三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「First man」

2019年02月10日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「First man」を観た。
 https://firstman.jp/

 ダラスで狙撃によって暗殺されたジョン・フィッツジェラルド・ケネディは、今でも人気のある大統領で、空港や原子力航空母艦にもJFKとして名前を残している。アメリカ人は日本人以上にミーハーなところがあると見えて、若くスラッとしてハンサムな大統領がカッコいいと思っているのだろう。
 しかし彼の有名な演説の一節「国が国民に何ができるかではなく、国民が国のために何ができるかを考えてほしい」という言葉から、実はそれほど頭のよくない全体主義者であり、楽観主義者であったことがわかる。もともと戦争の英雄で、政治に長けているわけではなく、マリリン・モンローと浮き名を流すだけが精一杯だったのだ。
 そしてそのケネディが強力に推し進めたのがアポロ計画である。彼は演説で、登山家が山に登るのと同じように、そこに月があるから行くのだという、情緒的なことを言っている。たしかに、見たことのないものを見てみたい、行ったことのない場所に行ってみたいという気持ちは多くの人にあるから、その点は納得できるが、国民の税金の使い道を決める政治家としては、行ってみたいから行くのだという演説は、国民の理解を得るにはあまりにも子供じみていた。
 大統領が国民を十分に納得させることができなかったおかげで、アポロ計画に関わる人々は、肩身の狭い思いをせざるを得なかったが、実際に従事している人々は自宅とNASAの行き来だけだから、それほど悩まされることはなかっただろう。むしろ大変だったのは家族の方である。近隣や学校との関わり合いの中で、世間の批判に曝されていたはずだ。
 映画はその辺りの様子も上手に描いている。ニール・アームストロング船長の妻を演じたクレア・フォイの演技は実に見事で、いろいろな葛藤を抱えながらも夫を支え、子どもたちをちゃんと教育するヒロインの姿がとても立派に見えた。
 ライアン・ゴズリングはラ・ラ・ランドとブレード・ランナー2049を観たが、ずいぶん器用な俳優である。数々の過酷な訓練や事故、同僚の死など、とにかく様々なことを乗り越えるアームストロング船長を完璧に演じきった。映像と音響も臨場感に満ちた迫力のあるもので、観客の誰もが主人公に感情移入し、まるで自分が月に行ったような気になる。映画が終わった途端に大きく息を吐く音が客席のあちこちから聞こえた。

 月に行くことにどんな意味があったのかはひとまず置いておいて、不安と恐怖を克服して人類として初めて月に行ってそして帰ってきた彼らは、確かに英雄であった。月面着陸という誰もが結末を知っている歴史をもとに、繊細な人間ドラマに仕立て上げた傑作だと思う。


映画「雪の華」

2019年02月10日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「雪の華」を観た。
 http://wwws.warnerbros.co.jp/yukinohana-movie/

 ほぼ少女マンガだが、たまにはこういうのも悪くない。病弱で引っ込み思案に育った年頃の娘が主人公で、人と関わりを持つためには声に出して伝えないといけないと言われ、素直に頑張ってみるという、如何にも少女マンガのストーリーであるが、主人公の健気なところが琴線に触れる人がたくさんいると思う。ひねくれずに鑑賞すれば、それなりに楽しめる。
 中条ポーリンあやみは、強く抱くと壊れそうな線の細い主人公にぴったりの配役である。温かさに触れると溶けてしまう雪のように、人に触れて心を溶かしてゆく。雪も桜も、儚いから美しい。その冬のその雪、その春のその桜は、二度と見ることができない一期一会の邂逅なのだ。
 閉じ籠っていては人に逢えない。黙っていれば人と関われない。だから声を出していこうと、相手役の悠輔は言う。主人公美雪にとって彼は声も大きく力も強く、エネルギーの塊のような存在である。燃え尽きそうな美雪が彼を選んだのは、ある意味で必然であった。
 悠輔を演じた登坂広臣は、とにかく声がいい。高く澄んでいて、力強く響き渡る。エネルギーに満ち溢れた声だ。当方がプロデューサーだったら、演技力その他は二の次で、声と体格で文句なしに彼を選んだと思う。しかし折角のいい声で「は?」みたいな否定的な聞き返しの台詞を何度も言わされて、少し気の毒だった。おじさんの考える若者言葉の典型だ。今の若者はもう少しデリカシーがある。あんなに「は?」を多用したりしない筈だ。台詞もちょっとは人生観や世界観の片鱗を覗かせてもよかったように思う。
 魔性の女で名を上げた高岡早紀がヒロインの母親役をやっているのには隔世の感を禁じ得なかったが、なかなか堂にいった母親ぶりである。こんなに綺麗でおおらかで優しい母親の子供に生まれたら、ひねくれようがない。美雪が病気に苦しみながらも素直さと優しさを失わないでいられるのはこの母の存在による。その辺りは説得力のある設定で抜かりがない。
 コマーシャルでは「大人のラブストーリー」と勘違いのキャッチになってしまっているが、この作品は、ダメ出しや不整合を指摘するよりも、少女マンガの世界観をほのぼのと受け止めるのがいい。雪や桜やオーロラなど、この世には美しい自然がいくつもあるのだ。