三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「のみとり侍」

2018年05月21日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「のみとり侍」を観た。
 http://nomitori.jp/

 数日前に松坂桃李の「娼年」を観たばかりで、あちらは現代版の男娼であったが、こちらは時代劇だ。寺島しのぶはゴールデンウィークに舞台「ヘッダ・ガブラー」を観た後に映画「オー・ルーシー!」を観た。特になんだということはないが、巡り合わせを感じてしまう。

 本作品は時代劇コメディである。江戸時代ならではの武士のヒエラルキー社会のパラダイムに翻弄される主人公は、企業の論理や人間関係、派閥などに左右される現代の真面目なサラリーマンに通じるものがあって、どこか物悲しい。
 阿部寛はコミカルな俳優の面目躍如というところだが、寺島しのぶはどちらかというと悲惨な現実を生きる女性をシリアスに演じるイメージがあったので、本作の役は意外だった。やっぱり演技は大変に上手で、主人公に向かって「下手くそ!」と言うとき、その言葉が男を傷つける言葉であることが分かっていて、しかし言わずにいられず、そして言ったとたんに後悔するという、女の優しさを目一杯表現するシーンには感服した。凄い女優である。

 ストーリーはほぼ一本道で、最後に人情噺的などんでん返しがあるという、割と王道の時代劇である。ホロっと来る人もいるだろう。大竹しのぶに風間杜夫、豊川悦司、斎藤工、松重豊と豪華な俳優陣が脇を固めていて、とても贅沢をしたような気分になった。観ると肩の力が抜ける佳作である。


映画「四月の永い夢」

2018年05月21日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「四月の永い夢」を観た。
 http://tokyonewcinema.com/works/summer-blooms/

 

「ローマの休日」と並んで映画ファンなら知らない者はいない名作「カサブランカ」のオマージュだろうか、映画の中の名曲「時の過ぎゆくままに」が象徴的に、効果的に使われる。念のために書くが、沢田研二の曲ではなくて「As Time Goes By」のほうである。
 主人公初海を演じた朝倉あきが素晴らしい。表情もいいし声もいい。過剰な演技をしないタイプなので派手な役は向いていないが、等身大の女性を自然に演じる、または自然に演じているように見せることのできる貴重な女優である。

 映画は説明的な部分をなるべく省略しているが、物語が進む中でいろいろなことがおのずと明らかになっていく。春に亡くなった恋人がずっと心の中に住んでいて、どの方向にも踏み出せないまま時が止まったように毎日同じことを繰り返す初海の生活に、手紙や昔の教え子や思いを寄せてくれる藤太郎や教師の友人などが登場する。そのかかわりの中で、過去を尋ね、心の中のわだかまりを少しずつ解かしていく。
 恋人の母親役の関根恵子の台詞が印象的で、溶けて流れてしまいそうだった初海の心を包み込む。冒頭のシーンで初海が喪服を着て桜の中を歩いた道は、もう夏になっている。漸く永い春が終わったのだ。

 優しい人ばかりが登場する優しい映画だが、台詞やシーンが凝縮されていて、観る者の想像力によって現実感が増していく。ストーリーが進むにつれて散らばっていたシーンがジグソーパズルのように一体化していくのだ。心憎いばかりに見事な手法である。