思うことを。
愚痴として捉えられるもしれないなとは思いながら。今の自分が何者なのか。何を目指すのか。そんなことを考えながらやっている。自分自身と向き合う時間さえ与えられない感覚。全てをやるというのは難しい。わかってはいる。でも、何ができるのかだけは考えたい。こうやって文字として投げかける。共感を必要としているわけではない。ただただ現実について考えている。
あっという間に時間だけがすぎていく。気がつけばもうインターハイに向けて出発している。今は飛行機の中。メモ帳を使ってblogを書いている。ここまでの準備がどうだったか。やれることは全てできたか。正直分からない。そんな曖昧な形で高校生にとって一番大きな大会を迎えるというのがどうなのか。正解はわからない。目の前の選手に対してやれることはやる。そこだけは変わらない。様々な形で関わっている選手。特別何かを与えるわけでもない。距離感は近いのか遠いのか分からない。こうやってblogを書くことが選手にとってプラスなのかマイナスなのか。そこも含めて考えていけたらとは思っている。
指導者として。教員として。そこをら強く求められる。その時に「個」としての自分はどのような位置付けになるのか。私自身の感覚で何かをすることはゆるされないのかもしれない。綺麗事ではなく。比較的思うことは言葉にしてきている。もちろんかなり我慢をしているのは確か。それでも言葉として伝えることは必要。怪我をして練習ができない選手に対しても声かけはする。それが響くかどうかも分からない。それでも「大切なこと」「やるべきこと」を話すことは大切だと思う。昔ながらの指導だとは思わない。他者から尊敬されるとか敬われるとかは求めていない。
ただ時間だけがすぎていくという現実は面白くない。いつか迎える「無」になる瞬間。そこに向けて私自身は何をするべきなのか。「やるのが当たり前」とされること。それは「正しい」のか。「陸上競技のために」「生徒のために」「選手のために」という大義名物。そこに対して盲目的に受け入れるというのは違う気がしできている。私自身が「やりたい」と思うかどうかはこれから先の「限られた時間」の中で大きなことだと思っている。誰かから強制されてやるというのは受け入れ難い。
インターハイに向かう。それは誰もが経験できることではない。選手にとっても指導者にとっても。今年選手がインターハイに進む。そのことに対して誰がどのように評価するのかは分からない。本当にやれることを全てやったのか。もっと違う方法があったのではないか。色々な意見があると思う。インターハイという一つの目標に対して一生懸命に取り組んできた選手達は尊敬に値する。そこに「価値がある」と思えるかどうかはそれぞれの価値観だと思う。
戦うこと。力を出すこと。準決勝に進むこと。決勝に残ること。日本一になること。それぞれにとって大きな意味がある。そこに対してはどう関わるのか。本当に必要とされるのであればやれることはやりたい。もちろん、私自身が「やりたい」と思ってやるという前提があるが。
まとまらないけど記録だけはしておく。