
入試の時の服装で、不合格にしたというものがありました。
私のこのブログで ある都立高校の学校説明会での出来事を掲載しましたが
そのことと非常に似通ったところがあると痛感しました
子どもたちが
なぜそんな服装をしているか
何にいらだっているのか
自分が何をどうしようと思っているのか
それを服装から読み解き 教え諭していくのが教育の現場であり、高校でも同じだと思うのです
それなのに、例えば 制服を大人から見ればだらしなく着ているとか
私の高校時代で言えば 制服のスカートが異様に長いとか
今で言えば スカートは短く ルーズソックス(たった今はすでに流行おくれです)を履いているとか
音の子は 腰パン つまりスラックスを腰骨よりしたで履き
今にもずり落ちそうな様子でいるとか
そういったことで人格を評価し、試験の成績に関わらず 不合格にしたというのです
制服の着丈が長いといっては 不良のレッテルを貼り、
制服のスカートが短いと言って不良のレッテルを貼る
これは、いかに大人の 可否の評価の方が 時々のご都合主義で左右され、
説得力の無いことを証明しているようなものです
そうではありませんか?
大人の価値観による 校則を決めるから それを守らないこを
それからはみ出したと言って、レッテルを貼ることになる
そんならいっそう
人を殺してはいけません
盗んではいけません などの 基本的なことだけを決めて
後は、刑法や民法の条文に任せれば
子どもを色眼鏡で観ることはなくなるのではないかと真剣に考えています。
子どもは 間違いながら成長していく存在です
少しの誤りも 見逃せないのでは
子どもに成長する機会を与えないことであり、子どもを導く機関としての役割を放棄することです
つまり、子どもを見捨てると言うことです
そんな考えを持つ人に
教育者たる資格はありません

問題は なぜそのようなことをするのかを 導く側が把握することではないでしょうか
子どもたちの理由は意外と単純なんです
たとえば そうしないと「高校生に見てもらえない」などです

そんなことで 子どもの高校で勉強したいと言う気持ちを踏みにじるなよ

と声を大にしていいたい

また、都立や県立のランク(有名大学に何人の子が合格したか)が取沙汰されるようになった今日、とりわけこの種のやり方が
報道するとしないとに関わらず 起こっていることではないでしょうか
子ども権利条約にも反する行為です


言いたいことは 子どもには間違える権利があり、
正しく導いて貰える権利があり
指導もしないでレッテルを貼る大人は無責任の誹りを免れないということである
