眠れない夜、出汁の匂いに誘われて家を出た。こんなところに蕎麦屋ができたのか。こんな店の扉が開いている。準備中。おばあさんは、一生懸命蕎麦を打っていた。心得はなかったが、芯は熱く燃えるところがあった。僕は厨房に押し掛けて手伝いを申し出た。
「今終わる」
おばあさんは、気遣い無用と断った。終わるのはうそだ。作業はきっと始まったばかりだし、人手は足りていない。(自分の世界に入れたくなかった)というのが、本音ではないか。頑固者だな……。
おばあさんは、ずっと蕎麦を打っている。だから、今日も眠れそうになかった。