キマグレ競馬・備忘録

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本「空へ」

2021年06月08日 | Book
1996年にエベレスト山頂付近で起きた史上最大と言われた悪天候による遭難事故を記録したノンフィクション。
著者はアウトドア雑誌の取材記者として、登山家ロブ・ホールの商業登山チームに参加し、事故に遭遇してしまう。幸運にも生還できたことにより、雑誌に事故の経緯を投稿するが、その反響が大きかったため、その後の取材も含めて遭難の詳細な経緯と状況を改めてまとめたのがこの本である。
著者の記憶を基に、遭難事故発生までの場所と時間順に出来事を紹介する。エベレスト登山に参加する動機、出発までの経緯、エベレスト登山史・登山家の紹介、商業登山の始まり、登山方法、高所で発生する病気や生活、参加者のプロフィール、登山開始から登頂までの様子、遭難事故の状況、その後の経過まで当事者の視点で考察する。精緻な文章で(翻訳も読みやすい)登山に関心のない人にも判る様に補足もあり、大変読み応えがあった。後半部分は、自分がエベレストに登っているような気分になるくらいリアルな描写で、読んでいて息苦しさ(本にのめり込んで酸素不足?)を感じるほどだった。
エベレストは、機材の改良が進んだ現代においても、普通の人間が行けないくらい過酷な場所である。(2014年にも雪崩で史上最大の事故が起きている。)最も大きな要因は高所による空気の薄さや気圧の低さで、これが高山病をはじめ、体中の至る所に機能障害を引き起こす。また、他にも天候の変化の速さ、気温の低さ、風の強さ、登山ルート確保の難しさ、アクシデントへの対応の難しさ等の様々な要因が登頂を困難にさせる。著者はもちろん、この登山ツアーの参加者達も何らかの病気や体調の悪化を経験し、余力が無い状態で山頂アタックを試みている。また、この遭難の背景には、人為的な要因もあった。2つのライバルチームが、顧客獲得の実績作りのために無理をしたことや、困難に陥った登山者を助ける体制作りの難しさ(助けると自分達を危険に晒すことになる)、技術や経験不足の参加者の登頂への欲望の強さなどだ。究極の環境の中で、自然の変化や人間の様々な要因が絡み、リーダーの判断力の低下がこの遭難の引き金になってしまう。
著者は窮地に陥りながらも、運良く遭難を免れることができ、冷静な判断で帰還する。参加者の生と死を分けたものは何だったのか、いろいろ考えさせられた。この本は、発表当時、話題性もあってベストセラーとなったが、今でも第一級の山岳ノンフィクションだと思う。

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