恐ろしくありがたいベッドが与えられたので戸惑っている。今日はここで眠ってもいい。いつもとは違い思い切り腕を広げ、足を伸ばすことができる。しかし、それはあまりに無防備な形だ。もしも今日それを許してしまったら、明日からの自分はどうなってしまうのだ。(今日くらい、一日くらいいい)その一度のために、元に戻れなくなってしまうこともあるのだ。それでもこれは1つの機会であるように思われる。少しだけなら構わないではないか。明日に憂いが及ぼうとも。「まあ、いっか!」僕はベッドにダイブする。
改札があり階段があった。歩道があり人々が歩いていた。雨が降っていて明かりがあった。木に埋もれかけた信号機があり商店街があった。ベーカリー・ショップがあり、近くに住んでいた。その風景がいつか暮らしていたところなのか、夢の中につくられたものかわからずにいる。たくさんの駅に降りた。たくさんの雨にあった。色んな人がいて、色んな街に行った。あまりにありすぎて過去は夢のようにぼやけ始めていた。
年齢不問、但し芸歴200年以上に限る。あふれる打ち消し表示に惑わされながら、僕らは日々無意識に自分の座標を探し続けていた。店長のおすすめモーニング、4000カロリーを流し込めば影が30光年揺らぐ。エレベーターのボタンを連打する。行方不明の降水確率を占いながら目に映るのは破壊されたルート3のボタン。光速で通過した対局室に評価値が見える。-500。ぱっと見互角。午前0時から始まるビギナー・コース。12級の有段者を名乗る先生が羊の数え方を教える。
「無になるまでおとなしく数えましょう」
数字に埋もれながら落ち着いていた現代的ライフ。影も形も持たぬ羊が従順である理由なんてなくて、突然それは狂気を秘めた雨粒となって襲いかかってくるのだった。無惨に折られた8メートルの傘を投げ捨てて、僕らは眠れない書店の中へ逃げ込んだ。
日常と非日常が交錯する時、詩の階段が現れる。4段飛ばしで駆け上がれば、二次元の小部屋へと続くような階段だ。
「外で食べるカレーはなんで美味いのでしょう」
「風が交じるからでは?」
おしゃべりな風が窓を叩いている。
「伝統的な葡萄酒を新しいソファーに寝かすのですよ」
大賞を決めましょうと誰かが言った。