眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

テラスの縮小(カフェの表裏)

2023-10-24 23:40:00 | コーヒー・タイム
 難波の最果てにそのカフェはあった。

「当店のWi-Fiは使えません」

 入り口の硝子には、そんな貼り紙がある。押とか引とか書いてあるが、扉は押しても引いてもどちらでも開くようだ。店内は分煙になっているが、何となく煙たい感じもする。外にテラス席もあって、そちらの方が落ち着ける。

 鞄深く手を入れれば、一番底に沈んでる奴がボールペンだ。身構えることなく、いつも眠っている。その時のために力を溜めているのだろうう。釘やナイフなら傷つけられるかもしれないが、ボールペンはそれほどやばい奴じゃない。だから何も考えずに手を伸ばすことができるのだ。もしもトカゲやクワガタだったら、相手はどう出てくるかわからない。だけど、そこは彼らの好む場所ではないのだ。

 刀を抜いてから侍が敵を探しているのは何か強そうじゃない。その時がきて、一瞬で抜いた方がかっこいいのではないか。ポメラを開いた時は、ちゃんと打ち込める状態でありたい。ポメラを開き、じっとにらめっこして、オフタイマーが働いて、ポメラが眠ってしまうという展開が嫌なのだ。書きあぐねているのなら、まだボールペンを持って紙のノートを見つめている方がいい。ペンを握って悩んでいる方が、どこか落ち着くような気がするのだ。僕がボールペンを持つのはそんな時。ポメラと向き合うことが躊躇われる時だ。

 テラス席の端で何かを書きあぐねていると、いつの間にか隣の席におじいさんとおばあさんが座っていた。何か煙たいような気がして顔を上げるとおじいさんが煙草を吸っていた。
(ここは禁煙ではなかったのか?)
 無法者おじいさんだろうか。しかし、よく考えてみるとここは喫煙席でも禁煙席でもない。テーブルのどこを見ても禁煙の文字はない。ということは、はっきりと決まってないのだろう。灰皿は店内のカウンターにあり、誰でも自由に取ることができる。だから、おじいさんは何も悪くないのではないか。僕は持っていた扇子で扇いで煙を遠ざけた。

(お一人様60分でお願いします)

 永遠に居座られることへの恐れからか、そんな貼り紙のあるカフェもある。考えすぎか、警戒しすぎか、あるいは何でもとりあえず書いとけという方針か。何でも文章にしておくのが安心との説もあるのだろう。1時間がのろのろと過ぎていく時もあれば、瞬時に過ぎ去ってしまう時もある。同じ時間であるのに……。同じ時間。本当にそれは同じなのか。

寝付けない夜明けの1時間
信号を待つ1時間
ランチタイムの1時間
談笑するカフェの1時間
対局中の残り1時間
恋人を待つ1時間
止まった電車の中の1時間
ライブ・ステージの1時間
採用試験の1時間
地球最後の1時間

 あなたはその1時間をどう感じるだろうか。ある時はほんの一瞬のように過ぎ去る。ある時は永遠のように思える。10秒も100年も同じように感じられることはないだろうか。時のみえ方というのはそれぞれ異なるのかもしれない。亀に対して、お前はのんびりだなとか、蝉に対して、お前の一生は儚いなとか言うのは違うのではないだろうか。

 店員が空いているテラス席を片づけ始めた。閉店時間をたずねると21時だと言う。まだ17時だった。片づけは始まったが、座っていてもいいらしい。他の席がきれになくなってしまうと、自分だけが店から追い出されて罰を受けているような気分にもなった。ここはベーカリーとバーガーの間に挟まれた小さなカフェだった。

「当店のWi-Fiは使えません」

 わざわざ書かれているということは……。
 扉に書かれた言葉の意味をずっと考えていた。確かにWi-Fiらしきものは存在するのだろう。だが、誇れるようなものとは違う。故障しているのでなければ生きてはいる。だとすれば、自虐的に言っているのではないか。Wi-Fiは存在するが、品質は最悪だというメッセージが秘められている。「お前使えない奴だな」と言われる前に先手を打っているのだろう。それが本当なら、なかなか侮れない。仕事の早い店だ。

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魂が死んだ日

2023-10-24 04:02:00 | 運び屋
「本日コーヒーの日になりますので半額の200円になります」

 誰でも平等に半額になるとは決まっていない。それは世の中への貢献度によっても変わるらしい。俺はAIにコントロールされて日々自転車を動かしている。歩道を行けばあっちへ行けと視線が刺さる。車道を行けばどきやがれとクラクションが鳴る。安定した姿勢で道を走ることは簡単じゃない。クレープはひねくれて蛇女に、寿司は粉々になって猫の耳にマッチングしてしまう。
 目標のピンは店に近づいたところで急に動いた。アップデート直後は決まってどこか挙動がおかしくなる。俺は慌ててブレーキをかけた。

「わざわざ前に来て止まるなくそが!」

 自転車を追い越し歩いて行く2人のどちらかが吐き捨てるように言った。俺はアプリに気を取られすぎていたのか。止まりたい時に止まりたい場所に止まっていいのは歩行者だけなのだろう。見知らぬ若者の正論めいた言葉によって、俺の魂は死んだ。ピンは一定時間ふらついてからようやく落ち着いた。自転車は空っぽの俺と小さなカステラを結びつけて車道の端を突き進んでいく。コントロールしているのは、俺でなくアプリの方だった。

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