事の起こりは、若い2人が新婚旅行から帰り、この家に入った3日後に戻る。
朝の玄関前で、竹雄が出勤して行ったのを新妻の薫子が見送っていた時、
隣の家の奥様も、丁度ご主人の出勤を見送った後で、目が合った2人の主婦は当然朝の挨拶を交わした。
薫子がにこやかに微笑んでいると、向こうもにこやかな笑顔だったが、
目にやや違う笑いが潜んでいる事に薫子は気が付かなかった。
「奥さん、ちょっと、ちょっと。」
彼女に手招きされるままに、薫子はお隣の奥様について行く。
隣の家の横は奥の住宅に続く道である。道の片側はまだ畑であり、薫子の家の窓もこの畑に隣接していた。
それで彼女達の家々の窓からは、この畑で作業する人々がよく見えた。
また、見えるだけでなく、家の窓から眺めているとフェンス越しに声をかけられて、
朝夕の挨拶などもするようになる近さだった。
畑から道を挟んだ向かい側は山の斜面になっている。土手と言ってもよい高さで、本来の山の木や植物がまだ残っていた。
その土手を上ると高台になり、そこは既に整地されていた。次の住民を待つ宅地が整備されていたのだ。
この畑と土手の間の道、車2台が何とかすれ違う事が出来る程の幅の道に、この時小型のジープが1台止まっていた。
「あのジープ、奥さんと一緒に来たのよ。」
お隣の奥様は笑顔で彼女の顔を見ながら言った。
前はあんな物無かったのに、2日前奥さんと一緒に来たのよ、と彼女は笑みを絶やさずに言って、
薫子に念を押すようにねっと頷いて見せた。それから2人は元の家の玄関先に戻って来た。
家の前に着くとお隣の奥様はやや笑顔を収めて、自分の家に入る前に薫子に言った。
「訂正するなら早い方がいいですよ。」
去り際の彼女の横顔からは笑いが消えて、細面で色白の彼女の頬には何だか寂しそうな気配が漂っていた。