ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

栃木県日光市、大桑平田神社のヒノキです!!

2018-05-08 06:17:46 | 巨樹・大木
大桑地区は、日光市役所の北約5kmのところ

国道121号線の西側に大桑小学校が有ります

小学校の前の道路を西へ

板穴川の手前、道路左手に平田神社の石柱が有ります

神社は先の林の中なので見えませんが

参道入口まで車で入ることが出来ます

平田神社の石柱です、神社は奥の林の中です

参道入口です

鳥居です

手水舎です

拝殿です

本殿覆い屋ですが格子の間から本殿を観る事が出来ます

本殿左手(西側)に注連縄の巻かれた御神木のヒノキが在ります

南東側から、本殿を囲む石垣の上に立っています

説明版です
  記念物(天然記念物)
    平田神社のヒノキ
      〔市指定 昭和41年(1966年)3月〕
      樹高  約35m
      周囲  4,5m
      推定樹齢 350年以上
    平田神社が元和5年(1619年)創建されたとき
   植樹されたと伝えられている。
    ヒノキとしてはまれにみる巨樹である。
     平成12年(2000年)3月
         日光市教育委員会

*説明版設置から18年が経過し、目通り幹周りは5mを越えてるようです


本殿裏(北東)側から

北側から

西側から見上げました

境内社は、社殿の周りに4か所に有ります

では、、次へ行きましょう
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栃木県日光市、上栗山の平家杉です!!

2018-05-07 06:26:31 | 巨樹・大木
上栗山地区は、日光市役所の北西約18kmのところ

国道121号線を北へ、鬼怒川温泉を過ぎ

川治温泉のって前を県道23号線を西へ

大笹牧場・土路部への県道交差点を過ぎてトンネルを抜けると

平家杉の案内板が有ります

橋を渡った南側の集落の墓地に平家杉は在ります

西側の道路脇に車を止めさせて頂きました

栗山地区の観光案内板が元の村役場入口に有ります

平家杉の記載もあります

行って見ましょう

案内板です

橋の上から杉の樹冠が見えます

平家杉です、前の道路東側から見ました

南東側から

栃木名木百選です

説明版です
   日光市指定文化財
     平家杉
      種別:天然記念物
      員数:1本
      樹高:33m
      枝張り:東21,0m
            西21,0m
            南22,0m
            北22,0m
      根回り:10m
      推定樹齢:約700年(指定時)
    上栗山地区にある杉の大木「平家杉」は子無し杉とも呼ばれ
    昔、平家の落人がここに来て再び平家の世にならんことを祈って
    この杉の木を植えもし平家の世にならぬ時は、実がならぬ
    ようにと祈ったので今だに杉の実生えが1本も出ないのだという。
      昭和40年3月20日指定
                    日光市教育委員会
     

南西側から

西側から

目通り幹回りは7,7mの巨木です

訪れた時間が早く、雪雲がかかて良い写真に成っていませんでした

地区の墓地の縁にたっていますので更に大きく成ってもらいたいですね

では、次へ行きましょう

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福島県天栄村、湯本温泉八幡神社の夫婦杉です!!

2018-05-06 07:29:19 | 巨樹・大木
湯本地区は、天栄村役場の西約23kmのところ

下郷町との境近くにあります

国道294号線から国道118号線へと西へ進みます

岩瀬湯本郵便局から南に入ると温泉街です

岩瀬湯本温泉にはいくつかの旅館や民宿が有りますが

地区の方々だけが利用できる共同浴場が有ります

共同浴場の南側の山地に温泉八幡神社が鎮座します

共同浴場です、右手を入ります

ここを進むと

温泉八幡神社の鳥居が見えて来ます


石段を登り始めると左手上に夫婦杉が見えます、目通り幹周り5,5mの巨木です

拝殿です

本殿です

説明版が有ります
  温泉八幡神社(ゆせんはちまんじんじゃ)
    昭和57年9月1日指定第3号
    所在地 天栄村大字湯本字高寺56-1
    所有者・管理者 湯本区長
    構造
    由来
   湯本温泉縁起によれば、人皇52代嵯峨天皇は弘仁9年(818年)
  重病に患われ、あらゆる薬石の効なく山城国(京都)の八幡神社にお祈
  りしたところ神託があり「陸奥石背国」(岩瀬郡)の双岐岳(二岐)の
  ふもとに鶴沼という青流あり、その南方に熱湯が湧き出ている、その湯
  垢を取って入浴すれば全治すべし」と。
   このため帝は侍従の左京進、若狭助、丹波らの三兄弟に命じその湯垢
  を取らせ京に持ち帰り入浴をかさねた。
   帝は神示のとおり全快なされ大いに喜び神恩に感謝し山城国八幡神社
  を湯本に遷し菊のご紋章とともに三兄弟をして八幡社と温泉を守らせた。
   御祭神は、大己貴命・少彦名命・誉田別命であり、現在は温泉旅館と
  共同浴場に恩恵する地区民が11月15日の大祭を祈願している。
   なお境内には御神木として子宝信仰の夫婦杉がそびえている。                                昭和61年3月1日      福島県岩瀬郡天栄村教育委員会


社殿前境内端に目的の夫婦杉が注連縄を巻かれて在ります、融合木です

拝殿前右手の大木です

夫婦杉よりも単体では大きいようです

では、次へ行きましょう
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福島県会津若松市、大戸町八幡宮のサクラです!!

2018-05-05 11:54:14 | 
2018年4月15日訪問です

大戸地区は、会津若松市役所の南約10kmのところ

国道118号線を南へ進み大戸町信号を西へ

会津鉄道の踏切りを渡って直ぐに左手に鳥居とサクラが見えます

県道23号線道路脇の農道に車を止めさせて頂きました

県道から八幡宮を見ました

東北東向きの参道です

参道を進みましょう、右手のサクラが参道を覆っています

ほぼ満開の8分咲きですね

社殿です

境内南側のサクラです

東側からの眺めが一番ですね

では、次へ行きましょう
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福島県会津若松市、一ノ堰羽黒墓地の種蒔桜(夫婦桜)です!!

2018-05-05 06:18:47 | 
2018年4月15日訪問です

羽黒地区は、会津若松市役所の南約4kmのところ

国道118号線を南へ、

会津鉄道みなみわかまつ駅ともんでん駅の間に六地蔵堂が有ります

地蔵堂の西、会津鉄道線の西側に一ノ堰羽黒墓地が有ります

南側に踏切りがあります、渡って直ぐを北へ

墓地の入口に駐車スペースが有りますので利用させて頂きました


駐車スペースから見ました

自然景観指定緑地と成っています

東側から見ました

南側のサクラです

北側の太いサクラです

南側から見ました、満開ですね

正に夫婦桜ですね


西側から種蒔桜を見ました

では、次へ行きましょう
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福島県会津若松市、蒲生氏郷公五輪塔と桜です!!

2018-05-04 12:32:46 | 
2018年4月15日訪問です

栄町は、会津若松市役所のすぐ北側です

国道118号線の東側に興徳寺があり

北側の寺の墓地の中に見事な桜が在ります

有料駐車場が有ります


山門です

北向きの本堂です

蒲生氏郷公墳墓の地の石柱が建ちます

蒲生氏郷公の説明版です
   蒲生氏郷公(1556~1595年)
     蒲生氏郷は江州(滋賀県)日野城主蒲生賢秀の子、織田信長に仕え
    その婿となった、後、豊臣秀吉に属し、天正18年(1590)会津
    入封、天下人秀吉の奥州仕置お任地に代表奥羽の都督を以て目され、
    治府若松は東北の都と𧦅われた、黒川の旧称が若松の新称に改まるの
    もこの時である。はじめ近江商人の町日野、ついで伊勢商人のふるさ
    と松坂に封を受けた氏郷は、蒲生第三の都市にもその伝統を移して、
    城下町若松を商売繁盛のまちとした。なによりも七層(今五層)の天
    守、四方石垣の整然とめぐる名城鶴ヶ城が、名将最大の後世への遺産
    となった。
     利休七哲の随一に数えられた数奇大名氏郷の面影は、鶴ヶ城の一角
    に復原された茶亭戸麟閣にしのばれる。利休次子千少庵ゆかりのもの
    。利休切腹後、氏郷は彼を保護し、千家再興に道を開いた。霊名を「
    レオ飛騨」と称した氏郷は東北切支丹の先がけでもあった。
     文禄4年(1595)2月7日、40才を一期に英雄は都に逝いた
    。「限あれば吹かねど花は散るものを、心短き春の山風」。花のあわ 
    れに人のあわれをかさねよんだ優婉な辞世の歌が後に残された。遺髪
    を納めた興徳寺五輪の塔が、永くその英魂を弔っている。


蒲生氏郷公の五輪塔です

五輪塔の説明版です

こちらも説明版です


墓地への入口です

墓地の左手奥に桜が在ります

南側から見ました、見事に満開の桜です

では、次へ行きましょう

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福島県会津若松市、鷺林八王子神社のサクラです!!

2018-05-04 05:41:04 | 
2018年4月15日訪問です

鷺林は、会津若松市役所の西約6kmところ

県道59号線を西へ阿賀川を蟹川橋で渡り

南への道路が県道152号線です

西に進み県道152号線沿い北側に八王子神社があります

南側の道路脇に駐車スペースがあります

境内入口です両脇にケヤキの大木が鳥居状に在ります

村社 八王子神社です

境内参道の左手に目的のサクラが在ります

社殿です

社殿前から見ました

まだ蕾もありますが、ほぼ満開状態です

南西側から

南西側道路から見ました

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福島県会津若松市、門田町建福寺のシダレザクラです!!

2018-05-03 07:21:24 | 
2018年4月15日訪問です

建福寺は、会津若松市役所の南約3kmのところ

会津若松城祉の南側入口から南側に湯川新水路を渡り

すぐを東へ進みます、県道64号線を超えて進むと

住宅地の細い道の奥に北側に参道を開いています

山門前に車を止めさせて頂きました


建福寺です

本堂前から

見上げました

説明版です
  市指定文化財第49号
    昭和55年3月29日指定
   天然記念物 建福寺のシダレ桜
     会津若松市門田町大字黒岩字建福寺前
    樹齢はよくわからないが古木である。
    胸高周囲2,5m、樹高13、0m、根元から2,2m
   のところで双幹となり、南西北の三方へ枝が広がっている。
   開花は4月下旬で、その姿は美しい。
    建福寺は信州高遠に開創されたが、保科正之に随って、
   最上・会津と移ってきた。
    また当寺は長岡藩家老河井継之助の遺骨を最初に埋葬した
   ところである。
      昭和61年10月
                 会津若松市教育委員会

既に満開を過ぎて散り始めていました

建福寺の説明版です
   臨済宗妙心寺派・大寶山建福寺


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福島県会津若松市、一箕石部桜です!!

2018-05-02 12:14:13 | 
2018年4月15日訪問です

一箕地区は、会津若松市役所の北東約3kmのところ

市道から上がった田圃の中に石部桜が在ります

NHK大河ドラマ「八重の桜」のオープニングで流れた桜です

市道脇に駐車場が用意されて、警備員も待機しています

住宅地の縁をぬけて田圃道の先に見えて来ました、西側から石部桜です

北側から

近付いてみましょう

東側から

説明版です
   昭和43年9月18日指定
 市指定天然記念物 石部桜
    会津若松市一箕町大字八幡字石部
   樹齢約600年と推定されるエドヒガンで、樹高11m、
  枝張19m、胸高周囲0,5mから2,2mの10本の幹か
  ら成る。
   当時、この付近は領主葦名家の重臣石部氏の屋敷で、その
  庭にあったとの伝承から「石部桜」と名づけられた。
   江戸時代から名木として知られており、花が満開の時期に
  は、藩主をはじめ多くの人が訪れた。
   また、5代藩主松平容 は、桜を保護するために周囲に柵
  をめぐらせており、その様子が幕末に描かれた城下絵図に描
  かれている。
    平成25年2月      会津若松市教育委員会

説明版の前から東側の幹を見上げました

南側から

満開を過ぎて散り始めでした

南の飯盛山や、さざえ堂を見ました、さざえ堂の周りも桜が満開です

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福島県会津若松市、蚕養国神社の峰張桜です!!

2018-05-02 06:03:22 | 
2018年4月15日訪問です

蚕養町は、会津若松市役所の北東約1kmのところ

県道64号線の西側に蚕養国(こがいくに)神社が有ります

南から参道を入ると鳥居脇に駐車場が有ります

参道鳥居です

由緒書きです
  御祭神
    保食大神   
    稚産霊大神
    天照大御神
  御末社
    五社稲荷神社
    鬼滝神社
    御忠霊社
    和霊々社
    宗像神社
  御由緒
    蚕養国神社は、日本一社にして延喜式神名帳に
   陸奥百座の一つである。52代嵯峨天皇の御代、
   弘仁2年(811年)鎮座にて、54代仁明天皇
   承和年中に、官社に列せられ、醍醐天皇の御代、
   延喜式制定の折、式内の社となる、一条天皇寬弘
   7年(1011年)に、県令石部少将道秀・堂家
   左京太夫憲照・石塚丹後頼春等により、社殿を造
   営す。その時の神官を、蚕養蔵人という。その後
   兵火のため社殿炎上、神籬の境内であったが、保
   科正之侯が、官工、鷹谷弥十郎宗清に命じ、社殿
   以下を造営し、社領20石を寄付、桜町天皇寬保
   3年(1743年)には正一位の極階に進まれて
   文化4年(1807年)社殿を焼失し、文政2年
   (1819年)松平容保朝臣・社殿以下を再建、
   創立に写し、今日に至る。
    御神徳養蚕守護の神として広く知られ、農・工
   商諸業繁栄・交通安全守護神として信仰されてい
   る。  

祭礼案内です
   蚕養国大明神
     年中行事
      1月 1日  元旦祭
      2月 初午  初午祭
      4月19日 養蚕祈願
        20日  講社祭
      6月30日 大祓・太々御神楽祭
      8月 1日  例大祭
         2日 神輿渡御
     11月15日 七五三祭
     11月   新穀感謝祭
     12月30日 大祓


手水舎です

拝殿前に目的の峰張桜が在ります

南側から、花数が少ないですが満開となっていました

案内板です
   峰張桜
     会津五桜の一
    右桜樹者は第66代一条天皇寛弘7年(1010年)
   当県令石部少将道秀・堂家左京太夫憲照・石塚丹後頼春
   等社殿を造営した時、この桜を稙し
    種類 エドヒガンザクラ
    開花 4月20日頃
            福島県緑の文化財指定

説明版です
  市指定文化財 第85号
          平成9年3月18日指定
   天然記念物 峰張ザクラ(エドヒガン)
          会津若松市蚕養町61-1
    峰張ザクラは、推定樹齢1000年以上で、蚕養国神
   社の境内にあり、御神木となっている。
    蚕養国神社は、市内の三古社の一つで保食神、天照大
   御神、稚産霊神を祀ってあるが、縁起によると、弘仁2
   年(811)に鎮座。
    寬弘7年(1010)県令石部少将道秀、堂家在京大
   夫憲昭等が尽力して社殿を創設したときに、このサクラ
   が植えられたと伝えられている。
    大正9年8月、大正天皇の后、貞明皇后が当社を参詣
   の際に峰張ザクラに関心をよせられ、穂木を採取、皇居
   紅葉山にある御養蚕所の近くに植樹されている。
     形状 樹高   14m
        胸高幹囲 575cm
        根元幹囲 810cm
     平成12年6月    会津若松市教育委員会

北西側参道より、北側の大枝は切られてしまったようです 
  北側拝殿前より、大きな洞に成ってしまっています    


神楽殿です

拝殿です

本殿です

立派な境内社です

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福島県喜多方市、慶徳稲荷神社のシダレザクラです!!

2018-05-01 06:10:53 | 
2018年4月15日訪問です

慶徳地区は、喜多方市役所の南西約5kmのところ

長床の北約1kmのところです

県道16号沿いに東向き参道を開いています

参道の北側に駐車場があります


参道入口です

参道の右手に目的のシダレザクラがあります

間もなく満開の時期です

北側の駐車場から見ました

参道を進むと拝殿が見えました

参道北側のシダレザクラは杉の木陰のせいか、まだまだ蕾です

参道南側のサクラは満開です

では、次へ行きましょう

(慶徳稲荷神社の大杉2本に関しては、このブログ2017年8月17日をご覧ください
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