あまでうす日記

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谷崎潤一郎著「谷崎潤一郎全集第19巻」を読んで

2015-10-07 11:56:24 | Weblog


照る日曇る日第820回

 本卷の大半はすでに詩による感想文をしたためた「細雪」なので、ここでは述べないが、巻末には源氏物語の翻訳に関するコメントや泉鏡花、北原白秋、今東光、旧友の左團次に関する発言などアトランダムな「雑纂」が収められている。

 源氏物語については冒頭の源氏と藤壺の姦淫に関する個所を「時節柄」削除したことを断ったりしているのだが、著者の代表作である「細雪」もこのような官憲の検閲に対する配慮のために大きな影響を蒙ったことは、民衆作家の表現の自由という点でも、谷崎文学の十全な発露という点でも好ましからざる結果を生んだと言えるだろう。

 しかしながら昭和17年1942年3月に「文藝」で発表された「シンガポール陥落に際して」という小文を読んでみると、あの大谷崎が書いたとは到底思えない愛国的駄文が並んでいて驚かされる。

 曰く、「皇軍の征くところは常に公明正大であって、欧州人の侵略史に見るが如き不正残虐の事蹟を留めないのは真に聖戦の名に負かずと云ってよい」

 曰く、「我が国に依る大東亜の解放と云うことは悠久の時代から約束された日本国の進路であって、南洋はわれわれの民族学的故郷であり、仏印、泰、フィリピン、マレイ、ビルマ、蘭印等々の住民はいつかわれわれの帰ってくる日を待っている骨肉の同胞であると云えよう」

 反戦思想の持ち主など存在することすら許されなかったこの時代にあって、ほとんどすべての作家が鬼畜米英並みの後進国侵略の後押しをした訳だが、せめて谷崎だけは永井荷風をみならって、このような日帝・軍部の提灯持ちのような空虚な言辞を弄してほしくなかったと思うのだが後の祭り。


勝ち戦さにインテリゲンちゃんのぼせ上がる玩具を貰いし子供のごとく 蝶人
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