kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

取り組み方

2016-06-29 | 陸上競技
引き続き雑記のような内容になりますが。思うことを書いておきます。

「競技について」の話が少し薄くなっていますがまー良いかなと。結局は「自己満足」のblogでしかありません。何かを求めて書いているというのとは違う気がします。最大限の配慮をしながらが自分の「思うこと」を書く。それならノートに書いておけよという話ですが。

「部活をやっても飯を食っていけるわけではない」と言われることがあります。まさに。競技だけをやって生活が送れるというののは陸上ではほとんどありません。高校生や大学生の間は「練習中心」でできるかもしれません。が、それだけで一生生活が保障されるかというのはありません。

この春、国体関係でずっと関わりがある選手が就職をしました。「競技」ではなく「一般職」としての就職です。そのため通常通りの業務をしながら合間を見て練習をします。午前中勤務、午後から練習という理想的なパターンではありません。よほど強い意志がなければ継続できないと思います。「競技最優先」で仕事を選んだのはない。これから先のことを見据えての就職だと思います。

その選手が先日の日本選手権で決勝に残りました。予選ではかなりいいタイムを出す。どれだけ練習が積めているのかは分かりませんが、「学生」とは違う位置づけの中での決勝というのは大きいと思います。それ以外の選手は「学生」か「契約選手」です。競技を一番に位置付けて取り組める選手たちと「仕事」をやりながら競技をしていく選手。条件的には大きく異なりますが「勝負をしたい」という思いがあれば戦っていけるのだと思います。

社会人として競技をしている選手。大変だと思います。それでも「陸上競技が好きだ」という大きなモチベーションがあるのでやっていける。誰かにやらされているわけではありません。「部活」に所属して顧問の言うとおりにやっていればいいというのではない。やりたくなければやらなくていいのですから。17時まで勤務してそこから練習をする。簡単なことではありません。限られた時間の中で「dけいること」をやる。集中力も違うと思いますね。質も高い。だからある程度の結果がついて来るのだと思います。

高校生はどうでしょうか。もちろん、考えながらやっている選手もいるでしょう。しかし、「練習をすれば強くなる」という感覚を持っていないか。練習もすごく大切。しかし、それ以上にやるべきことがたくさんあります。勉強もしなければいけない。もっといえば、日常生活がきちんと遅れなければいけない。約束事が守れなければいけない。そこができないようであれば「競技」をやる意味がなくなってしまうのではないかという気がしています。

なぜか。これもそれぞれの考え方次第だとは思いますが、私は「将来のため」だと思っています。陸上競技だけをやっていて生活ができるわけではない。だからこそ、陸上競技を一生懸命やる中で「自分の力を高める」という部分を大切にして欲しい。競技場面だけは一生懸命にやる。しかし、それ以外は手を抜く。日常生活ではルールも守らない。このような状況で「陸上競技」で結果を残してそこに意味があるでしょうか。私はないと思っています。これは考え方。「強ければいい」と思う人もいるでしょう。

ほんの少しのことです。他の方々から「少し変わってきたね」と言われる子が数人います。競技力もあるので目立つ部分があります。だから他の生徒よりも「出来ていない部分が目立つ」というのはあると思います。授業への取り組みの態度、学内での生活態度。明らかに変化が見られます。もちろん、目指す場所はもっともっと先かもしれません。周りから見れば本当に小さなことかもしれません。それでも「少しの成長」というのは大きいと思っています。

最初からできるわけはありません。最初はほとんどの選手ができないのです。それは「知らないから」です。「部活なんてやっても意味がない」と考える人もいると思いますが、私は「教育の場」になると思っています。学校に来て授業を受けて適当に話をして放課後は適当に過ごす。これも一つの生き方です。しかし、「教わる」「知る」機会がない。教科書の内容を「暗記する」だけではない「生きていく力」を身につける必要があるのです。それができるのは「部活動」ではないかと。もちろん、「やるだけ」の練習では何一つ学ぶことはないと思います。「思い出づくり」という意味合いでは大きな価値はあると思いますが、本質的な成長を促すことにはならない。これではもったいないなと。

そこで身につけた力が「社会人」になった時に役立つのです。逆に言うとそこがなければ本当に「部活なんてやっても意味がない」ということになります。競技力があるからえらいわけでも何でもない。勘違いを促すのであれば逆にやらない方がいい。それくらいの想いでいます。本当に学ぶべきものは「物事に対する取り組み方」だと思っています。そこを学べるかどうかで「社会人」になった時の中身が変わってきます。競技だけでチヤホヤされていたら間違いなく勘違いします。誰もが「日本代表」になれるわけではない。なったとしてもそれから先の人生が保障されるものでもない。そうであれば「高校時代に何を学ぶか」が重要だと思います。

表面的な変化はすぐに見えます。が、それが「本当の意味での変化」なのかをしっかりと考えないといけないと思います。私の前だけで変わるというのでは意味がない。「怒られるからきちんとしよう」というレベルではダメなのです。社会人になって競技をする選手、誰かにやれと言われてやっているわけではありません。自分が「やりたい」と思うからやるのです。すべては「自分自身のため」にやる。その感覚を持てるかどうかだと思っています。他者から評価されるからやるというのでは「本質的な成長」にはなりません。

小難しいことを書いています。社会人となって競技を続けている選手たちを尊敬します。本当に競技が好きなんだろうなと思います。そうでなければ毎日毎日練習できませんから。一人でも「自分のためにやっているんだ」という感覚を持てる選手を育てないなと思っています。取り組みの姿勢は何においても重要。そこを忘れていたら「一時期の活躍」で終わってしまいます。選手自身を勘違いさせないようにしたいと思います。そのことを胸に刻んでおきたい。

何の話なんですかね(笑)。まー書きたいことを書いています。繰り返しになりますが「何かあったから」書いているわけではありません。あえていうなら「社会人選手ってすごいな」と思ったことを言葉にしたらこんな感じになっただけです。長いわ(笑)。
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色々と・・・

2016-06-28 | 陸上競技
雑記のようになりますが少し書いておきます。

特に何かがあるというわけではないのですが色々と考えることがあります。これから先のことを考えると「今何をするか」というのはすごく大切なことだと思っています。練習をする。その場面だけのことを指導すればいいのか?それは違うと思っています。外部コーチであれば「競技場面」だけを指導すれば済みますが「部活動」という流れの中では「取り組む姿勢」も含めて多くのことを求めないといけなくなります。「競技力を高める」ことだけを求めるのではあればグランドで技術的なことだけを言っておけばよい。かなり楽だともいます。

「競技力が高ければ人間力も高い」という幻想。「人間力が高ければ競技力高くなる」という錯覚。このどちらもが存在すると思っています。少し前にバドミントンのオリンピック候補選手が「カジノ」で賭け事をしていたという報道がされました。世界ランキング上位ですが今回のことによりオリンピックへの参加は取り消しとなりました。オリンピックを目指して競技をやっていたはずですがそれが果たない。次の東京オリンピックを目指すことは可能なのかもしれませんが「無期限の資格取り消し」処分になっていると思うのでそれさえ可能かどうかわかりません。

数年前にアジア大会?で水泳選手が報道陣の高額カメラを盗んだという報道がされました。本人は「無実」を主張していましたがあれからどうなったのでしょうか?「有罪確定」という報道がなされてそれ以後の情報がありません。ひょっとしたら冤罪かもしれない。が、それが事実かもしれない。断定できない情報ですからあまり触れるのは避けておきたいなとは思いますが・・・。

日本ではスポーツに「人間形成」を求められます。私自身も求めます。指導していると「人間的な成長」がなければ競技的にも上手くいかないと思っています。実際は別物なのかもしれませんが私自身は「競技力」と「人間性」はどちらもが大切だと思っています。どちらか一方を優先するというのではなくどちらもが備わっていて初めて意味があると。

世間では「スポーツ選手」は「人間的に立派でなければいけない」という枠組みがあります。スポーツをやっているのだから「基本的なことができるのは当たり前」という見方をされます。が、実際は違います。指導をする中で「基本的なこと」から教えていく必要があるのです。取り組みの姿勢は最初から身についているわけではない。「陸上競技」という「ツール」を用いて「考える」経験をしていき成長する方向に持っていくのだと思っています。競技力と人間力はイコールではない。「身体能力」が高ければ競技で勝ち上がるだけであればできるのです。そこに「伴うものは何か」というのが私たちからすれば重要であり、「やるだけ」の陸上競技に価値は見いだせません。

ここの部分を繰り返し指導しているつもりです。が、なかなか伝わらない部分もあると思っています。そのような状況であれば「競技をやる意味は何か」という話になります。「勝てるから競技をやっている」というのであれば本当に面白くない。「勝つこと」は大きな目標になります。しかし、そこだけを求めていたら「勝てないならやる必要はない」ということになります。今の自分から少しだけでも成長すればいい。それが競技力なのかもしれないし、人間力なのかもしれない。が、「人間的な成長」がなければ指導していても面白くありません。「力があるから上手く誤魔化して競技をさせる」というだけになってしまいます。

もちろん、そういう部分も必要だと思います。それができなければ「最初の段階」で終わってしまいます。「最初はできない」という認識の中で取り組んでいき少しずつできるようになっていかなければいけない。私自身はそういう部分に「期待」をしていますし、選手や生徒を「信頼する」ようにしています。これは私が勝手に「期待」「信頼」しているだけであってそれを感じ取って行動が変わるかどうかは別問題ですが。

少し「残念だな」と思うことがありました。これを「残念だ」と思うのは私自身の「感覚」でしかない。別にどうってことない話です。「よくあること」と割り切ってしまえばそれまで。世の中には「なんだかな」と思うことは山のようにありますから。「誰かに何かを伝える」ということ。これは自分の中で大きなことです。上手く表現できませんが。

特別大きなことがあったわけではありません。個人的に「うーん」と思っただけです。世の中の「競技者」はどのような感覚でやっているのか。それをもっともっと自分自身知る必要があります。一つ言えるのは私が尊敬する指導者の方々は間違いなく「人間力がある」ということ。指導者も選手も生徒も同じだと思っています。変わりはない。

自分が「人間力」を磨かない限りは誰かに何かを伝えるというのは簡単ではない。もう一度自分自身を見直していきたいなと思いますね。
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トレーニングに関する考え方

2016-06-27 | 陸上競技
前から同じようなことを書いていますが、また書きます。

先日から「ロープ登り」をやっています。女子はまともにやるのは初めてかもしれません。facebookに知人から書き込みがありましたが「筋力だけではない気がする」と。まさにこの部分だと思いますね。ロープを登るためには「握力」が必要になります。自分の身体を支えるだけの握力がなければロープをつかむことさえできません。

これまで指導してきた女子選手でインターハイに出場した選手でロープ登りが出来なかったのは1人だけ。この選手は身長も高く体重もある程度ありましたから「しがみつく」だけで精一杯でしたね。あの身体を引き上げるだけの筋力があれば本当すごいことになっていたと思います。

ロープ登り。不安定の中で行います。登り棒であればできるという選手もいます。が、ロープになるとできません。ここには「不安定」という大きな要素があると思っています。登り棒は基本的に安定しています。「うんてい」なども支柱がしっかりしていてぶれることがありません。だからやりやすい。しかし、ロープ登りは「不安定」の中でやることになります。かなり難しいのではないかと思っています。



棒高跳びの選手は「地面から足が離れた状態」で身体をコントロールしなければいけません。これは非常に難しい。足から力をもらうことができないので上手く身体を使いながらでないとできないのです。登るだけであればそれほど難しくないのかもしれませんが。単純に筋力ではない部分があると思いますね。

これまで見てきて案外消防士をやっている方が「競技力が上がっている」というのがあります。他者の命を守るために大切なことなので身体を鍛えているという部分があると思います。走練習などに長い時間を確保できない状況です。その中で競技力が上がっていくのは何か?前任校の近くに消防署がありました。ロープ登りをしたり、ロープ渡りなどをされている姿を見かけることが多かった。実はこういう部分が「競技力の向上」に役立つのではないかと感じたのです。

以前、スキージャンプの選手が「スラックライン」という綱渡りのような練習をしている映像を見ました。これも「不安定の中で身体を動かす」という部分だと思います。ロープのようなものの上をバランスを取りながら歩く。その上でジャンプしたりもしていました。着地時にロープの乗っているのは大変なことだと思います。また、BOSSが教員になってからの話を聞いたこともあります。スキーが大好きで冬はほぼ筋力トレーニングをしないでスキー三昧(笑)。で、シーズンに入ると自分の身体が上手くコントロールできるようになり自己記録を更新した、と。投擲種目でそのようなことがあるのか??が、実際にそれがあるのだと思います。

ハンマー投げで世界で活躍された室伏選手。「同じ練習にならないように」と様々な工夫をされていました。競技の後半はウエイトをしないでも自分の身体を上手く使えるようになっていくことで競技力を上げようとしていたと思います。確かに競技場面では「全く同じ」という状況は生まれません。先日、桐生選手が「10秒01」で走りました。本人としては高校3年生の時に出して以来の10秒01。3年前と同じ10秒01ですが「走り自体」は全く違うと思います。上手く身体を使いながらできる限り動きを再現する。が、実際は全く別のものになるという感覚でしょうか。

ケンブリッジ飛鳥選手が日本選手権で優勝しました。大きく飛躍したきっかけは「ジャマイカ」に単身練習に臨んだことだと報道されています。「なぜそんなに細いんだ?!」と言われてからトレーニングを本格的にやらないと勝負にならないと言われ、故障したのを機に今の所属先でトレーニングを始めたとのことでした。すべてを把握できているわけではありませんが、単純に「ウエイトトレーニング」だけをやっているわけではなさそうでした。様々な道具を使いながら自分の身体を上手くコントロールする動きをしていました。

こういう感じの内容を書くと「筋力は不要」と言っているかと勘違いされるかもしれません。が、実際問題ケンブリッジ選手は身体自体が大きくなっています。これまでと比べるとかなりの筋肉量があると思います。ほかの選手も同様。間違いなく「トレーニング」をしていると思います。が、そこだけではないというのが大きなポイントになるのではないかと。筋力が全くなくても中学生は走れます。が、それが高校でも通用するかといえば全くの別問題。その発達段階に応じてやるべきことがあるのです。「筋力がなくても走れる」という選手もいるかもしれませんがここのバランスは難しいと思いますね。

今、トレーニングをやっています。シャフト補強はかなりの負荷です。ある程度継続するとかなり筋力が上がると思っています。しかし、筋力を上げてもそれを上手く使えるようにならなければいけない。単純に筋肥大をしていけば強くなるわけではないと思うからです。筋力を上げながら上手く使えるようにする。バランスディスクを練習に導入したのもこのためです。感覚的なものなので正解かどうかはわかりませんが。



色々な動きをすることで強化した筋力を「使える」ようにすることができると思っています。バランス系の練習をすると細かい筋肉が強化できると思いますし。こう考えるとやりたいことは山のようにあります。時間が必要になる。自ずと練習時間が長くなります(笑)。ここ最近は時間の管理にも意識をしていますから優先順位をつけるようにしていますが。本当はもっともっとやりたい(笑)。が、全てをやるのは不可能。難しいところです。

鍛える。使えるようにする。不安定の中で力を発揮させる。これだけでも様々な工夫ができるようになります。陸上競技は身体を使いながら勝負することが大半です。だからこそここが大事になってくると思っています。そこをどうやっていくかを考えるのは非常に楽しいですね。

まとまりません。本当はもう少し書きたい。可能であればまた書きます。たぶん。
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できる限りのトレーニング

2016-06-26 | 陸上競技
日曜日、この日も練習としました。強制的に「規則正しい生活」を送るようにします。あれだけ「自分たちでやる」と宣言しておきながらこの「甘さ」はどうなのかという話ですが(笑)。本来であればこの日も「各自でやる」ほうが良いのかもしれませんが完全に「任せる
」というのはまだできません。一定の部分はこちらでコントロールしたいなと思いますね。

練習の最初に少しだけ話をしました。「何のために勉強をするのか?」という部分。質問すると「テストで良い点を取るため」という返事。確かにそうです。高校生にとって勉強をするというのは定期考査で良い点を取るためです。それが大きな目標になるのでしょう。これは言ってもなかなかわからない部分だと思います。本来は「自分の進路のため」に勉強するのです。知的好奇心を満たすためという「本質的な話」をしても伝わりませんから。まずは目の前のことだけやる。が、それは長い目で見たときに「自分の進路」につながるのです。ここの感覚を持たなければやはりうまくいかないと思います。

それと同じように「何のためにトレーニングをするのか」という話をしました。「筋力を上げるため」です。が、何のために筋力を上げるのかを考えないといけないと思います。結局は「競技力を上げるため」でなければいけません。ボディビルダーは筋力はかなり高いと思います。しかし、陸上競技の種目の記録が良いかといえばそれは違う。投擲種目であれば筋力に比例する部分があると思います。が、それ以外の種目であれば「身体をどのように使うか」とか「正確な動きができるかどうか」が大きく影響してきます。

鍛えた筋肉に良い動きを覚え込ませる必要があります。そのためには「鍛える」だけではなく「動きを作る」ことも並行してやっていく必要があると思っています。毎回のことですが「正しいかどうか」は分かりません。教科書通りの話ではないからです。少し前からトレーニングとドリルを一緒にやるようにしています。1年前は「自分たちで取り入れる」ということを求めていました。前任校で県総体で11秒6くらいだった選手が夏休みを終えて県新人を走ったらいきなり11秒1で走って中国新人に進んだことがあります。中国新人でも入賞。その選手は何も言わなくてもシャフト補強の合間に自分でドリルをやって動きに結び付けていました。

あれ以後そういう話をするのですがなかなか継続できません。すぐに忘れてやらなくなってしまう。それくらいの意識レベルだからと言われたらそれまでなのですが・・・。やはりきつい練習の中にそこまでの部分を徹底して自分からやるというのは難しいと思います。本当は自分でやって欲しいのですが。

シャフト補強の合間に強制的にドリルを入れるようにしました。ここの動きが適当であれば筋肉が「悪い動きを覚えてしまう」ことになります。直線的な足運びを徹底的にやるのですが意識なく適当にやったり、身体の前に接地してしまうような動きをしていたら競技力が上がるどころか下がる危険性もあるのです。「癖」というのは恐ろしい。意識的に改善しないと「一番楽にやる」ことを身体が覚えてしまいます。そうなるとこちらが望まない動きが身についてしまう。どれだけやっても競技力が上がらなくなるのです。

そんな話をしつこくしながらやっていきました。練習場面にいるとどうしてもあれこれ細かいことを言ってしまいます。遠くから見ておくことができないタイプ(笑)。プレート補強も同様にやり合間にドリルを実施しました。



その時客観的に見ていた投擲&跳躍選手が「自分ではできているつもりでもこうやって見ているとできていないね」と話していました。まさに。自分では一生懸命にやっています。その動きが「できていない」ということには気づきにくいのです。自分は「目標とする動き」をやっているつもりですから。が、本当はできていない。だからこそこちらがしつこくしつこく「ダメだ」と言い続けることになります。

声がなかなか出ないのでプレート補強は男女ペアでグループで実施しました。こうなると少し活気が出ます。私が工夫して雰囲気をよくするのではなく自分たちでやれるようにならないといけない。おとなしい選手が多いから仕方ない。これではすみません。意図的に変えていかなければいけない。





プレートが終わってから少しだけ細かい補強。



股関節周辺の補強とロープ登り&ダイナマックス投げ。バランスディスクを使ってのスクワット系をやって更には不安定な中での股関節補強。軸を作りながらの練習になります。ロープ登りに関しては前回の考査の合間にG先生に教えてもらった練習を棒高跳び選手にやらせるために購入。同時に短距離系にも必要だと思っているので一緒にやらせることにしました。自分の身体をうまくコントロールするための練習です。背筋を使って引き上げる。こういう練習を継続してやっていければ大きく変わってくるかなと思いますね。

最後にバランスディスクを使っての内転筋などのトレーニングを行って終了。予定通りの練習ができました。強い負荷をかけているかどうかは不明ですがやりたいことができたのは大きいと思います。こうやってやるときにやるという練習ができれば十分かなと思います。足りない部分は自分で勉強の合間にやれるようになってもらいたい。「信じて任せる」という気持ちがあります。が、なかなか浸透しないと思います。これができるようになると全く変わってくるのですが。

久々に写真を載せてみます。一応、顔がわからないように加工はしています。雰囲気を伝えたいだけなので誰がやっていてもあまり関係はないのですが。それでもこういうご時世ですから最大限の配慮はしたいと思います。今後も多少は載せておきたいなと思いますがどうなることか(笑)。

まずまずの練習でした。
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短時間だけ走る

2016-06-26 | 陸上競技
土曜日、久々に練習。といっても3日間だけですが。この間の期間に多少なりと体を動かすことができたでしょうか。実際は難しい部分があると思っています。自ら考えて動くという「理想」がありますが実際はそれほど簡単にはいかない。何をしたらいいのか分からなければ聞きに来るようにとは言っていますがなかなか・・・。こういう経験も必要になると思っています。難しい部分もありますが少しずつ「自分でやる」という感覚を持たせたいと思っています。

この日は天候が危ぶまれましたがいつの間にか予報が変わっていました。微妙な雨が降ってはいましたがそれでも「屋外で練習ができる」という状況。問題なしです。久々に体動かす選手もいるだろうと思い最初はダイナマックスから開始。これだけでかなりの運動量になります。この日は走ることをメインにしようと思ってはいましたが、それだけでは不十分なのでトレーニングの要素も含めて実施。

ダイナマックスは「落としたらやり直し」という感じでやっています。強制的に集中力を保つためです。疲れてきて集中が切れてしまうと効果が薄くなります。体幹トレーニングとして位置付けていますがなかなかできません。体幹を固める意識を持って取り組まないといけないと思っています。ここの部分が不足すると「やるだけ」の練習になってしまいます。ここは重点的に言い続けます。が、できない(笑)。やってく中で「基礎筋力向上」をしないといけませんね。最初から「きちんとした形でできる」というのは難しい。

ここは判断が必要になるのかなと思っています。「できるようになってからやる」のか「やりながらできるようになる」のか。どちらが正しいのかは難しいと思います。やりたい動きができないの「基礎筋力」が足りないというのも大きく影響してきます。やりながらできるようになる、という部分は「変な癖がついてしまうかもしれない」という危険性もあります。どちらが良いというのは難しいのかなと。「

ダイナマックスが終わってからはハードルを使っての股関節補強。地味ですがこういう練習も必要だと思っています。ここ最近は「細かい筋群の強化」が不足しつつあります。意図的にではないのですがこういうところをもっともっと重視していく必要があります。こう考えるとやりたいことは山のようにあります。実際にできていないこともたくさんあります。考えものです。

そこからはドリルと腿上げ。基礎的な動きの徹底をしておきたいと思っています。更には「進む」という感じが欲しいのでそこにつなげるための動きをしていきたいなと思っています。加速段階の動きいとらわれすぎて中間での動きの練習が不足してしまう。走っていたらそれなりに走れるようになるというのではなく「動きを作る」という部分ができるようになればいいなと思っています。

そのために少し基礎的なことをやりました。「縦の動き」がまだ十分できていないのでそこの部分もやらなければいけません。ここができていないのに次の動きに進むと簡単に動きが崩れます。時間をかけて丁寧にやっていく。「急がば回れ」です。直線的な動きを身につけさせたいので時間をかけてやっていくようになります。身体作りも基礎的な動きも時間がかかる。それでもやっていかなければいけません。

ある程度やってからひたすら並走をすることにしました。まだまだバトンパスがきちんとできません。そこを克服するために一つ一つ確認してやっていきます。中国大会の時に師匠に「バトンが・・・」と指摘されました。今後のことを考えてもう一度「やるべきこと」を明確にして取り組んでいかなければいけないと痛感しました。並走でさえ渡してから緩めてしまう選手がいます。何のための並走なのか。ここも考えて取り組まなければいけないと思います。

男子のペア、バトンが上手く渡りません。並走は「バトンを渡す位置」を決めています。そこで渡らない原因が何かを考える必要がります。最初は「考えないと」とだけ言いますが次も同じ。なんと4本連続で「まったく同じミス」をしました。バトンを渡す位置で前の走者との距離が遠すぎて渡らないのです。ここはもっと自分たちで考えられないといけないと思います。そこまで手を差し伸べるのが良いのか悪いのか・・・。最終的には「渡らない理由」を伝える。プラス2本の時には何とか渡りましたがまだまだ・・・。

3か月もすれば県新人となります。男子は決勝進出、女子は優勝を目指します。そのためにはもう一度丁寧にバトンのこともやっていかなければいけないと思っています。私自身もっともっと考えながらアドバイスを聞きながら進めていきたいと思っています。丁寧にやっているつもりでも「雑さ」が出てしまう。普段から細かく細かくやっていなければ失敗を招く危険性が出てきます。

1-2走、3-4走を4本ずつ。2-3走、1-4走を4本ずつ。計8本やって少し休憩。更に2本ずつ走りました。地面が緩い部分もありましたが走れるときには走っておきたいなと考えています。並走をきちんとやり続ければそれなりにスプリント力は上がってくると思っています。ドリルやトレーニングときちんと組み合わせながらですが。並走をして「渡して緩める」ようなことをやっていると間違いなく強くなりません。渡した後は競争です。それができて初めて「並走」の練習効果が出てくる。ここはしつこく言いました。

ここには書ききれないくらい細かいことが課題としてあります。一つずつ一つずつです。時間的には短時間でした。それでも身体を動かしておくことで今後の活動も変わってきます。

その後、15時くらいまでは勉強を教える。頼まれたら嫌とは言いませんからね。

土曜日、休みにしていたらひょっとしたら午前中のんびりしてしまう可能性があります。強制的にでも起こせば活動をします。そのほうが効率がいい勉強につながるのではないかという気もします。今後、やり方を考えてみたいなという気がします。

だらだら書きました。お許しを。
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自ら申し出る

2016-06-25 | 陸上競技
金曜日、この日通勤途中に信じられないくらいの大雨が降りだしました。全く前が見えない。この状況で通常通り運転するのは厳しい。かなりゆっくり進みました。怖すぎる。豪雨ですね。この雨が一日中続くのかと思いましたが到着してからしばらくすると完全に止みました。うーん、なんというタイミング。

それによりまたも電車に遅れが。とはいえ、うちの選手は朝練の時間帯に来ていますから問題なく。それ以後の電車が遅れたようです。とはいっても前日と異なり少し遅れただけですから授業は通常通りの時間帯で開始。

時間の合間を見て「練習計画表」を作成しました。夏休み終了時点までの大まかな流れを作りました。何時から開始と書いていても状況が変われば変更される可能性はあります。これは理解してもらいたいなと思いますが。しかし、大会日程や合宿の日程などは早めに知らせておくほうがよいかなと思いました。7月と8月に「強化期間」を設けようと思っています。それに向けての「心の準備」もさせておきたい。

夏休みに記録会や支部大会もあります。が、長い目で見て一番勝負するのは「県新人」だと思います。調整調整で練習が積めずに秋の大会を迎えるのは避けたいと思っています。大会すべてで記録を出したいという気持ちがあるかもしれませんが「目先のことだけ」考えるのではなくもっと先のことを見据えながらやっていきたいですね。

今年の8月はいろいろと考えて中国選手権への出場もしてみようかと。女子の棒高跳びがあります。秋から本格的に大会が始まるのでそれまでに経験を積ませたいなと思います。7月に広島で講習会があるのでそれに参加してから8月に国体最終予選、その後支部大会に参加して中国選手権。ある程度詰めてやっていくことも必要かなと。周囲からは「参加者が少ないからやっている」と揶揄されるかもしれませんがこちらとしてはかなりまじめに考えています。本気で来年のインターハイを狙いたいなと考えています。

そういう流れもあってリレーも中国選手権に行ってみようかと。毎年、プライベート合宿と重なっていましたが今年は少しずれています。高いレベルの大会を経験させていき今後の勝負のための下地を作っていきたいという思いもあります。かなり多忙な夏休みになるかもしれませんがそれは選手にも覚悟してもらわないといけないかなと。「勝負をする」とうのはかなりの「覚悟」が必要不可欠です。私も選手も「競技に賭ける」という思いを持たなければいけないと思います。

で、放課後。数人が職員室前に立っていました。何かあったのかと思うと「勉強を教えてほしい」とのこと。まー基本的には「狙い通り」という部分があります。与えられて「やってもらえる」という状況ではなく「自分から頼んで教えてもらう」という感覚が欲しかったからです。待っていても誰も何もしてくれない。自らアクションを起こさなければいけないという感覚を持ってもらいたい。その一環としてこういう勉強に関しても同じようにしたいなと思っていました。中国新人の時はまたも中間考査に入ると思います。そうなると勉強ができないと大会出場さえ危ぶまれます・・・。

競技をやりたいのであれば「やるべきことをやる必要があります。強くなりたかったら「練習をする」というのと同じです。競技を一生懸命にやりたければそれ以外の部分が足を引っ張るようでは困るからです。強くなりたいのであればそれ以外の環境を自分で整えないといけない。それができるような選手でなければ強くはならないと思います。

こうやって「受け身」の姿勢から少しだけでも「前向き」な姿勢になったというのは大きいと思います。自ら動くことで初めて周囲も動くのです。家庭での協力も友達の協力も同様。自分が何もしないで待っていて誰かがやってくれるのを待つようではだめです。強くなるのも「誰かに強くしてもらう」のではなく自分がアクションを起こして強くなるのです。ここを忘れてはいけない。いいきっかけになるのではないかと思っています。

結局19時まで3時間近く勉強しました。私も付きっ切り。合間に隙を見て日本選手権の結果を見ていました。冬に中四国合宿でアシスタントコーチをしてもらったY選手が出場しているからです。予選で50秒01を出していました。準決勝はプラスの2番目でしたが見事決勝進出。3年連続です。本当におめでとう。

中四合宿参加者に連絡を回してもらう事にしました。一緒に練習した選手が日本選手権の決勝で走るというのは大きなことだと思います。本人も「インターハイを狙う選手たちの結果をチェックしていて、負けられないと刺激を受けていた」と話していました。プラスに働いていますね。だからこそ他の選手達にも応援してもらいたいと思います。少しでも彼の力になるなら。県記録更新。期待したいと思います。

やっと記事が追いついてきました。ひとまずここまで。
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木曜日?

2016-06-25 | 陸上競技
木曜日、何をしていたのか・・・。記憶が。もうすでに時間が過ぎ去ってしまっています。そうなると思い出せない。前日から期末考査の期間に入りました。朝は勉強会。練習をしないとしても毎日選手同士が顔を合わせる機会は作りたいなと思っています。朝から規則正しい生活ができるようにするというのは重要のことですから。

が、早い段階で「上りの電車が不通」という連絡が入りました。うちの学校は電車で通う選手もいます。朝練があるということで早めに動いていますが電車が来なければ通学できません。こちらで把握している選手に関しては連絡を取りました。「駅で待機」ということでしたのでその旨伝えました。いつ来るかわからない電車をひたすら待つというのはしんどいですからね。思ったよりも早く電車が動き始めました。朝の勉強時間は少ししか確保できなかったかもしれませんが、授業時間に間に合うことができました。これだけで大きな意味がありますね。

結局、電車の遅れにより授業開始が30分遅くなりました。その時間帯は「自習」ということで勉強する時間となります。こういう時間を有効に使えるかどうかは大切なポイントだと思っています。みんながいるからといってワイワイしているようではだめだと思います。周りの空気にのまれずに「自分のやるべきことをやる」という感覚を持つ必要がります。これができるようになるとずいぶん変わります。

話は少しそれます。前任校では「陸上競技部」の選手の周りはかなり気を使ってくれていたようです。女子選手が引退した時に言っていたことですが。部活を引退して何がいちばん変わったか?と聞くと「クラスの友達がお菓子をくれるようになった」と答えていました。「競技のために間食はしない」と強く決めている様子を周りも知っていました。だから「お菓子食べる?」と昼休みなどにも全く言われなかったとのこと。引退して「も大丈夫だよね」と持ってきてくれるようになったと。おかげさまで引退後は大きく体系が変わる選手がいましたが(笑)。それでも周囲が「この子たちはやるべきことがあるんだ」と気を使ってくれていたのだと思います。

それくらいの「気持ち」が周囲に見えていたのだと思います。周りに流されない強い意志を持っているというのもありますが、「邪魔をしたらいけない」と思わせるだけの「覚悟」を持っていることが周囲に知れ渡っていたのだと思います。いつの間にかそういうい雰囲気の中で「頑張ってもらいたい」と思ってもらい、邪魔をしたらいけないという感じになっていたのだと思います。

普段、なかなか勉強時間が確保できない部分があります。が、こういう時間を有効に使ってできないところを一つ一つ潰していかなければいけないはずです。「練習時間」に自由時間の多くを使っているのですから他の時間を犠牲にしてでも「その時に必要なこと」をやる必要があります。それができるようにならなければ「競技者」として成功する確率は低い。「時間があるからまだいいや」「また次頑張ればいいや」と思うような選手であれば成功しないのではないかと思っています。

練習は休みにしていました。家で勉強するための時間。上述のように「時間があるから今はいいや」と思っているような選手は競技も成功しません。この機会を有効に使って勉強時間を確保する必要があります。この日はものすごい雨でしたからどちらにしても練習をすることはできなかったと思います。今の私の感覚からすれば「できないから丁度いいや」と割り切れます。「強くなるためにやらないと」という焦りを捨てる。今は「勉強する時間」であり今は「体を休めて次に向かう時間」だと考えていきたいと思っています。しつこくしつこくこうやって書くことで自分自身に言い聞かせる部分もあるかもしれませんが(笑)。

陸上競技がないと結構やることがない(笑)。退職して部活がなくなったらすぐにぼけてしまうのではないかという心配が・・・。そうなったら趣味で陸上教室でもやるかな。いや、趣味を作らないとだめだ。考えます(笑)。
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何が正しいか

2016-06-25 | 陸上競技
思うことを適当に書き記しておきます。

こうやってblogを書くとわざわざ「叩かれる」ために前に出てくる感じがあります(笑)。自分の考え方を表に出すということはそれだけ他者の目につく可能性があるからです。技術的なことを書くにしても考えを書くにしても「突っ込まれる部分が出てくる」のは当然だと思います。一番楽なのは「何も言わないこと」です。今の私にはとてもじゃないですができませんが。

1年前、このblogに「書き込み」がありました。かなりの内容でした。文章の様子からすると「複数」の人物が私に対する批判的な意見を書き込んでいました。電話などでも同じですが「匿名」であれば何でも言えます。揚げ足を取るような言い方もできます。表現の「一部の抜粋」をしてそこだけを取り上げればあたかも「普段から問題発言ばかりを繰り返す」というように捉えられます。

ニュースなどは顕著ですね。長時間の会見をすべて放送するわけにはいきません。そうなると「編集」される。その「編集」のほうによっては「全く違う会見」となる危険性があるのです。「中立の立場」からの報道であれば問題はないと思いますが「思想信条」によって報道が偏ると大きな誤解を招きます。ニュースから状況を読み取るという人も多くいるでしょうから「イメージ操作」となります。こうなると何をやってもうまくいかなくなる。

私自身、自分が絶対に正しいと思うことはありません。どちらかというと一番信用していないのは自分です。こうやってblogを書いていますが「自分が正しい」と思って書いている部分よりは「これでいいのか」と思いながら書いている部分があります。絶対的な自信を持っているのであれば他者に頭を下げて何かを聞いたりしません。今のままの自分が不完全だからこそ多くの人からアドバイスを聞くのです。

昨年、「お前のblogは自分が素晴らしい指導者だとアピールしているように感じるから不愉快だ」「お前の評判は自分で思っているよりかなり悪い」という「ありがたい教え」が書き込まれました。もちろん、「匿名」です。県内の人物だと思いますが。2年前には県合宿で指導をした後に書き込まれました。当時はインターハイにリレーで行った後でしたから私の練習メニューの紹介という感じで県合宿自体を「tokusho」の練習で行いました。基礎的なことも含めバトン練習も行いました。その時には「そんなことやるなら自分のところだけでやれ。迷惑だ。」と書かれました。

本当に指導を受けた選手が「こんな指導を受けて迷惑だった」と言っているなら仕方ないと思います。が、全く関係ないその練習を見ていない人間から「迷惑だ」といわれるのは間違っているのではないかと思います。それも「匿名」です。批判するのは自由だと思います。が、それなら「どうすれば素晴らしい指導ができるのか」を明確に示してもらいたい。代替案のない批判は「無責任」だと思っています。

こういう仕事をしていたら多くの方と接することもあります。応援してくださる方も多くいますが同時に「批判的にとらえる」方々もいると思います。前にも書いたことがありますがクラス運営をしていたら40人が40人すべて私のやり方や生き方を肯定するとは思えません。そんなことがあれば逆に「不気味」です。宗教ではないので「気に入らない」という人間が出てくるのは当然のことだと思っています。万人に好かれる人間がこの世に存在するのかどうか。

私は万人に好かれる必要はないと思っています。そんなことはほぼ不可能だからです。生理的に受け付けないといわれるとこれは仕方ありません(笑)。もちろん100人いて98人に嫌われるのはどうかと思いますが・・・。今のところ「良い」と言ってくれる人の割合のほうが少しは多いのではないかと思います。これは自分が正しいからではなくなんとなくそんな感じだというだけですが。

こういう性格ですから「人に好かれるように生きる」というのはできません。いろいろな人に迎合して合わせて生きるというのは難しい。「またkanekoが・・・」といわれることも多くあります。それが他者に多くの迷惑をかけているのかもしれません。なんだかんだ言っても最優先事項は「生徒のため」という感覚があります。それはあくまで「私自身の感覚」でしかないのですが。そのことを「絶対に正しいのか」といわれると全面的に肯定することはできません。なかなか大変な話です。

「原理原則」だけに従って生きていけるか。答えはNOだと思います。そんな生き方は私にはできません。今の仕事自体が「生きている人間」を対象にしています。その場その場で対応が変わることもある。四角四面で対応できるのであれば本当に「DVDを見て勉強してください」で終わりだと思います。そこに「感情」を挟む必要がないから。映像で見て「時間は守りましょう」と「文字」でみて「音声」で聞く。それで「身に付く」のかどうか。ここは全くの別問題だと思っていますが。

私自身はかなり「不完全」だと思っています。だからこそ「何かを伝えることができる」のだと思っています。自分自身に足りないものがあるという認識があるからこそさまざまなことを学ばないといけないと痛切に感じる。自分自身の「ものさし」だけで判断をして行動することはない。繰り返しになりますがそういう生き方を「よい」と思わない人も複数いるのだけは確かです。

正しくない。それを認識したうえで人と関わるようにしています。若くても「自分のやり方が正しい」と思い人に頭を下げて聞いたりできない人もいます。それはそれで「その人の生き方」でしかない。誰かが否定してただす必要があるかどうかは別問題。そこまでする必要はないでしょうし。競技などで選手に結果を出させてあげたいと強く願うならそういうタイプの人はあまり指導者には向かないかもしれませんが。否定的な話ではなく「一般論」ですが。

私自身は常に自分を疑っています。これほど信用できない人間はいないと自分で認識していますから(笑)。周りからもそう思われているかもしれません。それでも慕ってくれる生徒や選手、卒業生や保護者がいてくれることは嬉しく思います。それがあるから今の仕事をやっていける。そう思っています。

うーん、何の話??気にしないでください。書きたいと思ったことを書いているだけですから。他者批判にはなっていないと思いますし。また書きます。
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意図的な部分

2016-06-25 | 陸上競技
書いていた記事が何故か消えてしまいました。やる気なし(笑)。思い出して書いておきますが書いた時の想いとは変わってくるので難しい。

テスト週間に入りました。そのため勉強をしっかりとさせたいと思います。この期間の取り組みがすべて競技につながっていくと思っています。目に見えない部分ですが競技をしようと思えばこういう部分は必要です。「全てはつながっている」という話をしています。どこか一つだけ頑張ってそれ以外は頑張らないというのではやはり結果はついてこないと思いますから。

ここ数日間の記事にひたすら書いていた「自分でやる」という感覚を育てるために全体での練習は数日のみ。あとは自分で考えて行動するようにしています。勉強に関しても以前から商業系の科目に関しては分からないとこがあれば個別に教えていました。今回もそのつもりです。が、あえてこちらからは言わないようにしました。必要であれば教える、という話はしていますが「教えようか?」という投げかけはしない。受け身から抜け出す。自分から行動を起こすという感覚を持たせたいと思っています。

全ては繋がっているという感覚。前任校ではひたすらその言葉を口にしていました。今も変わりませんが頻度は減っている気がします。

今回は「自ら動く」という意味もありますが、もう一つ大きな意図があります。うちの今のチームの活動は2年生の頑張りもありますがやはり1年生の「競技力」によるところが大きいと思います。そこは間違いない事実。私としては無理をさせていないつもりです。1年生に300mの走り込みをさせる事もありませんし、150mや120mを何本も走らせるという練習はまだやっていません。私的にはかなり遠慮しながらやっています。

が、実際はどうでしょうか。中学時代にほとんど練習をしていない選手たちに高校での練習をさせている。短い距離中心にやっていますが量的にはこれまでと比べると多いと思います。また、トレーニングに関してもこれまではほぼやっていない所からかなり高い負荷をかけています。本人達が思っている以上に身体に対する負担は大きい。師匠が「1年生は中国大会前後に疲労が出てくる」と以前から言われていました。生活に慣れる事に加え今までよりも高い負荷をかけてきて約3ヶ月ですから疲れが出るのは当然かもしれません。

また、2年生も同様。「戦えるかもしれない」と感じる事でこれまで以上に一生懸命に取り組むようになりました。それにより気づかない負荷が大きくかかっていると思います。今は目に見えないかもしれませんがひょっとしたらどこかに大きな負荷がかかっている可能性がある。

そういう部分を踏まえて「意図的に休ませる」事にしました。自分で考えてやるという事を求めてもさすがに全体でやるのと同じだけの負荷をかける事は出来ないと思います。中国大会を終えて「次こそは」という気持ちになっているかもしれない。だからこそこうやって「意図的に休ませる」部分も必要かなと。こちらが焦って「やらないと強くならない」と考えすぎると良くないなと。なんせ、普段の練習自体が多いのですから休ませてちょうど良いくらいかなと。

前任校でチームが強くなった時、「やりすぎる」選手がいました。家で補強をするようにと指示を出していたら毎日サーキットを2セットずつやる(笑)。400mを走るためにジョグをした方が良いと思って徳山から新南陽まで走って往復する。自転車こぎは練習になると思い、学校から家に帰る間はずっと立ち漕ぎで全力。女子高生、何をやっているのか(笑)。ここまでくれば明らかにやりすぎです。休む事が出来なかった。結果的にオーバーワークになります。私の手を離れたとこでこんなに「やりすぎる」選手は見た事がありませんでした。

が、この子がいてくれたお陰でチーム全員が「家で出来ることをやる」という考え方を持てるようになりました。自分でやるという感覚も持てるようになりました。私が特に言わなくてもハードな練習を行った日には懇意にした頂いていた整骨院に何人かで通っていました。こちらが指示をしたわけではありません。怪我をしないために&疲労を残さないための工夫だったのだと思います。何かが変われば全てが変わっていくのです。

少し話が逸れていますが、今回は意図的に休むという事にしました。私の事を知っている方々からすれば「どうした?!大丈夫か?!」と思われるかもしれません(笑)。あれこれ考える事があって。

うーん、前書いた記事の方が面白い気がする。趣旨も変わっている気がする(笑)。思い出したらまた書きます。多分。
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トレーニング

2016-06-24 | 陸上競技
なかなか話が前に進みませんが(笑)

火曜日の練習はトレーニングとしました。指示を出そうと考えていたのですが色々とあって午前中は4時間連続授業(笑)。息つく暇もない。午後からは別件があったのでそれまでにあれこれやってしまおうと思ったのですが。

ひとまず簡単にメニュー作り。とはいっても特別なことはやりません。もう少し日替わり定食のように工夫ができると良いのですが。バリエーションはそれなりにありますが付いていないとなかなか細かく指示ができません。トレーニングの方が細かく指導を必要とする気がしています。

本来なら私が付いてやっておく方が良いと思います。が、前の記事に書いているように「自分のためにやる」という感覚を持たせたい。朝のミーティングの時点で「強くなりたかったら自分でやる」という話をしました。お互いに指摘し合いながらダメなところをダメだと伝える。バランスが悪ければそこを指摘する。股関節の可動域が小さければそこを指摘する。それくらいはできないといけない。


なぜなら「強くしてもらう」という感覚ではダメだからです。トレーニングをするのも全ては「自分が強くなるため」でなければいけない。最初からそれができるとは思いませんが、これまである程度「取り組みの姿勢」について指導をしています。ある一定水準を越えたはずです。それでも尚、「きちんとやらないと」指摘されるようであればそこから先はない。練習としてはかなりやっていると思います。

ここで大切なのが「キツイけど仕方なくやる」という感じがあるかどうか。強なりたいのは誰なのか?私にやらされている練習のままでは「強くなるはずがない」のです。一生懸命やるのま適度に手を抜くのも最後は自分自身に返ってくる。「強くなりたい」という想いが「キツさ」に負けるのであればそこまで。無理難題を求めているわけではありません。正確な動きをやらなければ強くはなれないのです。

トレーニングとドリルを組み合わせました。ここも意識の問題。鍛えている筋肉にきちんと動かすための刺激を入れる必要があります。これも考え方ですが。ここも任せました。「何のためにやるのか」という感覚を選手自身が持たなければいけない。与えられたメニューをひたすらやれば良いという感覚から抜け出してもらいたいと思っています。そこが出来た時、「生まれ変わるチャンス」が出てくると思います。

後で報告を受けましたがシャフト補強が終わってから疲れてきて少しずつ声が小さくなってきていたとのこと。そこで男女混合でプレート補強を実施した、と。本当は疲れてきても自分で声を出してしっかりと練習をしなければいけない。が、お互いに気づいて練習の中で修正できるのであればそれで良いと思います。言われた事だけをやるのではなく「どうすれば練習が良くなるか」を考えた結果の行動であれば良いと思います。

少しのことです。が、前進していきたい。考えることはあります。これに関してもまた書きます。
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