
夕暮れの観戦記者のあとについて猫は対局室に紛れ込んだ。極限の集中が高まる室内では野生の息吹が見過ごされることがある。人間の日常にあって見落とされがちなスペースの中に優れた心地を見出すこと。それが猫に託された新感覚なのだろう。
堂々と配置された本榧の将棋盤に隣接された小さな塔に猫は狙いを定めた。ちょうど人間の指が動いて金銀をそっと寄せた後だった。
「ここ空いてますね」
「そこはちょっと……」
金駒が連結して渋い顔をした。
「空いてまーす!」
決め打ちするように猫は駒台に飛び込んだ。
深く狭い空間を占めることこそが猫の本文だった。
その時、棋士の指に乗って大駒がやってきた。
(飛車だ!)
猫はその大きさに恐れをなして跳ね出した。
乗り移ったのは、王座の肩の上だった。
棋士は気づかない。
何事もなかったように盤上に没頭している。
猫は縦のリズムに乗りながら敵陣深くに睨みを利かした。
(寄せあり!)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます