三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「The Last Bus」(邦題「君を想い、バスに乗る」)

2022年06月10日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「The Last Bus」(邦題「君を想い、バスに乗る」)を観た。
映画『君を想い、バスに乗る』オフィシャルサイト

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2022年6月3日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開|ティモシー・スポール(『ターナー、光に愛を求めて』)×フィリス・ローガン(『ダウントン・アビー』シリーズ)の英...

映画『君を想い、バスに乗る』オフィシャルサイト

 老人が主人公のロードムービーである。満身創痍の彼は、亡き妻との約束を果たすために、不自由な身体に鞭打って、イングランドの遥か最南端の町を目指す。
 バスを乗り継いでいく設定がいい。飛行機でも特急列車でもない。バスである。妻との思い出が詰まっているバスの旅。しかし彼には残された時間がない。予定通りに到着しなければ、それまで命が持たないかもしれないのだ。

 ロードムービーらしく、思いがけないアクシデントが次々と起きる。親切な人もいればそうでない人もいる。不運にめげず、人を非難せず、黙々と進んでいく。流石に名優ティモシー・スポールである。優しくて寛容な老人を枯れた演技で淡々と演じてみせた。それが逆に主人公トムの気持ちを切々と伝えてくる。

「Amazing Grace」を歌い上げるシーンなど、泣ける場面も多く散りばめられていて、演出も脚本もとてもいい。ラストシーンで、トムがバスの旅の道中にスーツケースをとても大切にした理由がわかる。高倉健の遺作となった映画「あなたへ」を思い出した。

映画「オフィサー・アンド・スパイ」

2022年06月10日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「オフィサー・アンド・スパイ」を観た。
映画『オフィサー・アンド・スパイ』公式サイト

映画『オフィサー・アンド・スパイ』公式サイト

歴史を変えた逆転劇。ロマン・ポランスキー監督最新作、世界が震撼した[衝撃の実話]世紀の国家スキャンダル〈ドレフュス事件〉映画化。6月3日(金)、TOHOシネマズ シャンテ...

映画『オフィサー・アンド・スパイ』公式サイト

 本作品は、嘘を吐いて他人を貶める人たちと、真実に忠実な人たちの戦いの物語である。原題はエミール・ゾラの「私は告発する」という弾劾文書のタイトルで、邦題もそのままのほうがよかったと思う。

 大抵の人は、嘘を吐くのはよくないことだと教えられて育っている。そんなふうに教えるのは、子供に嘘を吐かれると大人が困るからだ。だから嘘を吐くことには子供の頃に刷り込まれた罪悪感が伴う。世界のどこでも同じだと思う。嘘は悪いことだというパラダイムがワールドワイドに続いている。
 ところが、嘘を吐くことにまったく罪悪感を感じない人間もいる。自己愛性パーソナリティ障害でおなじみの元総理大臣がその典型で、国会で118回も嘘の答弁をしても反省も何もなく、総理大臣を辞めたあとも「日銀は政府の子会社」などという嘘を平気で吐いている。彼と仲よしのトランプもプーチンも嘘を吐いて世界に大きな被害を与えている。どうやら嘘を吐いても平気な人間でなければ権力者にはなれないようだ。

 権力を支えるのは役人と軍人である。それぞれ、役所と軍隊の利権を守るのが仕事だ。組織を守るためには、間違いは認められない。つまり組織ごと、自己愛性パーソナリティ障害に陥っていると言っていい。
 しかし中には自分は嘘を吐けないという役人や軍人がいる。そういう人は強要や脅迫の被害者となり、場合によっては左遷や減俸の憂き目に遭う。日本では公文書の改竄を命じられて自殺した赤木俊夫さんがいた。本作品では主人公のジョルジュ・ピカールである。彼は軍律に従いながらも、真実に忠実な毅然とした態度を崩さない。この難役を、映画「アーティスト」で米アカデミー主演男優賞を受賞したジャン・デュジャルダンが見事に演じている。

 虚偽を排して真実だけを口にする人は、心が穏やかな日々を送ることができる。しかし嘘を並べ立てて虚偽に生きる人は、常に不安である。本作品で描かれる裁判のシーンでは、落ち着いた表情のピカールに対して、将軍や大臣の不安そうな顔が強調されている。この演出は上手い。

 軍の名誉などといった意味不明の概念のために、世界中でどれだけの嘘が積み重ねられているかを想像すると、軍そのものが嘘で塗り固められていると感じる。
 第二次大戦中の日本では、軍の名誉のために一億玉砕というスローガンまで生み出され、国民はお国のために死ぬことが善であるという嘘を信じ込まされた。何より恐ろしいのは、2022年の現在も、死んだ兵士を「英霊」などという嘘の概念で祀り上げていることだ。あの戦争は全部が嘘だったと認めなければ、日本に平安が訪れることはない。

映画「ニューオーダー」

2022年06月10日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「ニューオーダー」を観た。
映画『ニューオーダー』公式サイト|6月4日公開

映画『ニューオーダー』公式サイト|6月4日公開

映画『ニューオーダー』公式サイト|6月4日公開|メキシコの冷徹なる俊英ミシェル・フランコ監督最新作

https://klockworx-v.com/neworder/

 メキシコ映画らしいと言っていいのか、表現のいちいちが過激である。というか、暴力に躊躇いがない。メキシコは銃の所持が許されている国だから、人を殺すのに躊躇いがないとも言える。
 格差が限界まで広がったらこうなるだろうというSFスリラーだが、舞台が日本だったら、多分こんなふうにはならないと思う。デモ隊が暴徒と化して、店舗や家屋を襲ったり略奪したりすることはない。
 本作品の設定には仕掛けがあって、結婚パーティの出席者は全員が白人、使用人は全員が有色人種となっている。つまり格差を肌の色で表現して分かりやすくした訳だ。パーティには豪華な料理、高価なワイン、麻薬まである。そういうものを欲しがる人の国という設定だ。
 しかし日本人は必ずしもそうではない。豪華な料理にも高価なワインにも興味がないという人がかなりいると思う。若者は自動車にも興味がない。つまり金持ちを羨ましがる傾向が少ないのだ。いまの日本人が金を求めるのは、贅沢がしたいというよりも、生活の安定を願うからだろう。暴動に向かう精神性は殆どない。

 本作品の主眼は軍隊の動きである。暴動の発生時に軍は静観を決め込む。しかし一部の者たちは暴動に乗じて営利目的の誘拐をはたらく。その後、暴動を鎮圧することによって、軍は国を実質的に支配する。
 一部の者たちが行なった悪事をどうするか。軍は最も軍隊らしい判断をする。国民よりも軍が大事だ。軍の名誉が傷ついたり、非難されたりすることは、断じて避けなければならない。その判断に人道的な見地はまったくない。
 そして時代は20世紀初頭と同じような状況に戻ってしまう。メキシコだけがそうなるのではない。全世界的な傾向だ。格差の行き着く先は暴力による支配である。つまり軍部の台頭だ。世界中がそうなったときに、人類はどうなるのか。軍事技術の絶え間ない発展によって、現在の軍事力は先の大戦時の比ではない。
 本作品は、人類の未来を暗示している。通信技術がどんなに発達して世界中が結ばれても、人間の愚かさには変わりがない。人類の歴史は戦争の歴史だ。これまでもそうだったし、これからもそうに違いない。