こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

むずかしい相談へのお返事

2020年08月31日 | 日々思うこと、考えること
楽しい記事をふやしていただきたいというリクエストがあったという話を妻と娘にした。(それこそ愚痴った)
そうしたら娘が、「いろんな読み方をする人がいるから、気にすることはないのではない?」ということだった。

まあ、たしかにそう。
「パパが、ネガティヴなことを書いているのが良いっていう人はいるだろうし。」

「いや、ネガティブっていうのはちがって、”娘と仲良くなりたい”っていうのがコンセプトなんだけど”」

「まあ、どうでも良いけど。とにかく、パパが書きたい様に書いたら?」

とのこと。

元々が付和雷同、もらったコメントにも反応するわたしだが、娘がそういうのなら、これまで通りやっていこうと考えることにした。

どんなところでこんな話をしたのか?って。
昨日、高原にあるチャペルで息子が結婚式を挙げ、女二人と男一人になったコロ健一家が、祝杯を3人で挙げた、息子抜きのホテルのバーでです。
でも、ナイトがいなくなってからというものこのブログ、明るく楽しい話が減ったとはたしかに思います。こんきもを応援してくださる方のためにも、コロ健なりのブログを綴っていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

コロはお留守番

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あんな時、こう言える人に

2020年08月29日 | 生き方について考える
Web会議、今ではいろんなアプリがあって、主催者の好みで選んでいる様だが、誰かのお膳立てで参加させてもらっている方としては誰が、何を使おうが文句は言えない。

それはしかたがないとして、昨日は午前と夜、Web会議をする予定があった。午前中はZoomで、これはうまくいったのだが、夜はWhereby(ウェアバイ)。Wherebyは初めて使うアプリだったのだが、部屋に入ったまではよかったが音が出ないと言うか聞こえない。私自身が口パクで、チャットでいろいろ連絡を取るのが精一杯。技師さんたちも帰って、病理診断科の例のコクピットから、さあのびのびとプレゼンをしようと思っていたのに、焦ってしまった。とりあえず(チャットで連絡して)発表順を変えてもらって、医局のPCで開いてみたが、やっぱりダメ。スマホで開いてみたら、大丈夫なのだが、病院のPCではダメだった。セキュリティの問題だろうか。スマホでテザリングしてみたのだが、データが大きすぎる様でやっぱりダメ。結局私のプレゼンは次回の研究会に持ち越しとなってしまった。

そんなことでバタバタしている時、医局でスマホで開いていたら大きな音がしばらく出てしまった。自分では1、2分と思ったが5分ぐらい続いてしまったかもしれない。イヤホンをつけていたらよかったのだが、それもしないでいたので、静かな医局に私の前に話してくれた先生の声が響き渡ってしまった。スピーカーを塞いでも音が漏れてしまって、それはそれで困っていたら、後ろからある先生に「静かにしてくれませんか」と注意されてしまった。全面的に私が悪いので、すぐにスマホのアプリを終わらせ、その先生にも謝った。これはこれで、納得できる。私が周りの先生に迷惑をかけたのだ。でも、ちょっと落ち込んだのは事実。Zoomでは問題なく音が出たのに、今度は出ないとは、多分私の落ち度ではない。アプリのせいで騒音を出して迷惑をかけようなどとはまったく思っていなかったのに、注意までされてしまい、普段から誰にも迷惑をかける様なことはするまいと思っている私としては面目丸潰れだし、心外以外のなにものでもない。

でも、学んだことが一つある。こういうとき、厳しい声で注意する人間ではいけない、ということ。だって、その人(この場合私)が困っているのは明白だからね。困っている人に「おいうすのろ、うるさいぞ」みたいなことを言うような人間ではダメだと気づかせてもらったのだ。困っている人がいたら、「大変そうですね、何かお手伝いしましょうか?」と聞くべきなのだ。そうすれば、困っているがわも、一呼吸おいて、「あ、うるさいですね、すぐに止めましょう」の様なことになる。さすがに、赤ちゃんが泣いているのをあやすのはできないから、この場合は、黙っているしかないが、おかしなことになっている人というのは案外たくさんいる。午前中のZoomの会議でもハウリングしておかしな声になっている先生がいたが、「どうにかしろ」という人はおらず、みんなでじっと待っていた。

困っている人がいる時、責めるのは簡単だけど、私は優しい言い方ができる人になろう、そう思わせてくれることだった。そんなことに気がついて、いや、気づかせてもらってとてもありがたかったし、嬉しかった。

お疲れ様でした

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元気なうちにがんばろう

2020年08月28日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
オンラインの学会が増えた。コロナ流行前に予定されていた学会が延期されて今になって開催されるものと、もともとこの時期に行うことになっていたのが、オンライン開催に変更されたものとがあって、いつものこの時期の1.5倍ぐらいの量になっている。もちろん、そのまま中止になった研究会は数知れなくある。そのことは別として、いざ学会が開催されてみると、新型コロナウイルス感染症の騒動とは別に研究を推進している人というのがたくさんいることがわかる。仕事として研究をやっている人はもちろんだし、臨床の仕事のかたわらコツコツ研究を行っている人も少なくない。

多くの発表を聞いていると、私もそろそろ研究活動を始動しなくてはいけないところに来たということが自覚される。研究といっても、引退がそう遠くないの私の場合、講演とか執筆が中心で、大きな研究は共同研究の一部を分担する。でも、若い臨床医に付き合って小規模の研究ぐらいは行なっていこうと思っている。そしてそうこうするうち、気がついたら結構な仕事が溜まっている。

新しい病院でのルーティンワークに少し慣れてきたと思っていたら、こいつ案外使えると思われたようで臨床医の私への要求レベルが上がってきている。「最近(臨床医が)いろいろ言ってきて」とぼやいたら、「そういうのを、頼りにされているっていうのよ」と妻は言う。引退まで、息を潜めてじっとしていようと思っていた当初の目論見は1年で破綻しそうだが、健康で体が言うことをきいてくれているうちは”やる気”を内側から沸き起こし、駆動力に変換して頑張りたい。
お大事に

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セミの目覚めは一斉に

2020年08月27日 | 日々思うこと、考えること
5時ちょっと前、ふと目が覚めたらそれきり眠れなくなった。
おとといのエントリーでの書き間違いを思い出し、勝手に手を入れたが、そんなことしたらいいねボタンを押してくれた人に申し訳ないのではないかと考えだしてしまったのだ。そんなことで私が悩んでいるなんてこと、この世の誰一人気にしてなんかいないだろうと思うと、今度は可笑しくなって、余計に目が覚める。続いて、ブログで日々愚考を読んでいただいているのに、そのことに対する責任感、私はどれほど持っているのか、どれほどの矜持を持って書いているのか、自分の存在とネット上のアバター的に存在する自分との乖離が奇妙に思える。

白みはじめた空を網戸越しにながめていたら、遠くの方でセミが一匹鳴き出した。それが鬨の声であるかのように、ものの30秒もしないうちにセミの大合唱となった。鎌倉じゅうのセミが鳴いているに違いない。

それでも、少しでもともう一度眠ろうと努力するが、今度は哲学のことが頭に浮かんできて、ゴチャゴチャする。考えるのが面倒になって他のことをと思うと、仕事のこと。今日の段取りは、昨日言っていた患者さんの生検はどうするだろう、とか考え始めたら血圧まで上がってきたので、いったん起きて夜明けの空の写真を撮り、また寝床に戻った。今日のエントリーはこの話だなと決め、メモ程度のことをスマホに書きこんでいたら、憑き物が落ちたかの様に心が落ち着いて、いつの間にか眠ってしまっていた。

気がついたらいつもとおなじ時間。あれから45分は眠れた様だ。睡眠の1単位を15分と考えているので、3単位眠ったことになる。昼寝3回分。頭は意外とすっきりしていて、いつも通りに起き出した。血圧もまずまず。二度寝する前に書き留めておいた下書きのタイトルは”夜明けのスキャット”。ルルルーとセミの大合唱では大違いだ。結局平凡なタイトルになってしまった。

今日は暑くなる上、帰りには大雨に注意とのことで、月曜日に持って出て病院に置いてきた傘を持って出たが、遠くに稲光が見えただけだった。置き傘は解消されたのでよしとしよう。

笑顔を忘れずに

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おなじ時間、おなじ電車、ちがうのは仕事だけ?

2020年08月26日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
暑さがぶり返してきた。
ナイトが大好きだったキュウリ、梅雨が明けた後もなかなかいいのが出来ない。作るほうが下手くそというのもあるが、難しいものだ。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大に伴って外出自粛がいわれるようになってからというもの、ほぼ毎日同じ時間で動いている。毎朝、同じ時間に目覚ましをセットして、その1,2分前に目が覚める。顔を洗ってひげをそり、コーヒーを淹れ、水やり。朝食を食べ、妻の作ってくれた弁当の写真ーーーダイエットアプリに載せるためーーーを撮ってから家を出る。
同じ電車の同じ車両に乗ると、どこかで見たような人が必ずいる。
電車の中ではブログを書いたり、本を読んだり、うとうとしたり。気が付いたら病院に着いていて、いつもと同じ時刻にIDカードを打刻する。しょせん私もサラリーマン。
コロナ発生以来、ランダムな仕事が激減した。学会も研究会もリモートで済ませることができる。出張というものが幻の様に思えるが、果たしてどれほど必要なものだったのだろうか。あの新幹線の混雑は一体なんだったのだろう。
今日もたくさん仕事をした。振り返ると、よくあれだけやったものだと思うが、その分、一体いつまでできるのだろうかと不安にもなる。仕事だけは昨日と違ったけど、他はほどんど一緒。
病院の建物を出ると、いつもの古い看板。何十年も前からあるのだろう。でも、日暮れの空の色はずいぶんと暗くなってきた。飲みにいくことはあり得ない。いつもと同じような時間の電車に乗って帰る。
同じ時間、同じ電車、せいぜい違うのは仕事だけ、と思ってしまうけどそうではない。毎日はもちろん違っていて、昨日の私は今日の私ではないし、明日の私は今日の私ではない。花たちだって変化しているから撮り溜めた写真は使えない。

日々、変化していくことができるのだから、せいぜい今日よりもいい人になりたいと思う。
一日お疲れさまでした

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自発的隷従が今日の私の改造マスク

2020年08月25日 | 日々思うこと、考えること
久しぶりに冷房を入れずに窓を開け放したまま眠ったら、優しい風で目を覚ますことができた。鎌倉の朝の気温は26度、湿度は57%。ハイビスカスも心地よさに寝坊したのか慌てて開き出していた。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の新規感染者の増加が鈍化しつつあるらしい。ピークアウトしたと言っている人までいるらしいが、それはさすがに気が早いというものだろうが、明るい兆しが見えてきたのはいいことだ。
同僚の小児科医によれば、こどもに多い手足口病とかヘルパンギーナといった感染症が減っているらしい。大人にしても老人施設におけるノロウイルス感染症のニュースをとんと聞かない。COVID-19の感染拡大鈍化も、徹底した封じ込めが功を奏してきたのかもしれない。”感染拡大に無頓着な人たち”の間で感染が広がり、今後もそういう人たちの間でウイルスのやりとりが行われ、ウイルスはそこに潜んでいくだろうが、そのような人たちと関わらなければ感染する確率は相当下がる。
今日は妻が改造してくれたアベノマスクをつけ出勤。今日のような湿度の日はこの適度な保湿効果がいい。なんといってもスパコン富岳がお墨付きを与えたのだから、もう馬鹿にしてはいけない。
その安倍首相、体調が思わしくないようだ。インタビューに答える姿も元気がない。潰瘍性大腸炎の再発とか、それに関連した疾患でないといいのだが心配だ。同じ朝日には西谷修という哲学者が安倍長期政権を支えた要因の一つに、ラ・ボエシ(1530-1563)という16世紀のフランス人が唱えた”自発的隷従”があると述べている。権力者に忖度し、おもねることで権力を行使する官邸官僚のことをいっていたが、まさしくそうだと思った。換言すれば”虎の威を借る狐”。こういう人、多い。記事ではこのアベノマスクもその一例というように書かれていた。

今回のコロナ騒動でもそんな官僚や業者、学者の姿がうんざりするほど見えたが、それぞれを憶測でここに書くのはやめておいたほうがいいだろう。テレビドラマでいったら『半沢直樹』にでてくるタスクフォースのような人か。気をつけなくてはいけないのは、彼らには彼らなりの大義があるということ。批判するのは簡単だが、彼らの言い分を聞く必要もある。問題は彼らが無記名の存在としてそういう場に出てこないということ、後ろめたいのか洗いざらい正直に話してくれないということだ。

今日のような穏やかな天気が続くといいが、そうそう簡単にはいかない。というよりも、年中こんなハワイのようないい天気が続いてしまっては有り難みも薄れてしまうというものだ。この気持ちのいい日を大切に心身をリフレッシュして明日からまた元気に過ごしたい。
もうすぐ本格的な秋、マスクの様態も日々変わっていく。秋といえば秋刀魚だが、一匹千円とは。これまで獲り過ぎてきたツケでなければいいのだが。ニシンの二の舞にならないことを祈る。
今週は仕事が詰まっていて、悩みも多いが思いつめることなく、気楽にやっていけばいつの間にか終わるだろう。
あれこれ雑感

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周りはみんな中国製という時代

2020年08月24日 | 日本のこと、世界のこと
昨日娘が残暑見舞いといってプレゼントをくれた。
箱の裏を見るとMADE IN CHINAと書いてある。
中国製電化製品の特徴と思っている極端にピッタリした開けにくい蓋をとるとこんなものが入っていた。
リモート会議用のヘッドフォンかと思ったら、ネッククーラー(首にかける送風機)だった。
土曜日に床屋に行くときに私が首に巻いていたガーゼマフラーがあまりにショボくてかわいそうだと思ったからということだった。
街中で若い人などが使っているのをみて、見た目今ひとつ、と思っていたのだが、娘がとくに何も言わずにプレゼントしてくれたのだから、少なくともシワシワのガーゼマフラーよりはよほどいいものなのだろうし、見た目を気にする必要もなさそうだ。
顔周りに空気の流れができて、コロナ除けにもいい。
ただし、自分が感染している場合周りに撒き散らすことになるので、残念ながらマスクの代わりにはならない。
それにしても、身の回りは中国製のものばかりだ。
ネッククーラーは韓国の会社が中国で作っているし、今使っているワイヤレスイヤホンももちろん中国製。
もちろん例の開けにくい箱に入っていた。
毎日携行している保温性のとてもよい水筒もそうだ。
日本製品といえば父の形見のSEIKOのみ。
中国製品が身の回りに溢れるようになったのは今に始まった事ではないのはよくわかっている。
それより、今の若い人たちはがこうやって中国製品に囲まれ、それが当たり前だと思うようになっていることに気がついたのだ。
悪いことではないが、こういうのが日本のお家芸だったということを若い人が知らなくなっているのかと思うと寂しくなる。

これらの製品、レベルはもうほとんど世界標準レベルだということを考えると、そのなかからオリジナルの名前を持った本当の世界企業がそう遠くない将来うまれてくるだろう。
もはや脅威とかそんなものじゃなく、どう追随していくかということになるのだろう。
医学の世界でもそう

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久しぶりのおしめりと龍の雲

2020年08月23日 | 日々思うこと、考えること
夕方空を見上げたら龍の姿。縁起がいい(そのわけは文末に)。

今朝は曇りだったが、昼過ぎには1時間ほど大雨。
連日朝晩水やりしていたが、今日は朝だけ。
梅雨明けから外に出したウンベラータ。3週間ほどでほぼ全ての葉っぱが入れ代わった。
医局に置いていたゴムの木。元気がなく、葉っぱの表面から液が垂れ、葉の色も優れず、おまけにカイガラムシまでついてしまった。見かねて家に連れ帰って木全体に水をたっぷりかけていたら1週間で復活。3週間目で新芽が出てきた。
リュウゼツランも1週間ほど外に出していたら、新芽が出てきた。このまま大きく育てたい。

梅雨明けからの熱帯のような暑さと湿度は観葉植物たちにはちょうど良かったみたい。
さあ、明日から気温が下がってしのぎやすくなるらしい。仕事、頑張ろう。
先週もいろいろあった

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トップの画像、私がみた龍はこんな感じ。いかがでしょうか、下手ですみません。






私の願いと床屋の解釈のズレ

2020年08月22日 | 日々思うこと、考えること
もうすぐ60歳という、髪の毛が少々薄くなってしまったアラカンオヤジの髪型なんて誰も気にしないだろうが、本人にとってはそれなりに大事なことだ。床屋ならそれぐらいわかってくれていてもいいだろうにと、あっという間にサッパリした髪型になった頭を見て、それほど若くもない、フェイスシールドをした理容師の顔が恨めしく思えた。

気が付いた時には、吉川晃司のようにもみえるかと思ったのだが、眼鏡をかけてからてるてる坊主の上に乗った顔を見ると、吉川晃司どころか、つい15分前のコロ健とも似ても似つかぬものとなっていた。もちろん、そう感じるのは本人だけで、その兄ちゃんからしてみたら、褒められこそすれ、ガッカリされるなどとは思ってもいなかったろう。

東京まで行く時間をケチって、逗子の床屋に行くという、いつもの床屋を裏切るということをしたのが悪かったのだろう。東京の床屋は予約が必要な、美容院のようなところだが、髪の毛の希望の長さ、量など、適当な塩梅をわかっている理容師がいる。だけど、今日は自分の注文通りのはずだったのだが、思っていたのとは似ても似つかぬ髪型となってしまった。解釈の違いとは恐ろしいものだ。「こうしてほしいってことでしたよね」と強い口調で念を押されて、「はい」と答えるのが精一杯。相手は刃物を持っていると考えると何にも言えなくなる。

私の願いと床屋の解釈頑張ってズレてしまったことにいつまでもくよくよしていても始まらないから、今度髪の毛を切る時はまたいつもの床屋に予約を入れてからいくようにする。
あと2ヶ月ほど待つか

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久しぶりの新幹線で京都へ

2020年08月21日 | 日々思うこと、考えること
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が収まったのちにまず乗るとしたら、学会とか研究会といった仕事関連でだろうと思っていたのだが、まさかこんな形で新幹線に乗ることになるとは思わなかった。

父の49日を先日終えたばかりだが、今度は、何の持病もなく元気だった京都に住む叔母がまだ80前というのに急に亡くなった。その葬儀に妻と出席するにあたり新幹線を使うことになった。

新幹線、聞いてはいたものの、車内はガラガラ。行きは2人がけの指定席を取ったが、帰りには3列並びの2席ならゆったり座れるだろうと窓口の人に希望したら、「前後もスカスカですよ」という席を取ってくれた。前に立ち寄った時には買うのに苦労した駅ナカの土産物店も客よりも売り子の方が多いほどだった。

葬儀の後、今回唯一の観光となった、久しぶりー私は40年、妻は初めてーに訪れた世界遺産の平等院も人はまばら。もっとも、気温39度、体感47度で、誰もが歩けるような状況ではなかったが。

これが10年、20年と時間をかけて起ったというのならばまだしも、わずか数ヶ月のうちに起きた変化だということを目の当たりにすると、状況は深刻なものだということがわかった。
GoToもやむなしか

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いいね、とダメじゃん

2020年08月20日 | 日々思うこと、考えること
娘に注意される私の口癖に、”ダメじゃん”がある。
試験勉強をしている時、取り組んでいる内容について(ある程度)意地の悪い質問をした時、自動車を運転している時、(このブログを始めるきっかけとなった)料理をしている時、この間など、一緒にゲームをやっている時にまで、期待したような結果や返答が無い時に、”ダメじゃん”といってしまうのだ。
娘には、その都度「どうして、人を否定する言葉からはいるの?」といわれる。

私だってわかっているのだから、いちいち言わなくたっていいじゃない、ということだ。私としてはそうことを看過すると癖になって後々大きなツケが回ってくるからと思っているのだが、ものは言いようということだ。「ここはこうしたらいいんじゃない?」とでもいったらいいのだろうが、本質的に同じことを言っているので、あまりいい方法とは言えない。では、どうしたらいいのだろう。

gooブログにも、フェイスブックにもツイッターにもある、”いいね”から入るのがいいのだと気がついた。自分のために作ってもらった料理を食べる時はまず、”おいしいね”と言う。それから、気がついたことを言うので、結果として言いたいことは伝わるはずだ。モデルさんの写真撮影で、カメラマンが”いいね、いいね”と言っている姿を、大昔に何かのテレビ番組で見たことがある。

”気がついた”というのは、少々不正確で、”人のことを注意する時は、まず褒め言葉から”なんていうのが常識だなんてことはよく知っていたのに、これが娘相手にだとつい出てしまっていただけかもしれない。甘えていたのだろうか。親しき仲にも礼儀あり、まずは家族に対して失礼のないようにしていなければ外でだってうまくやっていくことはできない。
自分だってされたら嫌でしょ

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病理医のコクピット

2020年08月19日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
医者の仕事場というのは知られているようであまり知られていない。患者さんのプライバシーの問題があるので、それは当然のことだ。だから、総合病院の場合なら、受付と外来の診察室まででバックヤードのことはあまりわからない。これは開業医の場合でも同じ。処置を受けたり手術をされたりする場合、ちょっとの間目が覚めていて、せいぜいなんとなくわかる程度。テレビドラマなどで病院の慌ただしい雰囲気は伝わってくるが、それはあくまでも作ったものだ。
これが、病理となると知っている人はほとんどいない。一時期、病理医を主人公にしたリアルなテレビドラマがあって、いよいよ病理も日の目をみるときがきたかと期待したが、ヒロインの女優さんがおめでたで、続編は作られず、それきりとなってしまった(漫画の方は続いているらしい)。結構視聴率も良かったので期待していたのだけど残念。その後、病理志望者が増えたという噂も聞かない。
さて、そんなわけで、病理医の部屋などどなたも知らないと思うのでちょっと公開。といっても、コロ健は一人病理医なので大学病院とかそれこそ岸先生の勤務先である壮望会第一総合病院のように複数の病理医がいる大病院とは違う。そのような場面をご覧になりたい方はネットで”〇〇大学医学部病理学教室”などと検索してください。7、8人で顕微鏡を覗いているような画像が案外たくさん出てくると思います。
さて、これが一人病理医コロ健の仕事場、いわばコクピット。窓はついていないが顕微鏡のレンズの奥には無限とも思える世界が広がっている。
正面左にあるのが我が愛機(顕微鏡)。上にくっついているのは写真撮影装置。どちらも年季が入っていて、私が赴任するずっと前からある。正面のモニターが診断入力画面。右手前に電子カルテがある。あとは、プリンターとPCと標本を置く棚とか。どれも一応私が手を伸ばせば届く範囲内にある。参考図書を並べている書棚はこの反対側にあり、使うのだけ、右のちょっと低い机に広げる。こうして眺めてみると、なかなか機能的でよくまとまっている。同じぐらいの広さの部屋を仕切って7、8人で仕事している職場もあるから、このご時世、密とは無縁であることは恵まれているといえる。

この椅子に座って、日がな一日、顕微鏡にしがみついている。私のような一人病理医は取り敢えず、なんでも自分一人でやらなきゃいけない、責任重大、命がけ、なんて思っていたが、実はそれは大間違いだったことに最近気がついた。なんだも知っている、なんてことはあるわけなくて、常に第三者の意見を聞くべきなのだ。本来なら、二人以上の意見を突き合わせてやっていかなくてはならない。少なくとも不安に感じる症例がある時は、面倒くさがらずにセカンドオピニオンを求める癖を持ちたい、いや、求めなくてはいけないのだ。まあ、一人病理医といっても、一人でやっている開業医と同じようなものと考えたらそれほど苦にもならない。

常に同じ緊張感を維持しながら仕事をするのは難しいけれど、病理診断がその人にとっての最終診断であるということを忘れることなく、出来る限りその努力をしていこうと、今日もこの部屋で自分を鼓舞する。
謙虚であれ

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梅雨が明けてからの花と野菜のようす

2020年08月18日 | ガーデニング・菜園・花・緑
暑い日が続く。おとといは浜松で41度とか。風の強い厳しい気候のところとは聞いていたが、猛暑もあったとは。最高気温争いの伏兵現る。

今朝は薄曇り。窓を開けたら爽やかな風、に吹いて欲しいところだが、太平洋高気圧はそこそこの湿度も運んでくる。それでも今朝は直射日光がないだけ穏やかに明けた。コーヒーを入れている間にベランダの花や野菜に水をやりながらそれぞれの様子をチェックするが、梅雨が明けて以来というもの、暑さに負けることもなくどれも調子がいい。

今日はこのままお花と野菜のことを。

妻の誕生日のお祝いに買ったハイビスカスの鉢植え。梅雨の間、ついに花が全く咲かなくなってしまったが、復活した。ここのところ毎日1、2輪、多い時には4、5輪は咲いている。

ケイトウ、トウガラシをメインにした夏の寄せ植え。コキアが赤くなるまで楽しめるようにと作ってみた。コキアがいい形になったら、病理診断科の部屋で使ってみようか。トウガラシがよく広がるようにと、ケイトウの葉を落としておいたがの良かったように思う。

ハンギングが余っていたので、初挑戦。前に1度作った時は土の入れ方が悪かったようで、あっという間に枯らしてしまったが、今回は例の椰子ファイバーでしっかり囲い、土をしっかりいれた。水やりも欠かさず、今のところ元気。ハンギングが作れるとちょっと上手になった気がして、ささやかながら嬉しい。
トマトとナスは、少しお休みに入っているが、代わりに鈴なりになっているのがピーマン。コンテナ野菜は、妻の指示通りにやってきたので自慢できるようなことはないが、いいタイミングで収穫できたらと、日々大きさの変化に目を凝らしている。
園芸好きのお向かいさんから譲ってもらったオクラもよく育っている。私が育てたのは、梅雨で全部ダメになったが、梅雨明けから育てても良かったように思う。
今日の収穫は、ピーマン、パプリカ、オクラ2本。
庭も夕方の水やりも妻頼みだが、私なりに水を切らさないよう気をつけていきたい。
ささやかに日々楽しく

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そのうちマスクも下着に分類される!?

2020年08月17日 | 自然災害・事故・感染症
今日も朝から暑い。
ひと月前に毎日書いていた”雨”の文字を”暑”の時に置き換えているだけだが、雨よりはマシ、と思っていた。
ところがそれも先週までで、おととい昨日あたりから、軽度ながら頭痛を伴うようになって、熱中症になる閾値がぐっと下がっているような気がする。
”暑”の字を見るのもうんざりしてきたが、はたしてこの暑さ、あとどのぐらい続くのだろうか。
いつもお彼岸までの辛抱と思っているが、そうするとあとひと月半、それまで体がもつか心配だ。
皆様も熱中症にはお気を付けください。

今日から休暇明けの人が多いようで、電車は混んでいる。ほとんどの人がマスクをつけているが、苦しそうにしている人もちらほら見かける。かくいう私も我慢強さが足りないのだろう、苦しくなってなんどもマスクを引っ張っては、新鮮な空気を吸い込んでいる。
暑いうえにマスクをつけるなんてとても尋常な仕儀ではないが今の時代、仕方ない。
暑くて頭がぼーっとしていて、一体自分はなんのためにマスクをつけているのかわからなくなってしまう時もあるが、新型コロナウイルス(COVID-19)の本態がつかめないでいる現状では、わけなんてどうでもいい、現代人にとってはマストアイテムなのだ。

最近では、マスクも様々な色、デザインがある。
レースのついたオシャレなものも増えた。
妻も、そんなのを作って、娘もそれを使っている。
私は、地味な色合いのありふれた布地のものを使っているが、まあ、そんなものだろうと思っている。
面積を広くした改良アベノマスクも時々使っている。
新しい生活様式では、マスクで口という身体の外表に開いている器官を覆うことが前提となり、顔の下半分というのが、”見知らぬ人から隠すべき部位”の一つとなった。

外表に開いている器官というと、目、鼻、耳、消化管、泌尿生殖器だ。
後二者は尻のあたりに集中しているから下着一枚で十分守ることができた。
女性の場合、前胸部も下着で覆う。
この生活様式は始まったばかりだが、今後これが当たり前となっていくと、顔の下半分を露出することが恥ずかしいことになっていくかもしれない。
その時、マスクはパンツ、ブラジャーと並ぶ”下着”になり、もっとおしゃれなものが増えていくのか。
まあ、使い捨てパンツがあるのだから。

近い将来、”重症化させないぐらい”の効果はあるワクチンができて、かつてのような生活が戻ってくるだろう。
そうなると、あまりマスクにお金をかけても無駄になるだろう。
私の場合、花粉症があるのでマスクそのものを使わなくなることはならないだろう
マスクなしなんて

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