「王手!」
おじいちゃんは耳が遠かった。ちゃんと大きな声で言わないと王手を手抜いて攻めてくるから大変だ。
「王手!」
「ふー」
おじいちゃんが苦しそうに息を吐いている。だけどなかなか捕まらない。おじいちゃんの王様は大きく見える。
「王手!」
ずっと僕の攻めのターンだ。王手は追う手だと言う人もいる。だけど王手の誘惑にはかなわない。玉は包むように寄せよという格言もある。そんな風呂敷みたいな真似ができるものか。王手している間は負けっこない。
「王手!」
おじいちゃんの王様はすっかり裸なのに、周りの小駒を吹き飛ばしながらずっと逃げ回っている。もう、盤面を何周も回っているのだ。王様って、こんなに泳ぎが上手なんだ。
「王手!」
もう喉が嗄れそう。僕はおーいお茶に手を伸ばす。
最後の頼りはやっぱり龍しかない。おじいちゃんの王様の背後へと、僕は眠っていた龍を大きく転回させる。
(王手!)僕の王手は夕暮れの鴉の声にかき消された。
「王手!」
おじいちゃんがすかさず反撃の角を打ちつける。
逆王手?