神が宿るところ

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壁面観世音像(茨城県城里町)

2019-07-06 23:11:31 | 史跡・文化財
壁面観世音像(へきめんかんぜおんぞう)。壁面観音。
場所:茨城県東茨城郡城里町孫根。国道123号線「大桂大橋入口」交差点から、整備中の茨城県道112号線バイパスに入り、南西~西へ約3km。現在は突き当りの丁字路になっている(が、いずれ道路が伸長されると思われる)ところから右折(北へ)、約100mで入口。入口(案内板有り)から徒歩で直ぐ。駐車場なし。入口付近に1台程度は駐車できそうだが、県道からの道路は狭く、その先、城里町の岩船集落(式内社「石船神社」(前項)がある。)に行ける道路が続いているが、道路状態が酷く、木の枝が出ているなどで自動車が傷だらけになる可能性大なので、通らない方が良い。手前の県道に路駐してくる方が良いと思われる。
「壁面観世音像」は、奈良時代から平安時代前期にかけての法相宗の高僧である徳一大師(749年?~843年)が石壁に彫ったという十一面観世音像である。徳一大師は関東から東北地方で多くの寺院を開創し、常陸国では筑波山の「中禅寺(大御堂)」、現・茨城県笠間市の「愛宕山」(「飯綱神社」2018年12月15日記事参照)を創建・開山したと伝えられている。その徳一大師が当地を訪れた際、岩壁に観音像を彫って苦しんでいる人々を救おうと考え、一番鶏が鳴くまでに彫り終えようと誓った。一晩中彫り続け、片側の眼を入れ、もう片方の眼に取りかかったところで鶏が鳴いて夜が明けた。「夜明け前に開眼供養をしようとしたのに果たせなかったのは、私の修行がまだまだ足りないということだ」とつぶやいて、去ってしまった。このため、片側の眼が開かないまま残された観音像は「目つぶれ観音」、「目なし観音」などと呼ばれたという。現在も、観音堂の背後の岩壁に開けられた穴の中に浮き彫りにされた観世音像を見ることができる。城里町指定文化財。


城里町のHPから(壁面観世音像)


写真1:「壁面観音」観音堂


写真2:「観世音観音堂」という額が掛かっているが、これは所在地の地名(字)が「観世音」ということによるもの。


写真3:観音堂の隙間から見える壁面観世音像


写真4:他にも彫ったものがあるが、字は風化して読めない。
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