かな」と刻まれております。
旧万世小学校は、明治34年この地に建てられましたが、その校歌は、金谷の藤倉祐蔵先生の作詞、大正2年に制定され「御跡に植えし記念松 いよいよ高く天を摩し いわれを伝う石碑は 千代万代にくちはせず」と歌われております。
平成4年5月 建之
万世公民館
東側から
南東側から、松くい虫の被害は出ていないようです
西側には小学校創立60周年記念碑と歌詩の彫られた石碑です
萬世小学校創建之地の大きな石碑です
東北中央自動車道路開通記念の草木供養石碑です
西側の誘導道路と樹木です
南側の山には城址があるようです、尾根を通して2時間以上かかりそうです
では、次へ行きましょう
福島県福島市の福島大笹生インターチェンジから米沢北インターチェンジまでの区間が無料区間となっています
万世町桑山地区は、米沢市役所の南東約5kmのところ
国道13号線(万世大路)を福島方面へ向かうと
羽黒川を渡って東北中央自動車道の高架を潜ります
間もなく米沢八幡原インターチェンジです
手前のコンビニの有る信号を右(南)に入ってすぐコンビニの南側の道路を左(東)へ入ります
道なりに進んで、ICの誘導道路の下を北側のトンネル(二か所有る先の方)で抜けると
一段下に大きな赤松が見えてきます、駐車スペースがありますので利用させていただきました
南側から
西側から
北側から幹を見上げました
景観重要樹木に山形県と米沢市に指定されて、共に第1号に指定されています
説明版です
駐輩之碑 万才の松
場所 万世町桑山旧小学校建地
由来
明治14年10月3日 明治天皇東北御巡幸の際に、開通の式典が行われ、後に「万世大路」の名を賜わりました。
内陸国米沢にとっても、夜明けとも云える首都圏との産業・文化の交流が出来るようになった感激の歴史でした。
明治天皇御少憩の地、桑山観音原(現在地)に有志者により、この地を永久に、後世に伝えるために明治22年、記念樹として青松一株が植えられました。
明治28年石碑が建てられて、その裏面には伯爵東久世通禧の句「いでましを あふぎて 今も 松が枝に 萬世唱う かぜの音かな」と刻まれております。
旧万世小学校は、明治34年この地に建てられましたが、その校歌は、金谷の藤倉祐蔵先生の作詞、大正2年に制定され「御跡に植えし記念松 いよいよ高く天を摩し いわれを伝う石碑は 千代万代にくちはせず」と歌われております。
平成4年5月 建之
万世公民館
東側から
南東側から、松くい虫の被害は出ていないようです
西側には小学校創立60周年記念碑と歌詩の彫られた石碑です
萬世小学校創建之地の大きな石碑です
東北中央自動車道路開通記念の草木供養石碑です
西側の誘導道路と樹木です
南側の山には城址があるようです、尾根を通して2時間以上かかりそうです
では、次へ行きましょう