三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「甘いお酒でうがい」

2020年09月28日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「甘いお酒でうがい」を観た。
 松雪泰子は4年前に映画「古都」で見て以来だ。少し歳を取った感じもするが、相変わらずの美しさである。「古都」では名家の女将の近寄り難い雰囲気を漂わせていたが、本作品の主人公川嶋佳子は四十代の普通のOLで身近で親しみやすい感じがする。
 この人の魅力はほっそりとした体型と身のこなしの軽やかさと、もちろん豊かな表情で縦横無尽に演じる演技力だが、一番強調したいのはその声である。しっとりと落ち着いたいい声なのだ。
 本作品ではその声で主人公の日記を語る。トーンといい間の取り方といい、申し分ない。聞いていてとても心地よいモノローグである。それが川嶋佳子の雰囲気によく合っている。キャスティングはど真ん中の大的中だ。
 坦々と過ぎていく静かな日常を描いた作品だが、自転車のエピソードや椅子のエピソードが物を大切にする佳子さんらしいキュートさに満ちている。時々は将来の不安とか、母親の思い出とかが心のどこかに顔を出すが、日常に紛らせて暮らしていく。
 若林ちゃんを演じた黒木華の多彩な顔芸はケッサクで、清水尋也との「大丈夫」の言葉遊びみたいな掛け合いも楽しい。新人の男性社員にセクハラまがいの質問をする若林ちゃんは若い女の子の姿をしたおっさんみたいだ。佳子さんはそのあたりを全部ひっくるめて受け入れる。
 大事件は起きないけれども、観ていて飽きることがない。ずっと聞いていたい松雪泰子のいい声と、物語に通底する優しさが、心の琴線をそっと撫でてくれる。
 上映後にオンライン舞台挨拶があった。通信が途切れ途切れだったが、それなりに楽しい挨拶であった。ひとつだけオブジェクションがあるのは、タイトルの「甘いお酒」を当方は多分カルヴァドスかガリアーノだと思っていたが、舞台挨拶で紹介されたのはグラッパ。うーん。グラッパは何度か飲んだが、甘いグラッパを飲んだ記憶がない。ま、このあたりも本作品を楽しむひとつの要素かもしれない。