こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

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オピニオンリーダーのいない日本に対して自分にできることを考える

2022年04月20日 | 日々思うこと、考えること
 どなたのブログだったか忘れてしまったが、近頃の新聞の凋落ぶりを嘆いているエントリーを先日見かけ、私と同じように感じている人は他にもたくさんいるのだろうと思った。新聞はすでに世論をリードする存在ではないどころか、リードできる能力を持った人(記者、論説員)がいないように思う。テレビに出ているのは、感染症にしても戦争にしても経済にしても、それら特定の領域の専門家にすぎず、そこを起点とした世界観は持っているが、総合的な力で世界を俯瞰的にみる能力のある人はみかけない。先日書いたTwitter(ツイッター)に関するエントリーでも書いた日本にオピニオンリーダーたる人がいないということを、私たちは深刻に受け止めなくてはならない。

 そもそもオピニオンリーダーの定義とはどんなものかウィキペディアで調べたら、

 ”集団の意思決定(流行、買物、選挙など)に関して、大きな影響を及ぼす人物。世論形成者、もしくは世論先導者とも呼ばれる。”

とあった。これじゃあ、ネット世代の人はYouTube(ユーチューブ)などのインフルエンサー?と一緒だと考えるだろう。もちろん私の考えていたそれとは若干違うし、そもそもこのような説明のされ方をするようになってしまったのは、世界がそれこそ、流行だ、消費行動だ、選挙だということに振り回され、人間としての本来進むべき道なんていうことに取り組むのはバカバカしくなってしまい、自己完結的にネット上で思想、哲学などというレベルではないただの考え方をその日の気分で取捨選択するようになった人が増えてしまったためではないか。

 私のイメージするオピニオンリーダーとは知識と教養を兼ね備えた、常に謙虚さを失わない人物であり、少なくともTwitterなどによる情報発信を世論形成に寄与するものと考えているような浅薄な政治家とかタレントもどきの学者のことではない。

 奇しくも、某牛丼屋の役員が、地方出身の大学生を客として取り込むための方策を、某有名大学主催の社会人講座でとんでもない言い方で表現したと言う話を聞いた。こんなバカでもそんなにもてはやされるのかと空いた口が塞がらず、同時に悲しくなった。さらには、今後一切関係ないと縁を切るだけで済ませようという牛丼屋の姿勢も情けなく感じた。この人物、NHKの取材を受けたこともあったようで、ニュースでその姿が報じられていた。その当時は自らの”(流行、買物、選挙など)に関して”の影響力の大きさを実感し、絶好調であっただろうし、周囲はこんな三流芸人以下の物言いをする人物をオピニオンリーダーの一人と持ち上げていたかもしれない。

 好き嫌いが罷り通るネット世界にはまり込んでいる人たちにオピニオンリーダーは存在しない。新聞がだめならテレビがあるとも到底考えられない。ある意味今は、情報の分断化が帰結しつつある時代であるのかもしれないが、一方でロシアや中国のような”力による現状変更”を本気で考えている人たちもいるわけで、この国の在り方、方向性に関する国民的なコンセンサスは必要だ。そのような意味で、国民になんらかの”考えるきっかけ”を与えてくれる人物というのがこの国には必要だ。

 今の日本に、知識人、といえるような人はいるか。知識の多い人、特定の領域についての能力の高い人、というのはいても、道徳性と教養を兼ね備えた人というのに会うことはない。日本の知識偏重の戦後教育によって暗記とパターン学習能力の高い人間が能力が高いとされるようになってしまい、ユニークな能力というものが見出されなくなってしまったからかもしれない。

 私たちの世代が死ぬまでの10年20年のうちにやらなくてはいけないことは何か、それを真剣に考えなくては、日本という国を将来に残すことはできない。

困難なことではある

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