眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ストライカー・イズ・ボーン

2019-09-18 06:39:52 | ワンゴール

「惜しいシュートだったぞ」

「意味ないですよ。ポストなんて」

「でも、可能性を感じるシュートだった」

「ポストをいくら叩いても、意味ないですよ」

「打たないと入らない。ポストに当たるのなら、その次は入ることもあるだろう」

「楽観的ですね」

「外に出るか、中に転がるか、それは本当に紙一重だな」

「僕たちはいつも紙一重のとこで戦っています。ポストを叩いたことも、限りなくあります」

「幾度となく見てきたよ。何度手を叩いたことか。時にはベンチを蹴飛ばしたこともある」

「僕もポストを蹴ったことがあります。その時は、生身の人間の弱さと愚かさを知ったものです。恨む相手はポストではない」

「むしろ自分の技術を反省すべきだな」

「恨みは何の役にも立ちません。それにポストは、何より重要な役目を担っていることにも気づいたのです」

「ポストは時に十二人目のディフェンダーとして立っているからな」

「それはゴールを構築するための、重要な枠組だったのです」

「確かにその通りだ」

「枠がなければゴールを作ることはできません。その辺の空間があるだけです」

「それではゲームをすることはできないな」

「その通りです。僕たちは共通の境界とルールを持った中で戦っているんです」

「それがスポーツというものだ」

「ポストが自分の方に微笑まなかったとしても、感謝の心を失うべきではありません」

「次には微笑まないとも限らないしな」

「ポストを恨んだところで何も始まりません」

「気持ちを早く切り替えることが重要だからな」

「僕たちには時間がないんです。恨んでいる時間なんてもったいない」

「試合に勝つためには時間を有効に使わなければならない」

「時間は恨むためではなく、練習するためにあるべきです」

「その通りだ。本当のプロは練習から本気を出せる人間のことだ。だが、それは決して簡単なことではない」

「色んなものが違います。練習では観客も審判もいません。いたとしても、やはり本気度が違いすぎます」

「自分をコントロールすることが重要なのだ。練習でできないことが、試合で成功するということはないのだから」

「だけど練習でできたことが、試合ではまるでできないということがあります。それも練習が足りないのでしょうか」

「練習の本気が足りないせいと、試合の本気が更に足りないせいだろう」

「いつだって本気のはずです。だって試合なんですよ。本気でないはずがない」

「足りないのでないとすれば、失っているということだ。練習でできると言うのなら、練習のようにやることだ」

「本気を捨てるんですか?」

「何を言っている? 練習も本気のはずだ」

「よくわかりませんね。何か難しく感じられます」

「最初に簡単ではないと言ったはずだ。練習のように本気で思うということだよ。もしも練習が本気でできているなら、それで力が落ちるということはない。普段の力が出せるはずだ」

「試合には独特な空気がありますし」

「それも味方につけなければならない」

「練習は時間を忘れさせます。けれども、試合となると時間はもっと早くなります」

「それは好きな世界が前に現れているからだ」

「確かに僕はボールを追っているのも、触れていることも好きです」

「だから時間が消えるのだ。だが、それはなくなったわけではない」

「消えているのに、なくなってはいないんですか?」

「消えている間に、むしろ濃くなっているのだ」

「監督、難しい話は疲れます。シュートを打つ体力がなくなってしまいそうです」

「しっかりするんだ! プロは疲れを言い訳にしてはならない。審判も、観客も、ここには誰一人疲れていない者などいないぞ」

「生きるということは、いつも疲れますね」

「疲れている中でやり切るのがプロだ。だから、疲れている中でも練習を怠けてはならない。疲れた試合の中で力を発揮するためには、練習の中でも同じように疲れていなければならない」

「練習は疲れます。でも怠けたくはないです。自分が下手になることがとても恐ろしいです。触れていないことは、不安で仕方がありません」

「それでいい。学びは日々にあるのだ。愛が日々の中にあるのと同じように、どんな猛特訓でも追いつくことはできない。日々の積み重ね以上に身につくものなどないのだ」

「調子の悪い日には、自分が嫌になることがあります」

「それでいい。駄目な日には、駄目な日なりの練習をすることだ。一日にできることなど知れている。一日を疎かにしてはならない理由もそこにある」

「駄目すぎて、自分の才能を疑いたくなってしまうことさえあります」

「本当に必要な才能は、それを続けられるということだけだ。疑いに打ち勝つだけの継続性だ」

「続けていけば良い結果を生むのでしょうか?」

「継続は裏切らないものだ」

「それが良い行いであれば、そうでしょう。でも、もしも間違っていたらどうなるんです?」

「先の我々のプレーは悪くなかった。戦術に忠実にイメージ通りだった。結果が伴わなかっただけだ」

「継続を正しく美しく捉えるのは危険すぎませんか?」

「そんなことはない。鋭い攻撃は相手に脅威とダメージを与え続ける」

「一途な愛を守り抜くのは美しく見えます」

「違うと言うのか?」

「愛は執着です。それは怠惰に似ています」

「さっきのゴールを防いだのは執拗なセンターバックの活動だ。彼は少しも怠けなかっただろう」

「一面的に見ればそう言えます。でも彼はちゃんと育児をするのでしょうか? 風呂の底を洗っているのでしょうか?」

「そんなことは私は知らない! 今はサッカーの試合中なんだ!」

「ですが僕らは、ゴール裏の風景も、その向こうの風景も想像すべきなんです」

「今はピッチの上だけに集中する時だ!」

「一人の人を思い続けるのは、愛の深さではなく単に面倒くさいのかもしれません。居心地のいい場所から、怖くて動けないだけかもしれません。それなら強くも美しくもない」

「人の心の中まではわからない。疑ってばかりではきりがないぞ」

「新しい道を切り開くよりも、既知のものにしがみつく方がずっと楽です」

「信じることも大切だ。信じ続けることも決して容易ではない」

「今までの経験や財産を利用したいなら、ゼロからやり直すことなんてできません」

「最初はいつだってゼロだ。今だってそうじゃないか。そろそろ得点が生まれてもいい頃だが」

「もしも僕たちのやり方が合っているなら続けていけばいいでしょう」

「合っているとも。信じて続けていこう。足を止めずに行けるところまで行ってみよう」

「どこまでも行けそうな気がします。それがゴールへの道につながっていると信じられる限りは」

「間違いなくつながっているはずだ。道はどこでもつながっているのだから」

「話している内に監督の戦術がだんだんわかりかけてきた気がします」

「私の戦術の基本は互いの特徴をよく理解することから始まる」

「進んでいる内に道になるのかもしれません。寄り添っている内に愛が生まれるように」

「理解が深まれば良い結果が生まれることだろう。あとはシュートの精度をもっと上げねばならない」

「僕はまだゴールの位置をつかみ切れていないんです。だいたいどこにあるかはわかっているつもりですが」

「ポストとクロスバーに囲まれた内。君が知っている通りだ」

「それはおおよその位置です。正確ではない。シュートを決めるには正確に位置を突き止めなければ」

「勿論だ。勝つためには守護神を凌ぐほどに知らねばならない」

「僕はそのためにシュートを打ちます」

「そうだ、シュートだ! 打たないシュートは決して入らない」

「外れても外れても、僕は打ち続けなければならない」

「そうだ。気にするな。誰も君のことを責めたりはしない。向こうの奴らは褒めさえするだろう」

「無数の弾道が僕にゴールの本当の場所を教えてくれる」

「ゴールはすぐそこに見えているぞ」

「そしていつかどうして僕がここに立っているかを教えてくれるはずです」

「私が送り出したからだ。チームの勝利のためにな」

「ここまできたらもう逃げられない。僕はここで勝負しなければ」

「責任は私が持つ。君は私が選んだストライカーだ」

「ただの人間です」

「みんな一緒さ。みんなそれを忘れてしまうだけだ」

「どうしてそんな普通のことを忘れられるんです?」

「大事なことほど忘れやすいものだ」

「大事だとわかっていながらですか?」

「キックの基本は?」

「勿論、インサイドキックです」

「勿論そうだとも。インサイドキックを忘れて何ができると言うのだ?」

「僕はそれをずっと忘れないつもりです」

「そうだ、忘れるな! インサイドキックを忘れない選手であり続けろ」

「そうすれば僕は良いストライカーになれるでしょうか?」

「それだけでは駄目だ。だが、それさえもできなければもっと駄目になっていくだろう」

「どっちにしても駄目なんだ。基本駄目か……」

「そう悪い方にばかり考えるな」

「どうなったら駄目じゃなくなるんです?」

「ゴールだよ」

「ゴール……」

「打ち込むんだ。打ち込み続けるんだ」

「それだけですか」

「君の気持ちがいつか本当に届いた時、頑なだったものが扉を開けるだろう」

「気持ちですか」

「君は君になる」

「えっ」

「ストライカーは、ゴールの中で何度でも生まれるのだ」

「僕はまだ……」

「みんな固唾を呑んで見守っているよ」

「何だか少し恐ろしくなってきました」

「震えることはない。まだ生まれてさえいない」

「僕は誰? ゴールはどこ?」

「君が見つけつつあるものだ」

「生まれる前に見つけつつあるのですか?」

「見失いながら生まれつつあるのだ」

「とても混乱してきました」

「そうだ。それがゴール前というものだ」

「僕が一番好きな場所です」

「そこだ。最も危険な場所へ入って行け!」

「もう行くしかないな。考えすぎは捨てて」

「急げ! もたもたしているとつぶされてしまうぞ!」

「大丈夫です。好きなところでは負けられません」

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しあわせのディテール

2019-09-18 04:29:00 | 【創作note】
ディテールについて考えている時
それは調子がよい時だ
それは夢中になっているということだ

調子のよくない時というのは
もっと漠然としたものを見ている

誰がこれを喜ぶのだろうとか
何のために生きているのだろうとか
答えのないようなことばかり考える

そういう時間は虚しくすぎていくが
夢中の時間は高速で流れていく
その時はほとんどのことを忘れている

「書いている」ことがすべてになって
眠たかったことも痛かったことも
苦しかったことも自分のことも
いつの間にかみんな消えている

それはきっとしあわせな時間だ
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書くということ

2019-09-17 02:05:00 | 【創作note】
日記を書いたからどうだということもない
日記を書かなかったから何だということもない

書くことから解放されるためには
日記を書くことから離れなればならない
そればかりか #note からも離れるべきだ

自分から離れたければ書き続けねばならない
自分を解放するためには書き進めねばならない

何がどうなるというものはなくても
書くということは人のためになる
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昨日の祭り(イメージ)

2019-09-16 10:27:00 | 【創作note】
 庭に野生の狸がやってきて、そこから色んな者たちがやってくる。野菜売りがビジネスマンが隣の猫が。同級生がやってきて遠い親戚がゾロゾロとやってくる。
「せっかくだから一緒に」
「ピザを頼みましょう」
「中華もいいね」
「じゃあピザと中華にしましょう」
 花束が届く。一緒に見えたのは幻の蝶。
「もちもちしてて美味しい」
 恩を着た鶴もやってきて一緒にピザをつついている。

「みんな一緒に出かけましょう」
 鶴も猫も遠い親戚もみんな一緒になって街へ。
 ちょうど夏の祭りの真っ最中。華やかな浴衣を着たブラスバンド。ラクダと商人の遠征。亀と落ち葉のレース。カープのパレード。ヌーの行進。カルガモの横断。万博の予行練習。飛行機雲のお絵かき。カブトムシの社交ダンス。羊の大縄跳び。通り雨。

「おかしな天気」
 道には次々と風景が浮かぶ。浮かんでいる途中にも次のイメージが浮かんでくる。絶えず途切れずとめどなく。浮かんでは浮かび、消える刹那に浮かぶ。とらえようとしてもとらえきることはできない。惜しくも手に入らない無数のイメージが続々と押し寄せて、打ちのめされてしまう。
(昨日ならよかったのに。明日にもきてくれればよかったのに……)

 一度に降ってくるイメージは、明日をきっと空っぽにするだろう。
 メダルをつけた選手たちは雨にも濡れない。身につけたシャンパンが雨粒を弾くから。水たまりの底から浮かび上がるシャボン玉。屋根を越えて種々の花となって広がっていく。
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幻レジスター

2019-09-15 10:32:00 | 短歌/折句/あいうえお作文
アンガスの
お牛にがぶり
かぶりつく
煙の中の
スマホ決済
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遅れてきたフレーズ

2019-09-14 10:30:00 | 【創作note】
書き終えた詩の後に
新しい着想がやってきた
閉めてしまったドアはもう開かない

「そんなんじゃ駄目だぞ」
「今更遅いや」
「やり直しだ!」
「もう完成した」
「そんなんで満足したら駄目だぞ」
「これはこれでいいんだ」
「俺を入れろ!」
「もう遅いって」
「一行でいいから」
「バランスが崩れる」
「それで完成したつもりか?」
「あとから来て偉そうに言うな」
「いいから俺を入れろって!」
「必要ない!」
「じゃあみんなに訊いてくれ」
「何をだ?」
「読者にちゃんと訊いてくれ」
「そんな者はいない!」
「いないわけないだろ」
「いないものはいない!」
「だったら俺が呼んでやる!」
「次回にしてくれ」
「駄目だ。今回だ」
「もう締め切った」
「いったい何の締め切りだ?」
「オリンピックだよ」
「何? 何の話だ?」
「君は?」
「俺は後から来た男」
「やっぱりそうか」
「俺を入れてくれ!」
「もう遅い」
「切り札は最後に使うものだ」
「そんなに自信があるのか?」
「自信だけがある」
「君かもしれない」
「ようやくわかったか」
「遅かったけどな」
「遅くはない」
「君が?」
「俺はオーバーエイジ」
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ワン・ナイト・ゴール

2019-09-13 03:55:16 | ワンゴール

「明日の一面を飾りたくはないのか?」

「僕は新聞は見ないようにしています」

「不都合なことが書かれているからか?」

「僕が見るのは日曜の夜にあるテレビです」

「やべっちか? それなら私も見ている」

「そうです。僕もやべっちを見ています。そのために起きているし、部屋にテレビを置いているのです」

「活躍して出たいとは思わないのか? 自分のゴールシーンが映ったら最高じゃないか」

「勿論、自分が出ることを望んでいます。選手なら、みんなそうじゃないでしょうか」

「だったら、ゴールを決めることだ」

「疑問なのは、扱われるのがゴールシーンばかりだということです」

「当然だろう」

「どうして、何もないシーンは扱われないのです? 頭の中で考えているというシーンがどうしてないんです?」

「退屈じゃないか。そんな場面は」

「退屈? 頭の中は退屈なんですか? ゴールさえ入れば、退屈じゃなくなるんですか?」

「そうは言ってない。しかし、サッカーはゴールを決めるゲームだ。そこにスポットを当てるのは当然だと言っているんだ」

「ゴール、ゴール、ゴール……。みんなゴールが好きです。十秒あったら、ゴールを決めることは簡単です」

「そうだろう。今すぐ決めてほしいもんだな」

「でも、奇跡的にゴールの生まれない時間があります。ポスト、クロスバー、神。様々なものが奇跡の手助けをします。そんな時間が何分も何十分も続くんです」

「今がその時間だと言うのか?」

「そうとも言えます。結果的に、ゴールは生まれず、試合が終わることもあります。でも、僕たちは何もしなかったわけじゃないんです」

「残念な試合だ。私の立場としては、壮絶な打ち合いの末に負けてしまうよりその方がいい。勝ち点が入るからな。数字上のゼロはゴールが生まれないことでなく、負けてしまうことなのだ」

「それは選手と監督の立場の違いでしょう。ストライカーと監督の……」

「そうだ。私は勝ち点を積み上げること。君は得点を積み上げてくれ!」

「勿論、僕もそれをいつだって望んでいます。そうしてやべっちの中で使われることも」

「みんな爽快感のあるシーンを見たいんだよ。それが生きる支えになるという場合もあることなんだ」

「勿論、僕もそれは理解しています」

「明日のやべっちも勿論見るんだろう?」

「勿論。そうしないと一週間が終わりませんから」

「それははじまりとも呼べるわけだが」

「でも、時折やべっちが消えてしまう夜があるんです」

「十二月以外にかね?」

「政治的な行事や、他のスポーツにその座を奪われることがあるんです」

「選挙やゴルフのことを言っているのか?」

「まるで呪われたような夜です」

「君は選挙に行かないのかね? 我々はまず社会人として……」

「期待を裏切られたような夜です」

「大人にならないと。もう十分に大人じゃないか」

「いけないことだと思いつつ、選挙やゴルフのことを恨めしく思ってしまうんです。投票箱の中にやべっちが呑み込まれたような気がして、投票箱のことが嫌いになりそうなんです」

「やべっちだって選挙に行くさ」

「いつもあると思っているから。あって当たり前だと思ってしまうから、突然の空白に自分を上手くコントロールできないんです。それで投票箱にまで当たってしまう」

「つまらないことだ。人に当たるよりはまだましだがね」

「でも、それが世界の終わりだったらどうなるでしょう?」

「何だって? 君は得点王争いに立候補するつもりはあるのかね?」

「僕は最初から数字を口にするのは嫌です」

「目標を定めないのかね」

「山と盛られた料理は見るだけでお腹がいっぱいになります。もう食べた気になってしまいます」

「贅沢な話だな」

「小さなお椀に入った蕎麦なら一杯一杯、食べていける。そのようにしてすべて積み重ねたいのです」

「子供に宿題を出すやり口だな」

「ボールを蹴っている間、僕らはみんな子供です」

「元々は子供だったということだ。誰もがな」

「気が遠くなる風景を思い描きたくはない。一つ一つ魔物を倒している内についにはラスボスまで倒せていた。そういう風になれたらいいと思います」

「ゲーム感覚だな」

「夢の中で恐ろしい敵と格闘して朝になると町は白い雪の中にあった。そういう景色を描きたいのです」

「恐ろしい夢をよく見るのか?」

「毎日のように見るでしょうね。ほとんど覚えてはいないけれど」

「私が最近見た最も恐ろしい夢は、リーグ最下位に沈む夢だ」

「随分具体的ですね。現実への強い影響が見られます」

「夢はいつでも現実の延長だからな」

「不安、恐れ、願望、そうしたものがまとめて、ごちゃ混ぜになって現れるのが夢なのかもしれませんね」

「ちゃんこ、あるいは闇鍋だ」

「夢の中では、誰が誰だかわからない。ずっと母だと思っていたら突然売店のおばさんに、監督だったはずが大統領に、更には宇宙人になってしまう。その場その場でつき合っていくしかないんですね」

「まあ一夜限りの夢なんだからな」

「それでも何一つ疎かにできない。夢の中でも必死に生きている」

「夢が夢であるという自覚を持てないせいだろう」

「どんな悪夢であってもハッピーエンドなのかもしれません。最後に帰れる場所がある」

「朝だね」

「僕が言いたいのは……」

「ああ」

「やべっちを遮るものが選挙やゴルフなどではなく、もっと大きな、例えば世界の終わりだったら」

「世界は簡単に終わったりしないよ。目の前にあるゲーム一つだって、簡単には終わりはしない」

「果たして世界の終わりを恨んだりするのだろうか……」

「終わりのことばかり考えても始まらないと思うね」

「僕はその時、やべっちのことなんて忘れてしまうと思うんです」

「それどころではないからな」

「そうです。世界の終わりとなると、みんなそれどころではなくなってしまうんです」

「それで君は恨みを捨てることができたのかね?」

「ピッチの中は戦場です。でも僕たちは銃やミサイルなんて使わない」

「そんな野蛮なものは必要ない」

「はい。ボール一つあれば十分です」

「そう。ここはボール一つを巡る戦場なのだ」

「僕がちゃんとゴールを決めるためには、まず世界が安定して存在していなければならないんです」

「勿論そうだろう。幸いなことに、我々のディフェンスラインは今のところ安定して機能しているようだな」

「そのようです。そして、投票箱やグリーンを見渡せるような世界でなければ、それらを維持することもできないんです」

「我々も、世界の一部だからな」

「そして夢の一部です」

「いいや。すべて現実だよ」

「敵だと思えば味方、味方と思えば敵、それぞれが狭い空間で入り乱れ、審判かと思えば石ころ、ゴールだと浮かれれば旗が上がり、何もなかったことになる。どこからともなく駆けてくる犬。実に夢らしい」

「では君は誰なのだ?」

「僕はピッチに立つ戦士。あなたはベンチの前の軍師です」

「君を使い続けている自分が信じられないよ。まるでゴールの匂いがしてこない」

「大丈夫。ほんの一眠りの間に、僕らは多くの夢を見ることができる。記憶は夢を引き伸ばすことができるんです。だから、一つのトラップの中に無限の物語だって詰め込める」

「だから心配なんだよ」

「そろそろ約束のクロスが入ってくる頃です。頭一つで僕は合わせることもできるんです」

「本当だろうか。大丈夫だろうか……」

「自分を信じなきゃ」

「いつまで君の覚醒を待ち続けることができるだろうか」

「大丈夫。夢を見ていれば、いいんですよ」

 

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寝返りの旅

2019-09-13 03:26:27 | 夢追い
 寝返りを打ちながら君から離れた。眠ることはすべてにおいて必要な動作だった。寝返りを打つこともそれに劣らず必要な仕草だった。眠るのは主に夢の中で記憶を整理して、日々をフレッシュに保つためだった。けれども、その多くはハッピーな色彩からは遠く、ほとんどは悲鳴を上げたくなるような悪夢だった。眠りながら生き延びるためには、寝返りを打ち続ける他はなかった。隣で眠る君が、どんな夢を見ていたかは知らない。僕は寝返り寝返り、君から遠ざかっていったのだ。
 遠ざかりながら、僕は何かを待っている。雨がずっと同じ台詞を繰り返している。破れた台本の切れ端を、猫がくわえて逃げていく。追いかけるほどに、それは大事なことのように思え始める。

 ラップをかけて待つ。あなたは戻らない。ラップの中で熱は保たれている。どこにもない、私がこの手で作り上げたラップだから。夜は更ける。冷めることないラップの中で、時間ばかりが過ぎて行く。あなたはまだ戻らない。深夜になっても、ラップは終わらない。とうとう猫も踊り出す。踊りながら、出て行こうか。出て行ったスペースは、誰かの待ち望む場所にもなるのだろう。
 
 寝返りを打てば離れるだけでなく、離れた分だけ戻ることもあった。同じように寝返りを打つ君に近づき、ついにはぶつかることもあった。衝撃の強さによって小惑星が生まれ、それが新しい夢を引っ張っていく。その時、二人は必ず逆の方向へと進んでいく。触れ合った時でさえ、言葉を交わすことは一切ない。既に心は、新たな発見とより魅力的な対象へと向かっていたのだから。寝返りを打ち合いながら、互いの夢は引き裂かれていったのかもしれない。
 
 引き裂かれた夢の切れ端を追っていると、いつの間にかそれは星と入れ替わっている。星を追うので吊り橋がゆれた。危ないじゃないか! 彼女は足を止めなかった。もっと足元を見なきゃ。水面がゆれる。彼女は遠くを見ていた。私、恋をしたのよ。何も怖くないのよ。それは錯覚だよ。非日常が作り出した。目を覚まして。恋の相手は、あなたじゃないのよ。もうすっかり落ちたのよ。

 錯覚と教えられるほど、何かを強く信じたくなった。そして、信じられるのははっきりと目に見えるもので、どこかへ向かわせるものであった。
 三羽烏を数えて深い森の奥へと入って行った。数え終えたところでどこからともなく新しい烏が舞い降りた。今までお目にかかったことはなかったが、三羽目の烏と比べ勝るとも劣らない。迷いに迷い、その分捨て難くなっていく。私は一番最初に選んだ烏を手離した。やっぱり君に自由をあげるよ。
 
 寝返りの中で、君がどんな夢に運ばれていたかはわからない。僕の夢の登場人物としての君は次第にフェイドアウトしていったように思えるし、それに応じて悪夢としての色合いは少しずつ薄まっていったように感じられる。君の存在自体が、悪夢の脚色に大きく関わっていたとも考えられる。夢の断片に運ばれながら、君から離れていくことこそが僕には必要な運動であったのかもしれない。君の面影が入らないほど、僕は遠くまでくることができた。それは日々の旅が作り出した大きな距離だった。
 目の前に広がる距離がどれほどのものなのか、それは理屈でわかっていても、感覚の中ではいつも揺らいでいる。ゆらぎが過信に変わった時には、もう体は先に動いている。

 思い切り助走をつけて、思い切って踏み切った。体は宙に浮き、完全な孤独と連帯を同時に手にしたことを知った。どこにも着地点がないことを、遅れて理解した時、浅はかだった跳躍に後悔を覚えたものの、それは最後の選択だったと思い出した。もう、飛び続ける他はない。誰かが拾ってくれる瞬間まで。
「すべて遊びのようなものでした」
「夢の旅路で多くを学んだのね」
 夢の扉の前に猫が立っていた。戻りなさい。
「ここは夢の終点です」
 寝返りの途中に現れる猫の言うことをまともに聞くこともない。多くの闇を転々とした間に、少しは夢の渡り方を学んできた。

「君は幻か何かじゃないの?」
 扉はまだ、他の場所にもあるに違いない。僕は両腕を大きく広げて、胸いっぱいに夜を吸い込んだ。
 どこまでも転がってやるぞ。
 
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イルカはごめん

2019-09-13 03:02:00 | リトル・メルヘン
 僕らは翼を持った新しい豚だ。狸が扮装し木の葉を使い人の間で商売する間に、僕らは知恵を蓄えた。犬や猫が人の温もりに恋して家具の間を行き来する間に、僕らは夢と想像を膨らませた。檻に捕らわれ縄に捕らわれた時代を抜け出して、僕らは上を向き羽ばたく豚へと変化した。人間からかけ離れたものでもない。人間に近づきすぎたものでもない。気がついた時には、僕らは他の動物とはどこか一風変わった奇妙な存在になっていたのかもしれない。僕らは横から現れるような牛じゃない。枠から走り出すような馬じゃない。テクノロジーと大和魂を併せ持った豚。僕らは翼を持った新しい豚だ。

「妖しい奴が紛れ込んでいる」
 教官が一同の前に立ち冷静な目で言った。
 妖しい奴……。それはいったいどういう奴だ。
「飛べない豚はいるか?」
 確かめるまでもない。それは僕らにとっては初歩的な問題だった。新しい豚を正面から否定することだから。
「順に訊くぞ!」
 いるはずがない。今さら青い海になど戻れるか。
「いません!」
「違います!」
「愚問です!」
「当然です!」
「論外です!」
 表現は違っても答えはみんな同じだ。
「勿論です!」

「ほほー、そうか。じゃあ、君やってみて」
 教官は足を止めて言った。どうして……。からかっているのか。僕を疑っているのか。冗談じゃない。みんなの視線が僕に集中している。逃げ場はなかった。もう、やるしかない。久しぶりのテスト飛行だった。問題はない。これは初歩的なスキルなのだ。けれども、急に不安が押し寄せてきた。(もしミスをしたら……)その瞬間、この場にいられなくなってしまうのではないか。

「どうした?」
 僕の中の不安を読み取ったように教官が言った。
「いいえ。何でもありません」
 普通にやればできる。簡単すぎることなんだ。僕は上を向いて走り出した。その時、後ろからイルカの笑い声が聞こえるような気がした。
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ドクター猫

2019-09-13 02:23:22 | 忘れものがかり
「30分押しとなっております」
 
ファイルを手にして待合所に行くと
100人程の患者が既に待っている
 
これはとてもじゃないぞ
 
複数の科が混在しているにしても
人が多すぎる
 
窮屈な長椅子が
果てしなく伸びて見える
いつまでも名前を呼ばれないまま
時間は過ぎていく
 
小さな子の泣き声
1時間経っても人の多さは相変わらず
みんな昼ご飯食べないの?
 
耐え切れなくなって
僕はpomeraを開いた
 
ボランチとサイドハーフが
議論を交わしている
ドーナツの穴の向こうに
もう一つの居場所はあった
 
つながるパス
優れた戦術
心強いチャント
見えないゴール
ファールを告げる笛
13時
 
アナウンスの声が
がたつくpomeraを閉じさせる
 
「……さん。3、5、2好きな番号にお入りください」
 
僕はドーナツの絵を引きずりながら
2番の診察室の扉を開けた
 
「お待たせしたにゃー!」
 
しまった!
 
ここは猫の先生だ
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pomera&ミュージック

2019-09-12 11:12:00 | 【創作note】
もしもpomeraの窓が
ネット世界につながっていたら
美味しい写真に惹かれてしまう
1秒毎に君のメッセージを受け取ってしまう

小さなpomeraはどこにでもつれていける
狭苦しいカフェの
小さなテーブルにだってフィットして
駆け出していくことができる

もしもpomeraの窓が
ネット社会に開いていたら
休みなく流れ続ける
タイムラインをただ追ってしまう
絶え間なく続く受信と更新
新しい情報と無数のフェイクの中に
酔ってしまうから

脇目も振らずに打ち込めない
フードコートの喧騒に埋もれ
世間との接触を断って
純粋にかけていくpomeraにはなれない

ただ目の前に浮かぶ言葉だけを
無心に拾い
拙い語彙にもめげず
ひたすらテキストであろうとする
pomeraだから
余計なものに惑わされることなく
自分の心の内を深く掘り下げることができる

「無茶苦茶速いですね。プログラミングですか?」
pomeraにプログラミングはない
pomeraにウイルス感染はない
pomeraにネットサーフィンはない
速いと言えば速い
もっと速いものから見れば僕は遅いだろう

「ノールックタイピングですか」
見ちゃいられない
文字盤から文字は消えつつある
目よりも頭よりも
行き先は指に任せればいい

「かちゃかちゃうるさいですね」
そう 調子に乗って打てば
がちゃがちゃとうるさい
だから喧騒を友にイヤホンを耳に
ロック・ミュージックを流しながら
僕はpomeraを演奏する
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懐かしさは非日常か

2019-09-11 21:20:00 | 【創作note】
扇風機の風が懐かしかった

懐かしさは非日常か

不意に感じた懐かしさは非日常だ
毎日懐かしんでばかりいれば
それは日常ではないだろうか

扇風機の風はいつでもあったが
それはいつもあるものではなく
今日は突然に懐かしい風だった

懐かしい音がしていた
昭和の家の中に来たようだった

ラジオから流れ始めた
ジャニス・ジョップリンを
古びた扇風機の音が干渉していた
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みつけた

2019-09-11 05:32:00 | 【創作note】
書くことがみつかった時には
しあわせな気分になれる
僕がその時みつけたのは
話し相手みたいなもの

書くことをみつけた僕は
読者をみつけたということだ

僕はいま話しかけているんだ

君だよ
そう 
君なんだよ
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トーキング・ドリブラー

2019-09-11 03:38:02 | ワンゴール

「君はどうしてピッチの上に立ち続けているのかね?」

「監督、その質問は簡単すぎます。一つのゴールを上げるためですよ」

「それだけかね?」

「それだけは忘れてはならない、基本の仕事になります」

「わかってはいるようだな。少し安心したよ」

「わかっていることと実践することは別です。わかってさえいればいつかは可能になるものですが」

「いつになるのかな? 早く結果を見せてくれないかな」

「そう急ぐことはありません。ゴールというのは、三十秒もあれば容易く奪えるものです。あと何分残っているんですか?」

「では、そろそろ決まるはずだな」

「理屈通りに進まないのがサッカーです。大切なのは、むしろ気持ちの方です」

「君はそれを持っているのかね?」

「勿論です。そうでなければ、このピッチに立つことはできなかったでしょう。いかなる監督も、送り出すことはないでしょう」

「ゴールに対する執着はあるんだね?」

「誰よりも強く、僕はそれを持っています」

「では、その目的は何かね?」

「それは一つの祝福のため、一杯の美酒のためです」

「酒を飲むためか?」

「どんなに憎しみや失望を重ねた後でも、たった一つの微笑みで許してしまうことがあるんです」

「何をそんなに憎むことがあるのかね? 相手のゴールキーパーかね?」

「監督、僕は恋の話をしたつもりですよ。どうしてわかってもらえないんですか?」

「どうしてわからなければならないのかね? 君は試合に集中できていないじゃないのか?」

「僕はマシンのように集中することはできません。そういうタイプのストライカーじゃないんです。もっと創造的なタイプだと思っています」

「それでゴールにつながると言うなら、私も文句は言わないよ」

「それで。許すどころか、愛してしまうことさえあるのです」

「まあ、あってもいいさ。君の個性を全否定するつもりはない」

「とても割に合わないはずなのに。ネガティブなすべてと一つの微笑みとでは、バランスが取れないんですよ」

「フォーメーションの崩れた戦術のようなものかもしれないな」

「だから、監督。一つの試合の中で、決められるゴールはそう多くあるわけがないということです」

「どれだけ取ってくれても、私は構わないよ。そのためにも、まずは一点が必要なんだが」

「でも、みんなその数少ない瞬間のために、色んなものを犠牲にできるんです。それが、いつもすごいなと思うんです」

「みんなの期待に答えるのが、君の役目だぞ」

「一生の内で、数えられるくらいの誕生日やクリスマスを楽しみにして、それ以外の延々と繰り返される日常に耐え続けることができるのは、なぜでしょうか?」

「そんなことを考えながら、君はいつもゴールに向かっているのかね? 確かに君は興味深い選手だ」

「数少ないものの内に期待だけを膨らますことは可能だと思うのです」

「私は今、君のゴールに期待している。そして、期待する自分をまだ信じてもいるわけだ」

「だから僕は早くゴールを決めたいと思っているし、一つでなくても、それがたくさんあってもいいと思います」

「まずは一つのゴールが見たい。試合の中で、それは最も重い意味を持つ」

「開始早々、それは生まれることもあるし、ラストワンプレーでようやく生まれるという場合もあります」

「そして、なかなか生まれないという場合も、多々ある。今ここで行われているゲームのように」

「僕たちには喜ぶための準備ができています。それは滅多にないことのような大騒ぎをして、喜ぶでしょう」

「それは選手だけの喜びではない。みんなの喜びでもあるのだろう」

「そうです。僕たちは、喜びを大きく表現することによって、喜びそのものを大きくしているんです」

「いつその喜びが見られるのかね。私も早く喜びたいんだ」

「一つのゴールはとても大きなものです」

「そのゴールを早く見せてくれよ」

「今まであきらめていたものが蘇ったり、少しも振り向いてくれなかったものが、突然に振り向いて駆け寄ってきたりもします」

「そのゴールを早く見せろってんだよ」

「急ぎすぎてはいけません」

「ゆっくりしすぎても同じことさ」

「でも、それはとてもずるいと思うんです」

「何がずるいと言うんだ? 手でも使ったら、それは反則だが」

「急に寝返るみたいなのはずるいですよ」

「また愛の話か」

「信じ続けていられなかったのが手の平を返すみたいなのがずるい」

「夢があるとも言えないかね。それだってファンタジーだよ」

「ファンタジー?」

「色々な解釈は成り立つという意味だよ」

「ボールに魔法をかければ、しつこいディフェンスを手玉に取ることもできるでしょうね」

「攻撃には創造性が必要だ。遊び心と言ってもいい」

「僕はボールをさらします。敵はそこにボールがあると思って足を伸ばしてきます。誘導の魔法です。僕は足が届くよりも前に、ボールを逃がします。敵の足が伸びたそこにはもう空き地があるだけです」

「そして後はシュートを打つんだな」

「僕はボールを保持しながら自由に空き地を駆けて行きます。敵はどうにかするため体ごとぶつかってきます。一瞬早く、僕は身をかわし、敵の今いた場所に移動しています。入れ替わりの魔法です。敵がぶつかったのはドリブラーの残像です」

「あとはシュートを打つだけだな」

「僕は次の空き地を求めて、ドリブルを続けるというわけです」

「シュート、シュート! 打たないとゴールは生まれないぞ!」

「ゴールの後には勝利、勝利の後には美酒が待っています」

「そうだ。そのために、我々は勝たねばならない」

「でも僕は素直に喜ぶことができない。どうしてもそこにいないもののことが目についてしまうんです」

「みんながいるというわけにはいかないだろう」

「どうして君がいないのだろう? どうしてあれは僕のゴールにならなかったのだろう?」

「君は無い物ねだりが過ぎるんじゃないのか?」

「あるものに感謝すべきだと言うんですか?」

「不在ばかりを見るのは現実的な態度とは言えない。存在を肯定的に見る方がより前向きだろう。我々は、現戦力だけで瞬間瞬間を戦っていかなければならないのだ」

「それはそうですが。僕はそのように割り切ることができません」

「それでも試合は続いていく。考えているだけでは、一つのゴールさえ生まれないだろう。時間はないのだよ。瞬間瞬間が、こうしている間に過去へ過去へと変換されていくのだ」

「僕はその酒を、素直に美味しいと言って飲むことができない」

「ひねくれながら飲みたまえ。素直な酒が良い酒というのでもない。それにまだ勝つことも決まっていないぞ。君がちゃんと仕事をしてくれないと」

「話せば長くなります」

「話すよりも、そろそろ本来の仕事にも集中してくれないかね」

「話すことは色々とあるんです」

「わかるよ。まだ言い足りなそうな顔だ」

「みんな質問することが得意です。好きなんでしょうね。どうして、どうして、どうして……。君は、どうして……」

「問うことは話のきっかけでもあるからな」

「けれども、本気で答え始めた時には、みんな僕の前からいなくなっているんです。問うだけ問うて、本当はそんなに僕のことに興味はなかったんです。その時、僕がどれだけ本気で答えようとしていたか……。それから、僕は質問者をまるで信じられなくなった」

「だったら君はちゃんと聞いてやるんだな。君はその大切さを理解できるだろう」

「僕に何を求めているんですか?」

「ワン・ツーだよ。君はその時、出し手になる。だが、出すだけじゃない。出した瞬間に走り出す。受け手はすぐに囲まれて窮地に陥っている。その時、君はフリーでいることが大事だ。味方はすぐに君の存在に気づく。君に向けて折り返しパスを出す。君は出し手から、すぐに受け手へと変身する。それは新しい君の武器になる」

「ワン・ツーですね」

「そうだ。その後にするべきことはわかるか?」

「僕はドリブルを続けます」

「そうだ。そしてシュートを打て! さあ、右サイドのトミーからロングパスが入って来るぞ!」

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B15

2019-09-11 03:16:40 | リトル・メルヘン
 上り詰めることを夢に見たはずだったが、重力に逆らって駆け上がる元気は既に失われていた。もう、疲れたのだ。かつては強く軽蔑していた言葉に、今は共感さえ抱くようになった。私は地下へと続く階段を下りた。駆け下りるとなると足は軽やかに弾んだ。いつからか、楽なことばかり選ぶようになっていた。地下4階まで下りていくと、誰かが猫のような勢いで階段を駆け上がってきた。
 
 ランドセルを背負った少年が駆け上がってくる。2段飛ばし3段飛ばし、自分の限界を探る冒険に足を伸ばしながら、駆け上がってくる。「危ないよ!」私の目からはサーカスのように映る。「危なくないよ!」すぐさま言い返した。すれ違いながら、少年は私の背丈を越えてしまう。早いな……。私の忠告は過去の残骸として階段に転がっている。振り返って少年の後ろ姿を見上げた。その時、ランドセルは大きな翼のようにみえた。
 
 アンコールを待っているの、と女は言った。上から3段目の中央へ腰を下ろして、女はただ1人演奏が再開される時を信じて待っていた。「みんなとっくに帰ってしまったけど、私はまだ待っているの」女は私の知らないアーティストの名を口にした。小さい頃からのファンだと言う。虫の音1つ聞こえてこなかった。「夏が終わるまでね」冗談めいた言葉が階段の上に響いた。私は笑いながら地下7階を通り過ぎた。もう10月だった。
 
 それから誰にも会わなかった。下りるところまで下りてしまった。そう思うと突然足が震えるのがわかった。地下15階まで下りた時、視界は行き詰まった。その先には扉があったが、扉の前には埃を被った机や骨の折れた椅子、破れたソファーや毛むくじゃらの縫いぐるみが積み上げられ、バリケードになっていた。大切な宝物か、あるいは不都合な真実が隠されているのかもしれない。その時、右腕を伸ばした熊の1つがウインクをしたので、私は扉から目を背けた。階段を見上げるとドラムの音がこぼれてくるようだった。
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