神が宿るところ

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曝井(茨城県水戸市)

2019-03-23 23:15:37 | 史跡・文化財
曝井(さらしい)。
場所:茨城県水戸市愛宕町2143-1。「愛宕山古墳」(前項)前から北~北東へ約250m。駐車場なし。坂道の途中にあり、道路も狭いので、徒歩で行くことをお勧めする。
「曝井」は、萬葉集・卷9-1745に「三栗の 中に向へる 曝井の 絶えず通はむ そこに妻もが」(中(那賀)に向って、流れてゆく「曝井」の泉のように絶えることなく通って行こう、そこに愛しい妻がいてくれたらもっと良いのになぁ)という歌があり、その「曝井」であるという場所がある。武蔵国にも那賀郡があり(現・埼玉県美里町及び本庄市辺り)、かつては、そちらの方に比定されるのが有力だった(現・埼玉県美里町広木に上記の萬葉歌碑がある。)が、現在では常陸国那賀郡の方が通説となっているようだ。というのも、上記の歌の作者は高橋虫麻呂とされており、虫麻呂は「常陸国風土記」の編纂にも関わった人物と言われている。そして、「常陸国風土記」那賀郡の条に「郡家の東北、粟河(現・那珂川)を渡ったところに駅家がある。河に近くて(あるいは、川に囲まれているので)「河内の駅家」といった。・・・その南に、坂の途中で水が湧き出ているところがある。・・・この泉を「曝井」という。周辺に住んでいる女たちは、夏になると集まってきて、布を洗い、日に曝して乾かすのである。」という記述がある。「河内の駅家」の所在地は確定されていないが、那珂川左岸に「上河合町」・「中河内町」という遺称地がある。現・水戸市の「曝井」は、その対岸(右岸)にある「愛宕山古墳」から那珂川に下りていく「瀧坂」という坂の途中にあり、今でも水が湧いている。坂の上には「曝台」という地名も残っているとのことで、ここが古代の「曝井」の遺跡であるということなったらしい。今では「萬葉曝井の森」という小公園として整備されている。
なお、「曝井」の比定地については、常陸国(現・茨城県)の中でも、「小岩井坂の湧き水」(茨城県水戸市渡里町)とする説、水戸市簡易水道の水源地である「田谷町の湧き水」(水戸市田谷町)とする説、那珂川左岸にある「清水洞の上公園」(茨城県那珂市東木倉219-1)内の泉とする説、等があるようだ。


水戸観光コンベンション協会のHPから(曝井)


写真1:「萬葉曝井の森」公園。「瀧坂」という石碑もある。


写真2:「曝井」石碑(明治11年建立)。直ぐ左側では今でも水が湧いている。


写真3:「常陸国風土記」の「曝井」の石碑


写真4:「曝井」万葉歌碑(昭和52年建立)
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