昔々、あるところに太っ腹のおじいさんと絵に描いたようなおばあさんがいました。おじいさんは鬼のように山に芝刈りに、そしておばあさんは清く正しく川に洗濯に行きました。おばあさんは、しばし太っ腹じいさんのことを忘れ、洗濯に没頭していました。そうしているとおばあさんは瑞々しい魚のように自分らしくあることができるのでした。
どんぶらこ♪
どんぶらこ♪
上流から美味しげなフルーツが流れてきました。りんごかな? いいやそれにしては大きすぎる。ぶどうかな? いやいやそれにしては素朴すぎる。いちごかな? いいやそれにしては生意気すぎる? パイナップルかな? いいやそれにしては不自然すぎる。
「そうだ! あれは桃だ!」
おばあさんが声に出して叫ぶと驚いた小魚たちが川から飛び上がるのが見えました。一仕事を終えてちょうど小腹も空いてきたところ。こいつは渡りに船だぞとおばあさんは思いました。流れてくるものは、まだ誰のものとも決まっていません。一番先に見つけたものが、それを手にすることが許されるのでした。おばあさんは川から身を乗り出して、虫取り網を伸ばしました。もう少し、もう少し。あと少しで、大きなご褒美に届きそうでした。
その時、下流から流れに逆らってものすごいスピードで上ってくるものがありました。それはカヌーに乗った鬼でした。鬼は躊躇う様子もなく一気にカヌーを寄せるとあっという間に桃をさらって行きました。おばあさんが間に入るチャンスもない早業でした。
「選手か?」
明日のメダリストかもしれないとおばあさんは思いました。