ある晴れた日に 第342回
一冊の書物を遺しこの世から立ち去らんとする人の原稿を直す
目を閉じて髭を剃らるるわが息子大仏に似た顔となりけり
ニッポンはアメリカと組んで中国を抑えつけようとしているわれら民草の頭越しに
何匹も犬や猫を飼う人を「犬猫病患者」と呼ぶことにする
君と僕頬笑む瞳のその奥で我らの父母もまた頬笑んでいる
獄舎にてなき青春の思い出をつくりゆかんと死刑囚歌いぬ
「目には目を歯には歯をだぜ!」世界中が憎しみの坩堝に堕ちる
「目には目を」叫びあまねく世に満ちて再び手に取る井筒訳『コーラン』
罪もなく麻酔もなしに異教徒のナイフで首を斬られし君よ
惨劇の火種を自ら撒きながらしすべてを偽イスラム国の所為にする
終着駅は始発駅と思ひたし非業の死者に頭を垂れて
勇ましく天下国家を語りけり我が家の嵐しばし忘れて
職人と梯子を詰め込んで朝の国道を走る軽トラ
いつの間にか「大衆の原像」見失い三途の川を彷徨う吉本
共同の幻想装置の暗闇で吉本隆明嘲笑ってる
世間では障「害」者などと呼んでいます虫一匹殺せない息子を
障害の「害」という字が気になりて「がい」と改めなお落ち着かず
亡き父のたった一つの形見なれど迷いに迷いて鞄捨てたり
Yes or No右か左か答えられず立ち尽くす間に世は移り行く
偉いなあ手帳の背中に一本の鉛筆を入れることを思いついた人
次々に謎の評論家が現れてあれやこれやの妄論を吐く
小寒や箪笥に眠る割烹着
五七五最後に開く季語辞典
四十年虫一匹殺せぬ息子かな
四〇年朝日の当たる家に住み苦しきことのやや勝りゆく 蝶人