2010.10.11(月)曇
地元の方が寄ると触ると必ず獣害の話になる。年々歳々被害が拡大し、出口の見えない対策に追われる人びとの苦悩である。解決策は解っているけれども実現不可能であるというジレンマとその原因を作ったのが自らであり、国策というか経済の発展(これは決して発展とは言えないが)の過程による現象であるというジレンマが人びとを苦しめる。身近なところから里山を再生させよう、循環社会を取り戻そうという動きもあるようだ。しかしそれで食っていける経済力もなければ、労働力もない。結局国がその気になってくれなければ、、、ということになる。よしんば国がその気になって何兆円という予算を組んだとしよう、わけの解らん林道やダムが出来るだけで、里山の再生などというのは到底不可能だろう。農山村の民の力が今や無いのだ。金さえあれば何でも出来るというのは高度成長期に生まれた単なる幻想である。
随分レベルは違うのだが、じょんのび村では新たな恐怖が襲っている。アナグマだかアライグマだかが小さな穴を掘るのは日常茶飯事だったが、妙に固い地盤に大きな穴が掘られているのだ。イノシシがやってきてもちっとも不思議ではない。隣地にはしょっちゅう来ているし、昼間にも目撃されている。むしろいままで村内に来ていないのが不思議なくらいだ。出入り口も通路も解っている、尖閣列島のように少しずつ少しずつ侵略されている。やがて畑に来たら、芝生をやられたらと不安になる。なによりもつらいのは、通路を塞ぐ柵作りや身を隠している草の刈り取りをする時間的余裕がないことである。
進入路と掘った形跡
【作業日誌 10/11】
白菜間引き
今日のじょん:今日は氏神さまのお祭りである。店があっていけないので幟のところで写真を撮る。ゆらゆら揺れる幟が怖くていい写真が撮れなかった。