照る日曇る日第719回

編著者が毎日新聞に6年間連載した愛と命の歌を紹介するエッセイ集です。
セレクトされた短歌のなかで感銘を受けた歌を、いくつか挙げておきましょうか。
鋭い声にすこし驚く きみが上になるとき風にもまれゆく楡 加藤治郎
いきなり出てきたこれぞ愛の歌。充分過ぎるほど過激。こんなことをこういうふうに詠んでもいいんだと思わせてくれたのはいいが、もう歳じゃ、歳じゃ。
なにしてもあなたを置いて死ぬわけにはいかないと言う塵取りを持ちて 永田和宏
妻がガンと分かった時に夫が詠んだ歌。さもありなん。
手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が 河野裕子
その妻の臨終の絶唱。なんど読んでも涙が出てくる。
父母を好きでなくとも生きていける生きていけるよ階段おりよ 東直子
最後の「階段おりよ」が凄い。
うちで一番いいお茶飲んでおしっこして暖かくして面接ゆきな 雪舟えま
夫を面接に送りだす妻のエール。「おしっこして」が泣かせます。
うなだれてないふりをする矢野さんはおそれいりますが性の対象 斉藤斎藤
いま私がいちばん好きな歌人の見事な慇懃無礼。
うつし世の闇にむかっておおけなく山崎方代と呼んでみにけり
いま彼のエッセイを読んでいますが、方代さんは人間も歌も素晴らしい。
さうぢゃない 心に叫び中年の体重をかけて子の頬打てり 小島ゆかり
テレビで見るあのおとなしそうな女性が、と思わず息を飲む。
犬はいつもはつらつとしてよろこびにからだふるはす凄き生きもの 奥村昂作
そうだそうだ、2002年に死んだ愛犬ムクもさうだった。
同じように髪を束ねた母と子のサランサランとゆく春の風 東直子
撰者に敬意を表してもう1首。「サランサラン」がいいですね。
なにゆえにムクは微かに尻尾を振ったそれが僕らへの別れの挨拶 蝶人