眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

鏡の老婆

2024-08-07 16:00:00 | リトル・メルヘン
 昔々、鏡の前におばあさんがいました。おばあさんが鏡をのぞくと鏡の向こうには老婆がいました。おばあさんがじっと見つめていると、突然老婆は口を開きました。

「風邪か?」

「風邪じゃない」

 おばあさんはすぐに返します。

「病院行ったかね」

「病院は人が多い」

「行った方がええでね」

「行くことはない」

「行きなさいな」

「風邪くらいで行くことはない」

「歯はどうかね」

「どうもない」

 あまりしつこいとおばあさんは鏡の前を離れることにしていました。老婆は鏡から抜け出してまで追いかけてくることはできません。あまりしつこいのは好きではありませんでした。けれども、おばあさんは一日に一度は、気が向いた時には何度でも鏡の前に戻らなければなりません。なぜなら、他に特別に向かうべき所はどこにもなかったからでした。鏡の前に座ると鏡の向こうのおしゃべりな老婆はあれやこれやとたずねるけれど、そのほとんどはまるでどうでもいいようなことでした。

「あんた老けたかね」

「誰でも老ける」

「あんたは老けんと思うたが」

「誰でも老けるわ」

「そうかね」

「そうよ」

「幾つになったの」

「知らん」

「忘れたかね」

「忘れてない」

「教えんさい」

「どうでもええわ」

「ご飯食べたかね」

「食べた」

「食パンかね」

「食パンじゃない」

「火消したかね」

「消した」

「ヨーグルト食べたかね」

「食べてない」

「食べなさい」

「意味がない」

「歯医者行ったかね」

「行ってない」

「病院はね」

「人が多い」

「虫歯があったろうね」

「自然と治った」

「そうかね」

 そう言うと老婆は少し納得のいかない顔をして黙り込みました。おばあさんは、次の質問に備えて鏡の前に腰を落ち着けていました。しばらくして老婆はようやく口を開きました。

「じゃあ私はそろそろ行くわね」

 まさか向こうの方から別れを切り出されるとは! それは今までに経験したことのない出来事でしたし、おばあさんはすっかり裏切られたような気持ちでした。背を向ける仕草もなく、鏡の向こうの老婆はすーっと消えてしまいました。そして入れ替わるように魔女が現れました。魔女は静かに微笑を浮かべながら何でも望みが叶うに違いない杖を持ってじっとおばあさんの方を見つめていました。おばあさんは突然去った相棒のこと、唐突に現れた魔女の妖しさに多少は混乱しながらも、何だか恐ろしくなって気がつくと自分から口を開いていました。

「鏡よ鏡よ鏡の魔女さん、どうか私にとびきりの若さをくださいな」

 魔女が杖を一振りすると魔女の顔が割れて中から2匹の蛇が出てきました。蛇が杖をくわえるとぱちぱちと音がして硝子の中の景色は歪み、絵の具箱をひっくり返したように混沌とした空は蛇を一瞬にして鬼の姿にみせかけたけれど、すぐに鬼は消えて涙ぐんだ風船が虹と竜を夕映えの橋に引き寄せた後に渦巻いて溶けていくチョコレートが、ゆっくりと新しいゲートを形作っていくようでした。魂を奪われたおばあさんは、吸い込まれるように鏡の中に飛び込みました。

 気がつくとおばあさんは若い蝉になっていました。新しく任されたソロ・パートを急いで練習しなければなりません。(それは新しい蝉の役目でした)それにしても歌がこんなにも複雑なものだとは! なってみなければまるでわからないこともあります。

ナーン ナーン ナーン♪
そろそろみんなの夏休み♪
うれしいな うれしいか うれしいね♪
うれしかね うれしっかね うれしいね♪
海へ山へ わくわくわくわくわくわく♪
森へ野原へ わくわくわくわくわくわく♪
だけど わたしは おうちで作文を書くの♪
くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪

ナーン ナーン ナーン♪
そろそろみんなの夏休み♪
めでたいな めでたいか めでたいね♪
めでたかね めでたっかね めでたいね♪
祭りに花火に わくわくわくわくわくわく♪
虫取りに怪談に わくわくわくわくわくわく♪
だけど わたしは おうちで作文を書くの♪
くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪

ナーン ナーン ナーン♪

くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪
くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪
くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪

ナーン ナーン ナーン♪

くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪
くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪
くる日もくる日もくる日もくる日もくる日も♪







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わんちゃんパトロール

2024-08-06 22:31:00 | この後も名人戦
「あーっ、これはかわいいわんちゃんが乱入してきました。大変ですよ! 先生、これは立会人が何とかしなければ」

「まあ、落ち着いてください」

「しかし、落ち着いている場合でしょうか」

「大丈夫です。よく見てください。縫いぐるみのわんちゃんです。立会人の縫いぐるみですから」

「しかし、動いてますよ。あんなにリアルに。まるで生きているようにしか見えませんが」

「勿論、普通の縫いぐるみではなくてですね、あの中には最新のAIが組み込まれていて、それによって動いています」

「いったいどうなっているのでしょうか。何が何やら」

「解説しますと、あのAIわんちゃんは、現行のルールに沿って定期的に対局者の周辺を巡回して、ルールがちゃんと守られているかどうかをチェックしているわけです」

「そうだったのですね。かわいいと言っていいのか、厳しいと言うべきか、現代将棋は一筋縄ではいきませんね」

「普通に人がやると物々しくもなってしまいますから、あのような形に落ち着いているわけです」

「あれ、今はおすわりしてますね」

「実際のわんちゃんと同じように、色んな姿勢をとれるわけです」

「かわいいですね」

「観る将の方にしても和みますからね」

「和んでいただいてますでしょうか。この後も、名人戦生中継をお楽しみください」








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ラフにコーヒーを

2024-08-02 00:12:00 | コーヒー・タイム
「ごゆっくりどうぞ」

 そんなことが可能だろうか。
 人生は思うより短い気がする。気を抜いたら一瞬で過ぎ去っていくのではないか。1年毎に生きたりしたらすぐにまとめて失われる。1日を大事にすればどうか。1秒を惜しんで生きたとしたら、結果的に長くなって、ゆっくりできるのかもしれない。
 コーヒーを飲んで長居するにはどうすればよいか?
 カップのサイズは、命の大きさだ。あびるように飲んでしまっては、すぐに尽きてしまう。そうではなく舐めるように飲む。ちょびちょびと大事にしていけば、1杯のコーヒーを長く持たせることもできるのではないか。

「そんな飲み方じゃ美味しくない!」
(さっと来てさっと飲んで帰る)
 勿論、そういう選択/飲み方/生き方だってあるだろう。
 それはそれでいいではないか。







 漬け物もいい。
 いいと思うことは口に出して言っておくのがよい。人は愚かだから、そうしないと距離が開いて、何がよいのか忘れてしまう。
(あなたも忘れない内に言っておいた方がいい)
 せっかくいいものを「みつけた」のに、忘れるのはもったいない。漠然と惹かれるものにも、ちゃんと理由があることが多い。いいと思うことを、言葉にして並べてみることで、新しい発見もあるかもしれない。

 漬け物は酸味があっていい。

 漬け物は手軽に食べられるのがいい。

 漬け物はごはんが進む。旨みが凝縮されているので、少量でもごはんをもりもり食べ進むことができるのだ。

 漬け物があれば茶漬けが食べたくなる。漬け物を起点にし新しい登場人物が現れ、世界がつながるということだ。その逆のパターンもある。まず茶漬けがあって、茶漬けがあることで漬け物がほしくなるのだ。相互にそうした強い絆があることは、素晴らしい。

 漬け物は自分で作ってもいい。それには難しい作業や、特別な力は必要ない。主にすることは寝かせることくらいだ。

 漬け物は人に勧めてもいい。手軽だからこそ、交流のきっかけとしても、警戒されにくい。パソコンや車だったらどうなることか。「そんな金ないよ!」と相手をいきなり不機嫌にしてしまうのではないだろうか。

 漬け物は手強い。簡単に駄目にならない。
 忙しい現代人にとって、それはとてもいいことだ。例えば、缶コーヒーのようなものだと、一度開封してしまったらすぐに飲み切らねばならない。なんと忙しないことだろうか。漬け物の周りでは、時がゆっくりと流れるように思える。


 漬け物がいいということは、十分にわかった。
(ドライフルーツもいいのでは?)
 いいものに気づくのがいいのは、他のいいものに気づくチャンスが広がるところにもあるようだ。1つ気づいて、それで終わりではないのだ。

「これは……」

 いつもとは違うコーヒーの美味しさに気づいて、僕はふるえていた。混ぜ損ねたコーヒーが、口をつける度に絶妙の味わいに変わっていく。こんなことが……。徹底して混ぜたところでちょうどいい甘さには落ち着かないというのに、適当に手を抜いたところに求めるものが?
 こういう風にして何かは生まれてくるのかもしれない。






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