映画「リアル・ペイン心の旅」を観た。
空港のノクターン第2番から始まり、ノクタン第1番、子犬のワルツ、華麗なる円舞曲、別れの曲など、誰もが聞いたことがある有名な曲が、場面の転換のたびに劇伴として流れる。もちろん全部ショパンの曲である。ポーランドが舞台の映画だから、当然と言えば当然だ。
主人公は従兄弟同士の中年男ふたりである。ふたりともアメリカ在住のユダヤ人という設定だ。父母祖父母の人生を考えれば、ポーランドには深い思い入れがある筈だ。一筋縄ではいかない旅になることは予想できる。にも関わらずパッケージツアーを申し込んだということは、同行者に一方ならぬ迷惑をかける可能性は、想像に難くない。
監督で主演も務めたジェシー・アイゼンバーグは、ショパンの音楽に乗せて、ポーランドを初訪問したユダヤ系アメリカ人の気持ちを表現したかったのだろう。立場によって気持ちも変わるから、時流に乗ってIT業界で稼ぎ、都会で裕福な生活をするデイヴと、時代に乗り切れず、田舎にくすぶって鬱々とした日々を送るベンジーを、従兄弟の関係にしてツアーに送り込んでみせた。
自分の気持ちを抑え込んで穏便な日々を送りたいデイヴは、ともすれば波乱を巻き起こすベンジーに冷や冷やしながらツアーに臨む。観客はほとんどが常識人だろうから、デイヴに感情移入するだろう。当方もそうだった。ベンジーが何かしでかすのではないかという不安を抱えながらの旅だ。
旅の結果、デイヴにわかったのは、自分はとてもつまらない人間だということだ。ベンジーは自分の心の中を掘り下げ、その結果を虚心坦懐に話す。ツアーの同行者が感心するのは、当たり障りのない態度の自分ではなく、エキセントリックに見えるベンジーの方である。
デイヴがその理由に気づくまでが、本作品の肝だ。自分とベンジーとでは、人生の濃さが違う。人間関係の濃さも違うだろう。衝突や対立を恐れるあまり、本音を隠して生きているうちに、自分を見失ってしまう。もしかしたら自分はそれではないか。
ベンジーは変わらないが、デイヴはこの旅で随分と変わった。心が痛んでも、痛くないふりをして生きてきた。しかし本当はしっかりと痛みを受け止めなければならない。痛いときは泣かなければならない。戦争は嫌だと叫ばなければならない。
本作品には、そんなメッセージを感じた。アイゼンバーグ監督は、きっと反戦主義者だと思う。