うちの愛犬グラッチェです。もう8歳かなあ。老様はアタシと同じくらいでしょうか。こやつうちのペットとしては何代目だろうか・・・。子どもの頃から我が家にはどれだけの愛犬ペットがいただろうか・・・。
一番初めは小学生低学年の頃、私は千葉に住んでいた。ポンという名の雑種でどこかでアタシが拾ってきて親に泣きついて飼うことになったんじゃあなかったか。茶と黒が混じった痩せこけた犬だった。父の仕事の関係で大阪豊中に転勤になり、一緒に転居したが、その地でなくなった。犬の流行り病のヒラリア?だったと記憶している。
その次は、スピッツのハッピー。その時代にスピッツが飼い犬として流行していたような気がするが、今はこの犬種はほとんど見かけないね。よく鳴くので嫌がれてきたのかな。コヤツは、千葉に戻り10年近く一緒にいたが、私が大学1年の時にオフクロが亡くなり、その通夜の夜に私の部屋にいたのだが、朝起きると冷たくなっていた。それはもう、ショックだった。
札幌で就職し結婚して暫くは、四足のペットはいなかったが、義妹が拾ってきた猫を飼い始めたのは、義父宅の2階に同居していた琴似から縁あって中央区の庭付きの一軒家へ引越しをした日だった。この家の庭は若い夫婦にはもったいないくらいに広かった。我が家の人間の子育て期間に重なりとてもいい時期を過ごさせて頂いた。こやつは銀河(通称:ぎんちゃん)だった。黒と白の毛並みが混ざり銀色かかっていたのだ。彼女はまるまる10年一緒に住んでいた。一度行方不明になったことがあったが、不明になってから1,2ヶ月後に薄汚れた姿で後ろ足を引きずって帰ってきた。どこかで車にはねられたのだろう。彼女は、その家から結婚後2度目の引越しをする日に再び行方不明となりその後再会はできなかった。
中央区住まいのこの間、庭も広いから大きな犬を飼いたいとの衝動があり、たまたま知り合いからセントバーナードの子犬を譲り受けた。名前は思い出せない・・・。 最初は小さく可愛かったがみるみるうちに大きくなり、半年もしないうちに大きさが小型犬を越えてしまった。その姿に怯んでしまい、譲り先を探したところ、赤井川村の農家民宿を経営されている方が希望し引き取らていった。この子は成犬になったが、家の前で交通事故にあって亡くなったと聞いている。その後、クロスと名付けたビーグルの雑種をどこかからもらい受けて飼ったことがあったが、こやつはひどく鳴き、オツムも悪いのかとてもいうことをきかない落ち着きのない犬でアタシやMRKさんから躾というよりも虐待されて??いたので・・・、(ついに山奥に捨てにいった。告白懺悔、アタシは酷い奴だ)。夜な夜なMRKさんの枕元で走り回り眠れぬ夜が続いたことがあったので、早くして死んだんだろう・・。
そして、黒松内に移住するとき、その条件としてして次女が出した「黒い犬が飼いたい」から、藻岩山山麓のお宅から引き取られたのが、初代ラブラドールのバロン。こやつはしっかりと躾ができて、散歩して鎖を離しても呼べば帰ってくる犬だったが、来訪者はよくかじられた。特にMRKさんの交通事故の際に一緒に乗っており事故で逃走し捕まった直後からやや獰猛になった。事故翌日からMRKさんが手術入院したものだから家の者が誰もいなくなった。そのせいか、我家に近づく人に対して過剰な牽制・防衛するようになったフシがあった。彼はかなり家族だけにはなついていたのだが、鎖が外れて逃亡中に車にはねられて死んだ・・・・。
そして、写真のグラッチェ。やはり黒のラブラドール。ペットショップで衝動的に買ってしまった。ペットショップで生き物を買ったのは、中学生の頃の熱帯魚以来であった。
正確な発音は、イタリア語のありがとうのグラッツェです。こやつは大型犬ですが、上手に躾ができなかったので、鎖を外せないのですが、至って温厚なので、来訪者に対しても常にフレンドリーであります。 本当は鎖を外しても自然学校周りをフラフラと歩いているような犬であればいいんですが、無理ね。 お前が先に死ぬか俺かの同年仲であります。