映画「I am not your negro」(邦題「私はあなたのニグロではない」)を観た。
http://www.magichour.co.jp/iamnotyournegro/
学生時代に「マルコムX自伝」を翻訳で読んだことがある。内容はもう覚えていないが、黒人の誇りと怒りが激しい言葉で書かれていた気がする。ボールドウィンは作家ということは知っていたが作品を読んだことはなかった。
アメリカは同調圧力の強い国だ。誰もが多数派に迎合し、異端を激しく糾弾する。アメリカ人のアイデンティティのありようは、個性を認めようというよりも、大勢で共生感を抱くことに重点があるように思える。その向かう方向は一定しておらず、レディガガに熱狂しているかと思えばトランプにも熱狂する。有名人の個性は認めるが、一般人の異端は許されない。糾弾や熱狂は大抵の場合とてもヒステリックで、論理性が欠如している。銃社会のアメリカでは少数派の意見の主導者は多数派のヒステリックな人間たちによって射殺される。犯人は決して捕まらない。
心配なのは、日本でも同じようなヒステリックな精神性が蔓延しつつあることだ。ヘイトスピーチをする人々は自分の不平不満のはけ口を弱者への憎悪に転化する。野党の国会議員に自衛隊の幹部が暴言を浴びせた事件は、文民統制が崩れて軍国主義の国に逆戻りする予兆に違いない。
これからの日本にマルコムXやマルティンルーサーキングが現われるだろうか。ボールドウィンのように恐れずに発言する作家が現われるだろうか。岸井成格さんが亡くなって骨のあるジャーナリストが消えつつある日本で、言論の自由が守られ、平和が存続できると思えない。他人の存在を許容し、多様性を認める寛容な精神がなければ民主主義は成立しえないのだ。アメリカがかろうじて民主主義国の体裁を保ち、オバマ大統領を誕生させた背景には勇気を持って主張を続けた人々がいたことを、改めて思い出させてくれるいい作品だった。