三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「オリ・マキの人生で最も幸せな日」

2020年01月26日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「オリ・マキの人生で最も幸せな日」を観た。
 https://olli-maki.net-broadway.com/

 スウェーデン映画「ボーダー 二つの世界」に出演していたエーロ・ミロノフが出ている。こちらはフィンランド映画なので、ミロノフがスウェーデン語とフィンランド語のバイリンガルなのか、それとも2作品とも同じ言語なのか不明である。そういうことが気になるということは、あまりのめり込むことができない作品だったということだ。

 オリ・マキというフェザー級ボクサーが主人公だが、はじめの方のシーンを観たときから試合の結果がほぼ予想できる。そしてエーロ・ミロノフ演じるマネジャーが登場すると、その予想は確信に変わる。
 ボクサーというのは因果な商売で、ファイトマネーで生活できるのは世界チャンピオンクラスのごく一部とされている。練習する場所はジムに提供してもらわなければならないし、指導はスパルタである。独自練習で強くなれるのはチャンピオンレベルのボクサーだけで、しかも極端にストイックでなければならない。無名のボクサーはいろいろな面でジムに頼らざるを得ないのだ。
 まだチャンピオンになっていないボクサーをジムが客寄せパンダに使うのは無理がある。しかしジムの経営は楽ではない。引っ張れるカネは残らず手に入れておきたいのが本音だ。カネがなければボクサーを練習に集中させられない。かくしてオリ・マキの練習環境は客寄せパンダとの両立という劣悪な条件になってしまう。

 英題の「人生で最も幸せな日」というタイトルの意味は多義的だ。その日は世界タイトルマッチの日であり、ボクサーとしての苦役から解放される日であり、そして婚約の日でもある。名誉や地位といったものに価値を感じないオリ・マキにとって、最も大事なのは何だったのか。それは原題の「微笑む男」に秘密がありそうだ。間違いなくそのときオリ・マキは微笑んでいた。

 あまりのめり込むことの出来なかった作品ではあるが、見終わると不思議な後味がある。16ミリのモノクロの映像が醸し出す雰囲気は、如何にも昔の話であることを表し、かつてこのような青春があったのだと確かに実感した。面白いと思わなかったにもかかわらず、もう一度観てみたい気もするのであった。


映画「マザーレス・ブルックリン」

2020年01月26日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「マザーレス・ブルックリン」を観た。
 http://wwws.warnerbros.co.jp/motherlessbrooklyn/index.html

 文句なしに面白い作品である。144分という長めの映画だが、あっという間に感じる。ウィレム・デフォーとアレック・ボールドウィンのランドルフ兄弟が悪役としてはややステレオタイプというきらいはあるものの、総じて気の抜けない作品だった。

 レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説に雰囲気が似ていると思った。フィリップ・マーロウという探偵が主役の一連の小説だ。第二次大戦中から戦後にかけて書かれており、本作品と時代が近い。マーロウの台詞として有名なのが「男はタフでなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格がない」という言葉である。森村誠一原作の角川映画「野性の証明」のプロモーションでも使われて有名になった台詞だ。
 本作品の主人公ライオネル・エスログの雰囲気もどことなくフィリップ・マーロウを思わせる。頭の回転が速くていち早く真相に辿り着くが、俺が俺がと自己主張するタイプではなく、控えめで人にやさしい。好感の持てるキャラクターである。マーロウも銃を持っていたが滅多に撃たなかった。その点も似ている。
 黒人差別、迫害、権力者の横暴、業者との癒着と、当時の政治社会問題を背景に、ボスが殺された事件の真相に迫っていくエスログ。ボスだからといって必ずしも絶対視も神聖視もしない。仲間だからといって全面的に信用するわけでもない。ひたすら事実だけを積み重ねて推理していく。エスログを敢えて精神障害者にしたのもいい。社会問題の場面では自然に被害者側の立場になる。
 他の登場人物も魅力的で複雑なキャラクターである。単なる善人や単なる悪人というのは登場しない。それぞれの思惑が交錯して、主人公の行動を邪魔したり助けたりする。淡々とした描写もハードボイルドタッチである。BGMは当然ジャズだ。
 息もつかせぬというほどではなく、適度にゆるいシーンもあるが、登場人物の人となりを紹介するのに必要なシーンでもあったと思う。緊迫のシーンと交互に見せることで観客の集中力を持続させる高等技術なのかもしれない。

 それにしてもランドルフ兄弟が中川家に見えて仕方がなかったのは当方だけだろうか。