映画「Una storia senza nome」(邦題「盗まれたカラヴァッジョ」)を観た。
https://senlis.co.jp/caravaggio/
スパイとマフィアと政治家がせめぎ合う状況に、ド素人の女事務員がひとり放り込まれる設定である。この設定だけでストーリーが走り出しそうだ。主人公ヴァレリアは平凡なオールドミスだが、母親が只者でないところがいい。
素人が陰謀に巻き込まれてしまったらどんなことになるのか、どんなふうに行動するのかを考えるのはなかなか興味を引く。そして一番気になるのは、自分だったらどうするだろうかということである。観客は皆、主人公と同じ立場に身を置いて、一緒になって恐怖を覚え不安に慄く。
本作品の原題は「名もなき物語」であり、表に出る方の脚本家ペスが口からでまかせに決めた劇中劇のタイトルでもある。観客はこのタイトルを聞いた瞬間に、本作品の二重構造がおぼろげに理解できる仕掛けになっている。ある意味で親切なプロットなのである。だから邦題も「名もなき物語~盗まれたカラヴァッジョ」としておけば、当方のような日本語字幕の観客も理解しやすいだろう。
ヒロインを演じたミカエラ・ラマゾッティもよかったが、引退した老スパイを演じたレナート・カルペンティエリの存在感は大したものだ。こういう頭の切れる老人は確かに現実の生活でもときどき見かける。スパイといえば「暗殺者」で有名なロバート・ラドラムの小説にスパイが人心を掴む技術の非凡さが書かれていたが、本作品の老スパイのそれは想像を超える見事さであった。
イタリア映画らしく食欲と性欲を力強く肯定する人々で画面が噎せ返るほどで、40歳を過ぎても母と同居する独身女子の主人公も、イタリア女性のご多分に漏れず殿方のお誘いには積極的に乗る方だ。しかし一方では、自ら招いた種とは言いながら、ゴーストライター稼業のおかげで巻き込まれた争いの中で、次第に覚悟ができてくる。そのあたりの主人公の成熟ぶりを楽しむドラマでもある。
あまり多くはないが、いくつかの伏線はすべて回収される。母親との関係性の変化も面白い。肉食の看護婦には笑った。イタリアは流石にマフィアの発祥の地だけあって、本場のマフィアは怖いということを思い知らされるが、怖いだけではなく笑えるシーンもいくつかあって、楽しく鑑賞できる作品である。意外と印象に残る傑作かもしれない。