一韶の俳句ブログ

俳句を詠うのは自然・私・家族・夢や希望・社会など。読む時はどんな解釈が浮かぶか読み手の経験や生活によって様々

131   冬籠ブログにはまり夜更かしす    優

2011年01月19日 | 

ブログを始めて4カ月経った。以前は、早朝に目が覚めても、ラジオを聞きながらうとうとしていたが、今は何時であろうが起きてしまう、というより起きることができるようになった。

 陶芸・俳句・テニス・ハワイアン、更にブログを付け加えるべきかもしれない。ブログはなかなか面白い。

 

 この句の作者も、ブログに嵌っている。外は寒く、何もする気にならない眠れない夜を、どう過ごしたらいいのか。

そこに現れたのがパソコンであり、インターネットであり、ブログなのだ。自分と考え方が一致したり、趣味の合う人と知り合いになるというのは、インターネットならではの利点だ、と思う。

 

ところでこの句、俳句をたしなんでいる中で、何人の人が理解できるだろうか?パソコンを持っていても、ブログの楽しさを知っているとなると、そうはいまい。

 だからこの句は、実に現代的であり、時代の最先端を行く句と言っても言い過ぎではあるまい。もしかすると、「ブログ」を初めて句材として取り上げた歴史に残すべき俳句かもしれないのだ。

 

子育ても終わり、孫の面倒を時々みて、夜更かししたって朝寝もできるし、私達は本当に良い時代を生きている、とつくづく思う。

 

ブログのお陰で、私達には、ボケている暇などないのだ。

 

作者、優さんのブログは「そーさ 元気に ゆこー」です。このブログの「ブックマーク」にあります。覗いてみて下さい。

 

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130   冬籠あなたがいなくてもう五年   2gawa

2011年01月19日 | 

俳句は、はっきり言った方が良い場合と、言わない方が良い場合がある。この句は、はっきり言わなくて良かった好例。

 

 「あなた」を「夫や妻、親や子供、親友・・・」などと、具体的に言ってしまうと生々しすぎる。「あなた」とぼやかすことによって、読者は、自分の経験に合わせて、人を選ぶことができます。

 

「いなくて」も曖昧ですが、「死んだのでいない、離婚したのでいない、転勤したのでいない、旅をしているのでいない・・・」などと色々選ぶことができます。

 

 年月だけは、5年とはっきり言っていますね。しかし、5年というのは微妙な年月です。忘れるには短すぎるかもしれない。忘れてようやく立ち直ったのかもしれない。私の場合は・・・・様々な解釈を読者に与える、余裕のあるいい句です。

中7が字余りですが、この場合は問題ないと思います。 

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