三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

芝居「美しく青く」

2019年07月13日 | 映画・舞台・コンサート

 シアターコクーンで芝居「美しく青く」を観た。
 3月29日にチケットを申し込んだとき、事前に仕入れたあらすじの情報は以下の通りである。これを見て購入を決めた。

【あらすじ】
※現時点でのストーリー及び役名となるため、変更の可能性あり
原発の町。
震災で両親と弟を失った立花哲也(向井)は、盛んになってきている原発再稼働反対運動をわき目に、悲しみを押し殺し、日々生活のために原発で働いていた。浅い知識でサッカーを語ったり、大しておもしろくもないテレビドラマを心待ちにしながら、元ヤクザだという同僚の西健二郎(大東)と、何とはない日常を過ごしている。
ある日、哲也はなけなしの金で行った風俗の風俗嬢の杉田美咲(田中)と出会い、恋に落ちる。美咲は哲也の暮らす仮設住宅に転がり込み、風俗を辞め工場で地道に働くようになった。町にごまんといるような凡庸な二人は、それでも懸命に、生活し、懸命に愛し合う。
二人の家の隣には無職の若林春樹(赤堀)とその妻・若林聖子(秋山)が暮らしている。聖子からは、ことあるごとに難癖をつけられ、その度に哲也は平身低頭で謝り続ける。役人の土井秀樹(大倉)が仲裁に入るが、関係はさらにこじれていくのであった。向かいに住む鈴木博(平田)という老人は、煮物の余りをおすそ分けしてくれるなど、何かと哲也と美咲に優しく接してくれていたが、都会に住んでいる息子からの同居の誘いには、頑なに拒否を続けていた。都会からボランティアへやって来た若者、山田隆(森)と田辺真紀(横山)は自治会長の望月行雄(福田)の指示のもと必死に活動し、仮設住宅の住人ともコミュニケーションを取ろうとするが、行動や理念は立派だがどこかチープさが透けて見えている。
やがて哲也は美咲との結婚を望むが、彼女は拒み続ける。哲也は強引に美咲の母・杉田正美(銀粉蝶)に会いに行くが、美咲は幼い頃から母を嫌っており、さらには、美咲の兄・杉田治(駒木根)は原発反対の運動に参加しているため、原発で働く哲也を認める訳にはいかないのであった。
しかし、鈴木老人の提案で半ば強行ではあるが、哲也と美咲の結婚式を仮設住宅の広場で挙げることになり・・・。
https://enterstage.jp/news/2019/03/011482.html

 ところが実際の上演では、震災の被災地ではあるが原発の問題は出てこず、街の問題は森に餌がなくなって人里に出没するようになった猿となっている。自警団の団長の役が向井理である。
 上演が始まった瞬間から、原発の話はどこにいったのかという疑問だけが燻り続け、最後まで答えは与えられなかった。
 参院選の直前であるから、現政権に忖度したのかもしれないが、芸術が政治に負けた気がして、どうにも納得ができない。こんな風にテーマを小さくしてしまうなら、芝居自体をやめてしまったほうがよかった。S席10,000円。金返せと言いたい。


映画「The old man & the gun」(邦題「さらば愛しきアウトロー」)

2019年07月13日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「The old man & the gun」(邦題「さらば愛しきアウトロー」)を観た。
 https://longride.jp/saraba/

 ロバート・レッドフォードはポール・ニューマンと共演した「スティング」が最も印象に残っている。ちょっと軽めのプレイボーイというタイプのレッドフォードがポール・ニューマンと共に軽快なBGMに乗って華麗に悪党を騙す。「遠すぎた橋」ではスティーヴ・マックィーンの代役として出演し、わずか2週間の撮影の報酬が4億円と話題になった。金額が本当かどうかは定かではないが、それだけの価値があったと見做された俳優であることは間違いない。その後の俳優・監督としての活躍は誰もが知るところだ。
 歳を取ってからのレッドフォードは円熟味を増し、「オール・イズ・ロスト~最後の手紙」では、遭難したヨットマンがたったひとりの洋上で奮闘する様子を御年77歳で見事に演じてみせ、「ロング・トレイル」では79歳で往年の冒険家を演じて健脚ぶりを見せた。両方共観客を飽きさせない傑作であった。
 本作品のレッドフォードは銀行強盗である。上品な紳士と銀行強盗が両立するのはレッドフォードくらいなものだ。主人公は人生を楽しむために強盗をするのだと言う。これが年端もいかない小僧の言葉なら一笑に付されるだろうが、人生も終わりを迎えようとしている老人が更に人生を楽しもうとする姿勢には、呆れることを通り越して逆に感心する。
 成功してもよし、失敗するもまたよし。どちらに転んでもそこに自分の人生がある。主人公フォレスト・タッカーはそのように達観しているように見えた。そこには恐怖も不安もない。さぞかし人生は楽しいだろう。
 冴えない地元の刑事の存在が物語の幅を広げている。この役者がまた上手い。タッカーを調べれば調べるほど、捕まえたいような、捕まってほしくないような、とても刑事とは思えないような、微妙な心情が伝わってくる。どんな時代にも人を惹きつける自由な人というのはいるものだ。
 強盗の話なのになんだかほのぼのとして幸福な気持ちになる作品である。軽いタッチで演技しているレッドフォードだが、自由な魂は相当の覚悟と行動力によって支えられていることがそこはかとなく伝わってくる。観終わると、明日から自分も既存の価値観から解放されて自由になれるような気になる。そうだ自分も自由になっていいんだと、そう思わせてくれる作品である。