あまでうす日記

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小野瀬慶子著「フィッティングルーム」を読んで

2025-02-06 13:25:41 | Weblog

小野瀬慶子著「フィッティングルーム」を読んで

 

照る日曇る日 第2165回

 

私はかつて著者とはほんの短い間であったが、ふぁんちょんびじねすの仕事を共にしたことがあった。それらの懐かしい思い出の一つは、原宿本社でのMTGの後、千駄ヶ谷小学校交差点の傍らの定食屋で、私がなんとしたことか、彼女のおかずを恥ずかしながらマツガエテ食べてしまったことだった!

 

鰯のフライを食べられてしまった彼女は、その後どうしたんだろう? かてて加えて、その日彼女は私が無くした熊楠全集を持参して呉れたというのに、今頃謝っても遅すぎるが、あの時は誠に申し訳ありませんでした!

 

さはさりながら、その後の著者が、転職を重ねて実績と経験を積み、会社を立ち上げてパリ、ミラノ、ロンドン、NY、そして東京を駆け回り朝から晩まで24時間戦っていた!とは、夢にも知らなかった。

 

そーゆー訳だから、本書をば、著者の波乱万丈の、華麗にして苦楽に満ち満ちた半自叙伝、あるいは多少のフィクションを交えた私小説か斬新な映画シナリオくらいに思って、グングン吸い込まれるように熱読していったのであった。

 

たぶん多摩川を見晴るかす高台の洋館の深窓の令嬢として大事に育てられたであろう(と勝手に想像している)著者のファッションの原点、それは冒頭で述べられている祖父から贈られた「水色のカットワクレース素材で、脇に縫いこまれたリボンを後ろで結び、真っ白い上質なコットンの丸い襟が清楚さと可愛らしさを添えたデザイン」のワンピースだった。

 

「白地にさまざまな赤い模様が配置された三越デパートの包み紙をひらき、箱を開ける。その瞬間に白い薄紙から顔をのぞかせるワンピースから受けた高揚と覚醒の感覚」こそが多情多感な少女の運命をきめた決定的瞬間だったのである。

 

ところが、商品企画から生産、販売、宣伝、人事まで掌中に収めた、デザイナー兼プロデューサー兼万能スタイリスト兼経営者の著者が、本邦発の国際的なブランドビジネスのいわば頂点を極めた時期に、自分の会社を売り出した経緯が描かれていないことを、九仞の功を一簣に虧く憂いと共に読み終えた時、それらはいわば本書の半面であって、残る半分はそれらの事実(著者は<光景>と名付けているが)から帰納される、新しい服飾哲学の構築あるいは(仮説的)真実の発見への模索に在る、ことにようやっと気づいたのだった。

よく見れば本書には「<わたし>とファッションの社会的関係」という副題がついている。だからこの本は、「自分の経験を振り返り「私」がどのように、なぜ、何を感じたかということを探ることを通して、文化的・社会的文脈の理解を深める質的研究方法のひとつ」らしいのだ。

具体的には「<ファッションをつくる>人びとと実践的(いとなみ)に着目することで、消費やデザイナー中心主義、客体化にもとづく議論を超え、ファッションを別の概念へと再創造する試みであり、加えてファッションを理解する上で課題となってきた生産と消費、社会学においても難題とされた意味の生産と物質の生産、これらの関連付けについての一つの答えを提供することを視野に入れている」と一気に綴られる箇所は、生来頭が悪い小生などにはいささか難解に過ぎるが、この本が「<ファッションをつくる>実践の中で息づく人びとの生を描く表現活動なのである」と総括されれば、そうかそうか、と頷けて、今後の著者の精進をしっかり見届けたいという思いでいっぱいになる。

 

最後のくだりで著者は、ファッションの未来について触れ、それが金儲けだけを追求する悪徳資本家のやり方ではなく、「かかわる人びとがリスペクトし合い、幸せを感じられるようなものづくりが可能になる社会」を夢みているが、これを読みながら私は、宮沢賢治の箴言や廃墟を蠢くガザの民衆を思わずにはいられなかった

 

奥付けによると、著者は現在大学の博士課程に在籍してファッションの社会学/人類学を研究されているようだが、どこまでも、どこまでも、ひたすら遠くへ突き進んでいってほしいと切に願ったことだった。

 

「100分de名著」という番組忌まわしくちびちび原典を拾い読みする 蝶人

 


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