眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

カフェと誕生日 ~特別な時間

2023-10-20 17:50:00 | コーヒー・タイム
 夏の間は部屋の中にいてタンブラーに氷を浮かべていた。10月が近づく頃、耐えきれなくなって家を飛び出すようになった。冷房も少しは弱まってきているはずではないか。外からのぞくと角の席が空いているのがわかりほっとした。中に入り番号札を受け取って歩き出すと、ほんの少し前に来た女性が、角の席に先に着いて2人掛けを4人掛けに拡張させた。すぐにつれが来るのだろう。右前方角には紳士がかけており、外に近い席はどこも埋まっていた。やむなく僕は2人掛けのソファー席側にかけることにした。硝子から距離があって、外の世界が随分と遠く感じられる。いつもと少し勝手が違う。だけど、自分の部屋ほど息苦しくはない。ラテを前方に置いてポメラを開くといつかの断片が現れた。こちら側も悪くない。天井の照明が向こう側よりもずっと明るく、光合成ができそうだ。テーブルの色が好きだ。椅子の形が好きだ。無人でなく、席が埋め尽くされないところが好きだ。無駄話の気配が好きだ。孤独が浮かないところが好きだ。キーボードに反射する光が好きだ。
 どうして僕はモスカフェにまでやってきたのだろう? ただのんびりとするためではない。何かを生みたいからだ。失われて行くラテと、忍び寄ってくる夜と競りながら、何かを生み出すためだ。張り合いを求め、僕はここにやってきた。先に角に着いた彼女は独りだった。PCの横にオレンジジュースが見えた。


 僕はその夜、あらぬ一点を見つめていた。傍からは確かにそのように見えたのだろう。

「率直に言って、あなたは病気です」

 巻さんは、そう断定して僕に受診をすすめたのだった。その時、僕は問題を抱えていた。正確に言えば、抱えていたのは問題図だった。僕はずっと退屈な接客の合間で、脳内将棋盤を開き詰将棋を解いていたのだった。難解な問題に取り組んでいる時ほど表情は硬くなり、目は虚ろになっていただろう。魂の抜け殻のように映ったとしても仕方がない。問題は見知らぬ先生に話すようなものではなく、自分で解決すべきものだったのだ。彼の指摘は的外れではあったが、上手く説明する自信もなかった。
 脳を通して描かれる世界は人それぞれに違い、それ故簡単にわかり合えないように思う。脳内磐を持たない人が、果たしてそれをどのように想像し、どこまで理解することができるだろうか。頭の中にそろばんがあるというのは、どんなそろばんが、どんなカラーの、どんなサイズの、そろばんがあるのだろうか。頭の中にいつもケーキがある人は、いつも焼き肉定食があるという人は、それぞれにどんなそれを抱いているのだろう。顔を見たくらいでは、何もわからない。だから問題も尽きないのではないか。


 チノパンを選んでいて出遅れてしまった。駅に着いた時には、既に集合時間の9時を回っていた。どっちだ? 何番ホームへ渡るべきか、考えている間に、目的地の駅名が飛んだ。終わった。書き残したメモは自宅に置いてきた。あるいはと思い鞄を開けてみたが、あったのは折り畳んだシフト表だけだ。こうなれば電話して聞くしかない。

「野崎さんの電話変わってないよね」

「ないない。あるわけない」

 横にいた見知らぬ女が当然のように言った。

 な・に・ぬ・ね……、は
 な・に・ぬ・ね……、は
 は!
 なぜか、のが飛んでいる。

 今度こそ、完全に終わった。(帰るか)
 駅名を忘れたなんて、言い訳になるだろうか。
 わかってくれる人が現れて、味方してくれるだろうか。
 焦る。役立たずのスマートフォンを線路に投げ捨てたくなった。
(おかしい。何か妙だ)
 その時、この出遅れた朝の状況が夢の一場面にすぎないことに、薄々気づき始めた。
(夢なんだな)
 まだ少し焦っている。夢だからままいいか。少し安心する。夢だからもういいか。どうでもいいように気楽になる。でも何だっけ? まだ少し引きずりながら、楽しむ余裕もあった。遅れても別に問題ないしな。仕事は夕方まであるのだし。ぞっとするような夢の終わり、意識はまだ半分半分のところを行き来していた。


 自分の部屋にはなく、カフェにあるものとは何か。それは、いつ訪れたのかという明確な瞬間だ。その瞬間、カフェという世界の中に自分という存在が誕生する。

「ごゆっくりどうぞ」

 世界もそれを認めている。その時に受け取るカップ(グラス)は、命を表している。手にした瞬間から、特別な時間が流れ始めるのだ。そこにあるのは物語性だ。

(物語は終わりへと向かって進んで行く)

 それこそが僕が望んでいるものであり、家の中ではいつからいつまでという時間の節を体感し難い。切迫するものがないため、緊張感を持ち自分を奮い立たすことに苦労する。
 PCの開かれた角の席に、ようやくつれが到着したようだ。これから商談が始まるのだろうか。
 カーテンの向こうの闇は強さを増して、自分の体も少し冷えてきた。僕はカウンターに行き、ホットコーヒーを注文する。新しい物語の再生だ。

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夢の中の不死身説

2023-10-20 04:41:00 | いずれ日記
 夢の中では死ぬことはないだろう。多くの経験、夢の記憶からいつからかそのように考えていた。夢は主人公(自分)の視点によって動いていくものだ。主人公(自分)が現実の自分と異なることはある。スターになったり偉い人になったり、犬になったり幽霊になったり宇宙人になったり、変身を繰り返すことはある。空を飛んだり、星をまたいだり、人間離れした能力を発揮することもある。しかし、死んではならない。視点を失って物語が進まなくなるからだ。


 ジェルボールが溶けなかった。洗濯物を全部取り出した後、それはそのままの形でそこにいたのだ。きれいじゃないか。僕は本当に洗濯をしたのだろうか。急に自信がなくなった。覚えているのは、スタートボタンを押したことと、終了のブザーが鳴ったことだけだ。洗濯をしたつもりが間違って乾燥だけをしていたのでは? しかし、そんなことがあるだろうか。確かにちゃんと見張っていたわけでもないし、聞いていたわけでもない。(お気に入りのプレイリストを聴いていたのだ)昨日買ったばかりのジェルボールだった。それだからか。久しぶりのジェルボールだった。それだからか。ジェルボールは真っ先に投げ入れたはず。しかし、その後は? 洗剤を使わず洗濯は終わった。これで洗濯したと言えるのか? 頑固な汚れ物はなかったとは言え、それでよいのだろうか。もう一度するか。もう遅い。もう一度しても駄目だったら……。葛藤している内に、夜は深まっていた。ぷるんとしたジェルボールをドラムの中に投げ入れると、僕は洗濯機の扉を閉めた。これは夢では?


 オリエンテーリングのようなものの中にいた。赤箱を蟹挟みして僕は浮遊した。いつもよりも体が軽く切れているようだった。人の間を縫うようにして抜ける。皆が苦労するトラップも、僕にとっては子供だましにみえた。
「上級者の邪魔をしないようにしないと」
 もたついていた人が気を遣って道を開けた。僕は加速をつけて螺旋コースを降りた。才能が違う。自分でもそう自覚することができた。

「終わりました!」

 当然僕が最初だろう。けれども、賞賛でも歓迎でもなく、ため息のようは声が返ってきた。

「ああ……」

 大泉さんは残念そうな顔を向けた。その顔で僕はすべてを悟った。

「もしかして、間違えてます?」

 ルールをちゃんと読んでおくべきだったが、自惚れすぎていた。改めてルールブックに目をやってすぐに背けた。才能、希望、自信、そんなものは幻だ。僕のは全部がデタラメではないか。

「迷惑かけてます?」

 優勝どころか運営の妨げにもなったのではと気がかりだった。

「いえいえ。いいんでこれ持って帰ってください」(好きなだけ)

 参加賞か。それは大袋に入ったきな粉のようだった。だけど、これをどうして持ち帰ればいいだろう。小袋がなければ、無理ではないか。自分がどう動けばいいかわからず、袋の周辺をただ撫でていた。すると亀裂が生じて中の粉が漏れ始めた。僕は更に追い込まれて狼狽えていた。あわわわわ……。

「逆さにして底の方を開ければいいですよ」(こうやって)

 大泉さんが大袋を直しながら、子供に言うように言った。
 僕は本当に駄目だな……。
 夢の中で僕は死にたい気分だった。


 夢の中ではじめて刺された時、僕は驚いた。そんなことはないと信じていたからだ。もう駄目だと僕は観念した。そして夢は終わった。死は夢を強制終了させるだけだった。色んな終わり方がある中で、単純で最も悲劇的な形の1つだったのだ。死が夢を終わらせた時は、目覚めによって現実がはじまる。当然、目覚めは酷く味が悪い。
 いい夢は「何だ夢か……」という未練が残る。悪い夢は「夢でよかった」と感謝もする。どちらもよしあしはあるのではないか。いい夢をみるばかりが幸せとも言い切れない。
 いずれにしろ、眠りがある限り夢をみるだろう。夢と現実を照らし合わせながら、生きていくのだと思う。

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