女はまだ話していた
ずっと話していた相手はもう後ろに到着している
少し遅れて受話器が置かれた
ピーピーピーピー
女はまだ電話と向き合っている
「貯金残高は三千万円です」
自動音声が高らかに金額を告げていた
誰かに聞かれていないか君は不安を覚える
「さあ行きましょうか」
君はその時なぜか秘書のような振る舞いをした
「はいはい」
女は振り返った
公衆電話の上に何かが残っている
「忘れないで」
「あなたが持って」
眼鏡、マスク、ハンカチ、巾着袋……
襟巻きを手に取って
君は女の首に無造作に巻きつけた
彼女は君に折句の扉をくれた人だ
失った
たよりはここに
いまもある
引き出しはもう
遠くあっても
折句 短歌「うたいびと」