9月の国際学会、演題が2つある。このうちの一つが、私が専門としている領域における「腫瘍性疾患/非腫瘍性疾患診断における電子顕微鏡の有用性について」というものだ。
今日は、鎌倉花火大会の日だがさすがに準備が間に合っていない。
で、まずはたたき台のたたき台として、総論的なことを書き出したので、ここに上げておく。このことを基調にして発表を作っていこうと思っている。
私の普段の電顕室での仕事については、
『電顕室の暗闇の中で』と題して先日書いたので、そちらを参照願いたい。
18世紀にイタリアのMorgagniが病理解剖を行い、肉眼レベルの病理学がはじまった。19世紀の終わりにはVirchowが病理学に顕微鏡を導入して、組織・細胞レベルでの病理学が生まれ、病理組織学的形態診断は医療の根幹をなすものの一つとなっている。
電子顕微鏡は1950年代から病理学における重要なツールとして用いられるようになっている。今日、病理診断を行う際に電子顕微鏡所見を用いることは一般的なこととなっている。光学顕微鏡(光顕)と電子顕微鏡(電顕)の違いはその分解能であり、光学顕微鏡がミクロ単位とすれば、電子顕微鏡はナノ単位の世界である。
病理診断は肉眼所見、光顕所見を主として診断する。これを補助するものとして免疫染色、遺伝子診断、電顕検索などが加わる。このうち、免疫染色は光顕検索用に作製した切片を用いて蛋白の発現を検討して病変の特性をみるのみならず、治療薬の選択まで行えるようになってきた。また、遺伝子診断でも病変における遺伝子異常の有無を検討して病気を確定し、同様に治療薬の選択を行うことができる。免疫染色と遺伝子診断の技術革新とその有用性の拡大はめざましく、今日電顕検索の有用性は乏しくなってきた。
私が病理医になった頃は、「(代表的染色である)HE染色標本がすべて」というようにいわれていて、“神の目”をもった病理医による診断というのがあったのだが、免疫染色というツールの開発とその進歩は、“神の目”の神通力を低下させ、さらには遺伝子診断によるバンドを出せる若手医師やコメディカルスタッフの技術のほうが有意義であると錯覚されられることもある。
電顕診断にはいくつかの目的があるが、ここでは代表的な二つをあげる。一つは悪性腫瘍の質的診断であり、これは腫瘍に含まれる数個の細胞を観察検討してその腫瘍細胞の性格を決定する。もう一つは、臓器の一部を拡大してその臓器の機能を検討することである。
(1)腫瘍性疾患、とくに悪性腫瘍の診断
未分化な腫瘍の鑑別診断に電顕検索は有用で、上皮性腫瘍(癌腫)か非上皮性腫瘍(肉腫)かの鑑別に用いていた。上皮性腫瘍(癌腫)であれば、腺癌か扁平上皮癌か、非上皮性腫瘍(肉腫)であれば、小円形細胞腫瘍、紡錘形細胞腫瘍、その他の肉腫との鑑別に用いる。
癌腫を示唆する所見;デスモゾーム、トノフィラメント、基底膜、microvilliを有する細胞質内嚢胞、分泌顆粒。デスモゾーム様接着装置、基底膜は肉腫にも見られる。
小円形細胞腫瘍は形態学的に特徴の乏しい腫瘍で、しばしば診断に難渋した。
小円形細胞腫瘍の電顕的特徴として、Ewing/PNET腫瘍群;グリコーゲン顆粒、デスモゾーム様接着装置。横紋筋肉腫;グリコーゲン顆粒、基底膜、Z帯を有する細線維。神経芽腫;神経分泌顆粒、マイクロトゥブルスなどがあった。一方、特徴的な細胞質内物質としてはAlveolar soft part sarcomaの結晶状物質、Langerhans cell histiocytosisのBirbeck顆粒、悪性ラブドイド腫瘍の中間径線維などがある。
これらのうち、Ewing/PNET腫瘍群ではCD99が陽性となることが明らかになって以来、免疫染色による診断が確定診断となり、さらには融合遺伝子の検出が容易となって、電顕による検索はほとんど行われなくなった。横紋筋肉腫も同様で、光顕でもある程度診断が可能であったが、免疫染色による診断、遺伝子解析による診断が予後を推定する上でも必須のものとなっている。小児で多い神経芽腫の診断でも同様である。
(2)非腫瘍性疾患の診断
非腫瘍性疾患のうちで電顕検索が有用なのは、先天性代謝異常症(Tay-Sachs病、Fabry病、Hurler病、Gaucher病、Niemann-Pick病など)で特徴のある構造物がライソゾーム内に認められる。ついで、ウイルス感染症の証拠としてのウイルス粒子の確認にも用いられる。
これらの疾患については病因が明らかとなり、遺伝子検査による診断が確定される。
また、細胞の構造、細胞間物質の観察も組織診断上役立つことは少なくない。
腎生検をおこなった糸球体の電顕的観察により、糸球体毛細血管基底膜、足細胞やメサンギウム細胞・基質の変化、高電子密度物質の沈着の状況を詳細に検討することが病理診断上必要となっており、今日でもその有用性は変わらない。
近年の免疫組織化学、遺伝子診断の進歩により病理診断における電子顕微鏡診断の有用性は著しく低下したが、形態学的診断の価値が失われることはない。いまだ、分類不能な腫瘍はあり、そのような病変の診断に際しては、電顕による詳細な形態学的診断意義は重要であり、あたらしい疾患概念として提出する際には電顕所見をあわせて行うことにもなる。
というところまで来て、自分の今度の発表のポイントがわかったのだが、とてつもなく大変だということもわかった。
うーん。