ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

秋田県横手市、十文字町梨木堂ノ後「愛宕神社のケヤキ」です!!

2022-08-21 19:31:00 | 巨樹・大木
 十文字町梨木堂ノ後地区は、横手市役所の南南西約10kmのところ(十文字地域局の北東約1km)

 国道13号横手湯沢道路を南へ、十文字インターチェンジを下ります

 十文字IC入口信号を直進して突き当りを左へ、すぐ右手に愛宕神社が西向きに鎮座します

 南側の道路脇に車を止めさせて頂きました


 参道入口のモミの大木です

 村社 愛宕神社です

 参道の鳥居です

 狛犬です


 参道左手に目的のケヤキです

 南側から、根張りの大きなケヤキです

 南東側から、目通り幹囲5.0mの巨木です

 西側から

 北東側から

 拝殿です

 本殿です

 説明版です
  村社 愛宕神社
 鎮座地 横手市十文字町梨木字堂ノ後28番地(旧 羽州街道沿い)
 祭神 加具土命 火を司る神
 創立 創立の来歴は不詳であるが古文書によると、当該鎮座地は戦国時代小野寺氏始政の頃、虚空蔵の社として堂宇が建立され、当村集落草創期からは愛宕の社として参詣の対象となり、愛宕大権現・愛宕大神が祭祀され現在に至っている。
 安永年間の記録には梨子木愛宕山とあり、また釈迦如来、普賢、文殊、観世音、勢至の諸菩薩など、佛教に関わる名称が散見され、神佛習合の変遷の跡がみられる。
 古い本殿の祭壇は須弥壇式となっていたが、御堂再建時に末社稲荷神社に移転・建立されたと云われ、現在もその形をとどめている。
 本社は古来より火除けの神として崇拝されているが、虫歯除けにも霊験灼として、近郷近在からの来詣者が多かった。また、例祭日には番楽奉納があった。
 市指定無形民俗文化財「水かぶり」の神事は宝暦年間から継承されていると伝えられる冬の奇祭である。

 水かぶりの説明です 
  横手市指定文化財
   梨木水かぶり
 宝暦元年(1751)、村人が悪疫退散の祈願をこめ、寒中水垢離をとって、丑の刻に愛宕神社に参拝したのが始まりとされる。
 愛宕神社にこもっていた若者たちが夜明けを待って、神官・恵比寿俵に続き、下帯一つの裸体に足袋・わらじを履き、集落を練り歩く。途中、家々が道端に出しておいた手桶の水を頭からかぶる。
 神社に戻った後は履いていたわらじを家内安全を祈って境内の槻の木に投げ、わらじを枝に引っ掛ける。
   令和4年3月 横手市教育委員会

 境内西側には石塔が並びます

 境内社です

 庚申塔です

 拝殿前から見ました

 境内入口のモミの木を見ました

では、次へ行きましょう
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秋田県横手市、平鹿町醍醐明沢「醍醐の爺杉・婆杉」(保存樹)です!!

2022-08-21 12:05:27 | 巨樹・大木
 平鹿町醍醐明沢地区は、横手市役所の南約10kmのところ(平鹿庁舎〔地域局〕の東南東約7kmのところ)

 国道107号線の地域振興局入口信号から雄平フルーツラインを道成りに南へ

 道路右側に「ときめき交流センターゆっぷる」が見えて来ます、もうすぐです

 右手に神社の社があるすぐ先に橋が有ります渡って直ぐ左に橋の上流側へ入る道路が鋭角に在ります


 南側から醍醐の爺杉・婆杉への入り口です

 フルーツラインの道路から一段下がって石塔が並びます

 林道入口を下っていくと

 右に曲がって直ぐに「醍醐の爺杉・婆杉」が並んでいます

 手前に爺杉です

 爺杉の標柱です

 北側から、目通り幹囲5.6mの巨木です

 

 婆杉です、目通り幹囲3.8mの大木です

 西側から、北側に傾いています

 婆杉の標柱です


 東側から二本を見ました


 南東側から婆杉です

 南東側から爺杉です


 南側から二本を見ました

では、次へ行きましょう
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秋田県横手市、山内筏「比叡山神社の筏の大杉(県指定)が大変な事に」です!!

2022-08-21 06:37:54 | 巨樹・大木
 横手市は、秋田県東南部の中心都市である。B級グルメの横手やきそばや2月に行われる伝統行事のかまくらが全国的に有名である。  
 平成17年(2005)10月1日、旧横手市と、平鹿郡に属していた全町村、増田町、平鹿町、雄物川町、大森町、十文字町、山内村、大雄村が合併し、新制・横手市として発足し、人口約10.3万人で秋田県第二の規模の市となった。しかし、2022年7月1日現在では、約8.3万人に減少している。
 各旧庁舎に市の支所(地域局)が置かれている。
 「横手」の地名は、江戸時代にこの地を訪れた菅江真澄が、川の氾濫を防ぐため集落の横手に築いた「横土堤(よこどて)」が由来になっているのではないかと書き残している。

 山内筏地区(旧山内村)は、横手市役所の南東約10kmのところ(山内庁舎〔地域局〕から東南東約3kmのところ)

 国道107号線を南東へ、相野々入口信号を右(南)へ県道40号横手東成瀬線です

 横手川を渡って、JR北上線の踏切を越えて県道は相野々駅前を過ぎて右(東)へ

 横手川に沿って進みます、山内筏地区に入って

 筏の大杉の案内板が有りますので左へ

 横手川を渡って直ぐを案内板に従って右へ

 そして左へ、スギ林の上に太い幹の樹幹が見えます

 比叡山神社の鳥居が見えました

 すぐ西側に「筏の大杉駐車場」が有りますので利用させて頂きました

 鳥居を潜って参道へ

 説明版です
  秋田県指定文化財
   天然記念物【筏の大杉】
 〔指定年〕昭和63年 〔員数〕1本
 〔樹高〕43.0m 〔幹囲〕11.8m
 筏の大杉は、ここに鎮座する比叡山神社の神木で、秋田スギとしては全国有数の巨樹です。
 枝張りも最大10mに及び、大樹の風格に満ち生命感あふれています。
 古記録と「山内村史」によれば、幹囲は正徳元(1711)年8.6m、弘化3(1846)年110.0m、明治43(1910)年12.7m、と生育したようです。
 樹齢(推定)約千年に達した現在は成長も休止状態にあり、樹木の養生と活性化に努めています。
  (付記)建造物・比叡山神社
 比叡山神社は天台宗延暦寺との関わりが深く、一か月各日を結番して守護する善神三十座を祀り、三十番神社とも呼ばれてきました。
 神社縁起によると大同3(808)年創建の古社であり、後の天正3(1575)年に小野寺景道から社領三十石を授かり、翌年善美を尽くして「社堂三間四面南向、茅葺に建立」し、大晦日の夜半、麻柄の松明を二本立て祭礼を営んだと伝えられています。
 現在は、大松明と奉納相撲による年(作柄)占いが、元旦(早朝)恒例の行事として行われています。
   山内村教育委員会



 杉並木の参道を進みます

 社殿です、軒の庇が崩れています

 案内版です
  「三十番神社」の御祭神について
 この「比叡山神社」は、神仏分離以前は「三十番神社」でした。
 御祭神は一ヶ月三十日を毎日交替して守護して下さる全国著名な三十柱の神々です。
 わが国で「三十番神社」が祀られるようになったのは、平安時代で比叡山の横川に勧請されたのが起源と言われています。
 室町時代の中頃から吉田神道の支配に入り、江戸時代は一般庶民にも信仰が広がりました。
 本来の如法華経守護や朝廷守護など七種類あります。
 「播神縁起論」にある当番日の神様は次の通りです。
 1日 伊勢、2日 石清水、3日 加茂、4日 松尾、5日 平野、6日 稲荷、7日 春日、8日 大比叡、9日 小比叡、10日 聖真子、11日 客人、12日 八王子、13日 大原、14日 大神、15日 石神、16日 大倭、17日 廣瀬、18日 瀧田、19日 住吉、20日 鹿島、21日 赤山、22日 健部、23日 三上、24日 兵主、25日 苗鹿、26日 吉備、27日 熱田、28日 諏訪、29日 廣田、30日 氣田
  宮司 高橋茂信 記


 社殿の西側の目的の大杉です、根元に近づかないように柵が作られています


 標柱です


 保護の案内板です
大杉の保存・保護に ご協力下さい
  大杉のひとりごと
 わたしも歳をとり、千歳か千二百歳か自分の歳を忘れました。
 大きいな太いな、とみんなで近よってきて、根元がかたまって、おいしい水もたくさんの栄養もとれなくなってきました。
 まだまだ長生きできますので、みなさんどうか少し離れたとこから見上げてください。
   山内村教育委員会

 南東側から見ました

 東側から、以前見た写真と感じが違っています

 右の枝の上部が落ちています、枝先に緑色の葉が付いていますので、折れて間がないようです

 東北東側から

 北東側から


 根元近くの境内社です

では、次へ行きましょう
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