「メロンパンが好き」
「メロンが好きなんだ」
「違うよ」
「苺よりは好きなんでしょ」
「メロンパンはパンよ。言葉は後の方が重く意味を持つの」
「まあ普通はそうかもね」
「漬け物石は石よ」
「みんなそうかな?」
「そういうものよ」
「例外はないかな」
「私を信じられないの?」
「あの角まで行こうよ」
「何があるの?」
「パン屋さんよ」
「違ったみたい」
似たような角はどこにでもある。だからパン屋はよく消える。
コーラを買って戻ってくると彼女はいなくなっていた。こういう終わり方も夏らしい。コーラの泡が加速をつけて空に吸い込まれていく。もうすぐ雨が降るみたいだ。
雨音は書店の中にまで追いかけてきた。僕は目的もなくカテゴリが交錯する通路を歩く。列車が行った後も彼女の声だけが残っている。じゃあまた近い内に……。腰が浮いてもドアまではたどり着かない。そう言えばライブで思い出したけど……。そう言えば、そう言えば、いつまでも接続の切れない電話。アンコール、アンコール、際限のないリクエストに優しすぎるアーティストのリフレイン。白熱したシーソーゲーム。降りたはずのエースがまたマウンドに帰ってくる。捕球されたはずの球がもう一度ダイヤモンドから打ち上がり花火になる。眠れない夜一面に広がって街を覚醒へと導いた花火は何度でも上がり続ける。球が切れても師が隠居しても、花そのものが力をつけたの。そう言えば、そうそう、本当、わかります。いいえ、どうかわからないで。伝わったら最後、転げ落ちていくから。ひと時でも終わらないものに触れていた。もしかしたらそれが小説なのかもしれない。カテゴリの交錯に迷い、行間に躓いた。幻想を悟って本を閉じるまでに少しの時差があった。
「まもなく扉が閉まります」
ぞろぞろと乗り込んできた女たちが前のシートに腰掛け、僕は数的不利に陥ったと感じる。話し手が横いっぱいに広がる。聞くかどうかは前席の人の自由だ。ここは劇場ではない。あの日から、カレンダーは見なくなった。今日がいつだろうとあまり興味がない。すべてはずっと前から決められていることのようにも思える。
「まもなく列車がカーブに差し掛かります。世界観の揺らぎにご注意ください」
どうやってやろうかと方法を考えている時はよい。割とわくわくする。何をしようかと対象を探している時はまあまあだ。
どうして……
何故に……
そうなった時に、もう出口はみえなくなっている。
「はがきポケット入れといてん。行ったらあらへん。カードはある。わけわからん」
真ん中の女ははがきをなくしたらしい。彼女の怒りはとても強い。対して周りの共感には温度差がある。親身になっている者もいれば、冗談半分に聞いている者もいる。そういうものだ。
「ほんま入れといてんで。
会社行ったら はがきあらへん
郵便局着いたら はがきあらへん
財布はある スマホもある
はがきだけあらへん
家電話した 誰もおらへん
どういうこと?
もうわけわからん」
「どこか置いてきたんちゃう?」
「どこかってあんた。よう言うわ」
はがきはどこへ消えたのか。
どこにでも迷子はいる。
「次の停車駅は……」
どこでもいい。僕はまだここにいる。