こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

私は私であって私ではない

2013年07月26日 | 電脳化社会
このブログ、「こんな気持ちでいられたら」、略して「こんきも」、結構、いいタイトルだと思って気に入っている。

だけど、このブログに書き表している私の言葉、気持ち、というのは果たして本当の私のものだろうか。

本当の私、というものを定義するのは難しい。
つい先日、『ブログの中の私』と題した記事を書いて、こんきもと私の位置関係について考えたが、本当の私というのが、どこにいるのかよくわからなくなってしまった。

(ブログの中で語っている)私、すなわちコロ健。

(ブログを実際に書いている)私。

今の私。

このブログが誰かの目に触れている時の私。

いろいろな私がいて、それらは決して重なり合うことはないのではないか。

コロ健という存在が、時空を超えて連続的に同一のものであるのか、それとも一瞬一瞬で切り離されているものなのか、何もわからない。

わからないことがあるからわからないと認めるか、わからないことはない(はずだ)からわかるまで考えるか。

考えてみると、実に興味深い。
そして、きりがない。

さようならランキング

2013年07月25日 | 電脳化社会
昨日のブログで触れたが、やはりランキングへの参加を止める。
さかのぼってみると、ランキングに初めて参加したのは2011年6月17日らしく、『人気ブログランキング』と『にほんブログ村』のバナーが貼ってある。
それ以来、医者ブログ、悩み苦しみ迷いブログ、40歳代、エッセイ/随筆などのジャンルに登録してきた。
そもそもは、この『gooブログ』の『アクセス状況』というのが気になってランキングというものに参加した。
その辺りの経緯はこれまで2度ほど考えている。
2012年02月20日の『ネットワーク依存症 4・・・ ブログとランキング』という記事のなかで、「私自身がこのネットワーク依存症(とまではいえない状態であることを祈るが)を離脱するには、まずは、この゛ランキング゛から自由になることも大事なことだと思う。
さて、どうするか?

明日から、少しずつ、依存症からの離脱を試みてみたい。」と嘆息している。
だが、ダメだった。

私は依存症体質なのかも知れないと恐ろしくなる。
タバコ、パチンコ・パチスロ、漫画。
あちらも商売だから、なんとかして金を遣わせようとする。
そして、多くの無垢の人が嵌められる。
そして、私もその一人だった。どれもなんとか離脱して、いまではとらわれることはないが、そうなるまでには苦労した。
そして、いまではランキングにからめ取られようとしている。

次はそれから1年後の2013年03月24日『ブログランキングへの参加』という記事でも、「ランキングがブログを書く目的となってしまわないように、気をつけていなければいけない。」といっている。

そもそもブログを書く目的は何だったのか?そして、なぜブログでなければいけなかったのか。
私の考えに共感してくれる人、さらにおこがましく言えば、私の考えを読んで、「世の中には、こんな奴もいるのか」と、少し考えてくれる人がいればいいかと思って書いている。
少しでも多くの人に共感してもらおうと思って、宣伝になると思って参加したが、日々いつの間にか、順位が気になってしまっていた。

これでは主客転倒である。
そういうことで、今日からランキングに参加するのはやめることにした。
ただ、それぞれからこんきもへアクセスしてくださっている方もいると思うので、それぞれから姿を消すことはしないでおく。
まあ、また復帰したくなる時が来るかもしれないし。

心の変化が文章に

2013年07月24日 | 日々思うこと、考えること
昨日、某科のDr.と、このブログの話をした。彼には、無理矢理読んでもらっていて、たまに感想など聞いている。
最近、ちょっと変なんだよね。というようなことを話したら、彼も気がついていて、「やっぱりそうですか、なんだか、変わりましたよね」と言われた。


“良くなった”とか“悪くなった”とかいう問題ではなく、私の中でこの『こんきも』への思いが変容したのだ。
2011年10月に1,000日回峰にあやかって、1,000日連続投稿をすることを決意し、先日達成した。
そして、その翌日書かなかった。
それまでの、緊張感は消失し、気持ちは自由だ。
このことについては、すでに10日ほど前に一度考察しているが、このことについて人と話したのは初めてだ。
1,000日連続投稿の日を境に、私のこのブログへの思いが変わったということはわかるのだが、どう変わったのかは、はっきりと形容できないでいる。

自分の心がどのように変化したのかはわからないが、自分の中ではなんとなく心が軟らかくなったように思える。

心境の変化が文章に現れるとは思っていなかったが、いざそういわれると、そんなものだと納得するが、少々驚く。

蛇足となるが、ブログランキングからも自由になりたいのだが、まだ、そこそこのところにいるのが災いして、なかなか抜けられないでいる。
ある時点で、決心が必要だろう。

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超微形態学的診断に関する総論的事項

2013年07月23日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
9月の国際学会、演題が2つある。このうちの一つが、私が専門としている領域における「腫瘍性疾患/非腫瘍性疾患診断における電子顕微鏡の有用性について」というものだ。
今日は、鎌倉花火大会の日だがさすがに準備が間に合っていない。
で、まずはたたき台のたたき台として、総論的なことを書き出したので、ここに上げておく。このことを基調にして発表を作っていこうと思っている。
私の普段の電顕室での仕事については、『電顕室の暗闇の中で』と題して先日書いたので、そちらを参照願いたい。

18世紀にイタリアのMorgagniが病理解剖を行い、肉眼レベルの病理学がはじまった。19世紀の終わりにはVirchowが病理学に顕微鏡を導入して、組織・細胞レベルでの病理学が生まれ、病理組織学的形態診断は医療の根幹をなすものの一つとなっている。
電子顕微鏡は1950年代から病理学における重要なツールとして用いられるようになっている。今日、病理診断を行う際に電子顕微鏡所見を用いることは一般的なこととなっている。光学顕微鏡(光顕)と電子顕微鏡(電顕)の違いはその分解能であり、光学顕微鏡がミクロ単位とすれば、電子顕微鏡はナノ単位の世界である。
病理診断は肉眼所見、光顕所見を主として診断する。これを補助するものとして免疫染色、遺伝子診断、電顕検索などが加わる。このうち、免疫染色は光顕検索用に作製した切片を用いて蛋白の発現を検討して病変の特性をみるのみならず、治療薬の選択まで行えるようになってきた。また、遺伝子診断でも病変における遺伝子異常の有無を検討して病気を確定し、同様に治療薬の選択を行うことができる。免疫染色と遺伝子診断の技術革新とその有用性の拡大はめざましく、今日電顕検索の有用性は乏しくなってきた。

私が病理医になった頃は、「(代表的染色である)HE染色標本がすべて」というようにいわれていて、“神の目”をもった病理医による診断というのがあったのだが、免疫染色というツールの開発とその進歩は、“神の目”の神通力を低下させ、さらには遺伝子診断によるバンドを出せる若手医師やコメディカルスタッフの技術のほうが有意義であると錯覚されられることもある。
電顕診断にはいくつかの目的があるが、ここでは代表的な二つをあげる。一つは悪性腫瘍の質的診断であり、これは腫瘍に含まれる数個の細胞を観察検討してその腫瘍細胞の性格を決定する。もう一つは、臓器の一部を拡大してその臓器の機能を検討することである。

(1)腫瘍性疾患、とくに悪性腫瘍の診断
未分化な腫瘍の鑑別診断に電顕検索は有用で、上皮性腫瘍(癌腫)か非上皮性腫瘍(肉腫)かの鑑別に用いていた。上皮性腫瘍(癌腫)であれば、腺癌か扁平上皮癌か、非上皮性腫瘍(肉腫)であれば、小円形細胞腫瘍、紡錘形細胞腫瘍、その他の肉腫との鑑別に用いる。
癌腫を示唆する所見;デスモゾーム、トノフィラメント、基底膜、microvilliを有する細胞質内嚢胞、分泌顆粒。デスモゾーム様接着装置、基底膜は肉腫にも見られる。
小円形細胞腫瘍は形態学的に特徴の乏しい腫瘍で、しばしば診断に難渋した。
小円形細胞腫瘍の電顕的特徴として、Ewing/PNET腫瘍群;グリコーゲン顆粒、デスモゾーム様接着装置。横紋筋肉腫;グリコーゲン顆粒、基底膜、Z帯を有する細線維。神経芽腫;神経分泌顆粒、マイクロトゥブルスなどがあった。一方、特徴的な細胞質内物質としてはAlveolar soft part sarcomaの結晶状物質、Langerhans cell histiocytosisのBirbeck顆粒、悪性ラブドイド腫瘍の中間径線維などがある。
これらのうち、Ewing/PNET腫瘍群ではCD99が陽性となることが明らかになって以来、免疫染色による診断が確定診断となり、さらには融合遺伝子の検出が容易となって、電顕による検索はほとんど行われなくなった。横紋筋肉腫も同様で、光顕でもある程度診断が可能であったが、免疫染色による診断、遺伝子解析による診断が予後を推定する上でも必須のものとなっている。小児で多い神経芽腫の診断でも同様である。

(2)非腫瘍性疾患の診断
非腫瘍性疾患のうちで電顕検索が有用なのは、先天性代謝異常症(Tay-Sachs病、Fabry病、Hurler病、Gaucher病、Niemann-Pick病など)で特徴のある構造物がライソゾーム内に認められる。ついで、ウイルス感染症の証拠としてのウイルス粒子の確認にも用いられる。
これらの疾患については病因が明らかとなり、遺伝子検査による診断が確定される。
また、細胞の構造、細胞間物質の観察も組織診断上役立つことは少なくない。
腎生検をおこなった糸球体の電顕的観察により、糸球体毛細血管基底膜、足細胞やメサンギウム細胞・基質の変化、高電子密度物質の沈着の状況を詳細に検討することが病理診断上必要となっており、今日でもその有用性は変わらない。

近年の免疫組織化学、遺伝子診断の進歩により病理診断における電子顕微鏡診断の有用性は著しく低下したが、形態学的診断の価値が失われることはない。いまだ、分類不能な腫瘍はあり、そのような病変の診断に際しては、電顕による詳細な形態学的診断意義は重要であり、あたらしい疾患概念として提出する際には電顕所見をあわせて行うことにもなる。

というところまで来て、自分の今度の発表のポイントがわかったのだが、とてつもなく大変だということもわかった。

うーん。
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まるで蒸し風呂

2013年07月22日 | 通勤・交通・旅行
病院を出たとたん、体中に水滴がまとわりついてきた。
小雨が降っていたので傘を取りに医局に戻る。歩きをあきらめてバスにしようかと、バス停を見やったらら、丁度いってしまったところだった。

夜なので、次のバスまでは10分以上待たなくてはならない。
仕方なくいつもの道を歩くことにした。
だが、あたりは蒸し風呂のようで息苦しささえ感じる。
気温は30度ほどだろうが、湿度はいったいどれくらいなのだろう。

なんで私はこんなところをこうして歩いているのだろうと、唐突に思う。
ひとけの少ない夜の住宅街。宅急便の車が目の前を横切っていく。

これから一時間以上かけて、家に帰るのが億劫に感じられ、足が止まりかける。
雨はなかなかやまないが、月が遠くで顔を覗かせつつある。
駅まで半分を越えたところで、さっきの宅急便がやってきた。どこかの家に配達をしてきたのだろう。その間、私はひたすら歩いていた。



すでに汗だく。
首まわりが気持ち悪い。

歩くうちに雨は止んだ。もはや傘は不要だが、帰りの電車で忘れないようにしなくてはいけない。予報では明日も雨。今からうんざりする。

駅にたどり着いたら、後ろから、一本後のバスが追いついてきた。

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あの人たちと私

2013年07月21日 | 日々思うこと、考えること
参議院選挙が終わった。
選挙速報は、自由民主党の圧勝を報じている。
いよいよねじれが解消されて、長く続いた政治体制に戻る。この先日本はどうなっていくのだろう。

ところで、候補者の年齢が50前後と、私と同じ世代となってきた。
私のちょっと上の先輩、同い年、ちょっと下の後輩、といった年の人たちが政治家として人生をかけて打って出ているのをみると、複雑な気分になる。

自分もそうしなくては、という気持ちもするし、やっぱりあの人たちのようにはなれない、という気持ちもする。

いずれにせよ、グローバル化の世界の潮流に乗り遅れることのない、良識ある人たちによって、より暮らしやすい日本を実現してほしいと、心から願う。

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今日はお休み

2013年07月20日 | 日々思うこと、考えること
朝からアキバで研究会。
9時から始まり、外の青空など知らずにあっという間に昼休み。
ブログの写真を撮ろうと、少しだけ、外を歩いてみる。
おぉ、これがAKBかと一枚パチリ。

午後もみっちり勉強し、終わってみれば、駅前に総理がくるというので日の丸を配っている。
明日は参議院選挙。

だが、今日は50歳になる記念の同窓会を開こうという、高校の打ち合わせが渋谷である。
研究会の後まっすぐ移動。

ハチ公前も、選挙の最後のお願いで、なんだか異様な人の波。
駅前のスクランブル交差点が渡れない、というか、近づけない。

遠まわりして打ち合わせの店に。だが、東横線が地下に潜ってしまったので、すんなりいけずに、参った。

結局、ただの飲み会となり、決まったのは、10月頃にやろうというだけ。

それでもなんとか、鎌倉にたどり着いた。
というわけで今日のこんきもはこれでおしまい。
あれこれ考える暇などなく、お休みします。

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ど根性ひまわり

2013年07月19日 | 通勤・交通・旅行


 通勤(ウォーキング)の途中、とある豪邸の前にそのひまわりはすっくと生えていた。
 今週まで気がつかないでいたが、それは電柱の横に当たり前のように立っていたからか。


 一時期、道路の際から生えている“ど根性大根”がブームになったのを思い出した。

さしずめこの子は“ど根性ひまわり”

 この壁の上には畑があって、毎年、その横にはひまわりが並んで生えている。さしずめその種が下の道路にこぼれて生えたのだろう。

 ど根性大根は、道路からにょっきり白い大根が出てくるのでインパクトがあるが、犬の屎尿にも負けずに電柱の横に唐突にこんな風にひまわりが生えているのも驚きである。

 自分の人生をこのひまわりになぞらえるつもりはさらさらないが、せっかくの花である、咲いている間、心ない人が抜いたりしないように願うばかりだ。

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予想外の青空

2013年07月18日 | 通勤・交通・旅行
朝、汗だくになって医局に入ったら、私の姿を見て驚いた秘書さんに
「予想外の青空で、先生、大変だったでしょう」と、同情されてしまった。
昨日、一昨日と気温が上がらず、猛暑も一段落というところだったのだけど、昨夜来の雨で湿度は高く、朝起きた時はまだ、ぱらぱら雨が降っていた。
念のため、傘を持って仕事に出かけた。
ところが、多摩川を越えた辺りで、車窓から日射しが見える。

「あれ?こんなに早く晴れるのか?」

いつもの駅を降りたら、薄曇り。ところどころで青空が顔をのぞかせている。

「やられた」

今日、下着の替えは用意してあったが、雨と思って帽子は持ってこなかった。通勤バッグ軽量化を目指すコロ健(2012年11月04日「カバンの中身」)としては、焼け石に水とはいえ、要らないものは少しでも減らしたい。うっかりして、タオルハンカチも忘れてしまって、普通のハンカチ一枚しか持っていなかった。

熱中症対策にと駅前のコンビニで飲み物を1本購入してから、歩き始めた。
雲が遮る太陽は、輪郭がはっきり見えて、雲がかかっていようが冬の太陽よりも数倍光線は強そう。そして、比較的強い風は雲を追いやってしまう。
神社の石段の下まで来たら、再び青空。直射日光にさらされるようになってしまった。

石段を上がったら、鎮守の森の木陰がくっきり。
ここまで上がると、息も上がっていて、一気に汗が出始める。病院まで15分。
少々恥ずかしかったが、持って出た雨傘をさしたりもした。
そんなことも焼け石に水、結局、医局にたどり着いたら汗だくとなってしまった。
まったく、予想外の青空だった。

延々と終わらない仕事に区切りをつけて切り上げ、後片付けをして病院をでたら、猛烈な湿度と気温。これから向かう方には稲妻が光っている。さらに強風。
風に乗って雨粒が飛んできた。
だが、もう歩き始めている。今更、病院に傘を取りに戻るのも億劫だ。
結局そのまま駅まで急ぎ足で歩いたら、雨には降られずに済んだが、朝同様に汗だくになってしまった。

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みんなで昼ご飯

2013年07月17日 | 日々思うこと、考えること
基本的に昼間仕事をする職種に就いている人間にとって、昼食は大変重要な意味を持つ。
重要な点を3つに絞れば、
1)栄養補給
2)気分転換
3)職場内のコミュニケーションの場

1)は当たり前のことなので、今日は省略。
2)は、仕事を中断し、“食事”という別のことをする、という意味での気分転換。
不肖、コロ健が喫煙者であった頃は、1時間につき10分程度の“ニコチン補給のため”の喫煙時間を取っていた。それが、副次的に気分転換になっていたのかもしれない。
今はニコチン中毒では無いので、気分転換はもっぱら昼食とその前後、すなわち昼休み、に絞られる。
この、喫煙時間が就労時間に含まれるか否か、というのが一時期話題になったが、今ではどうなのだろう。まあ、1時間に1回、10分程度仕事を中断していては、仕事は進まないので、私にとっては今やどうでもいいことである。

というわけで、2)と3)は若干異なる。
3)だが、コロ健、どちらかと言えば個食好きだったので、学生時代は昼食を友人と一緒にとるということは少なかったと思う。
ところが、大学を卒業し、大学院生として入った病理学教室は、昼食をみんなで一緒に食べていた。修行させていただいた病院でも、やっぱり昼食はみんな一緒に食べていた。
NHKの『サラリーマンNEO』の1コーナー、「世界の社食から」をみるまでもなく、会社員も昼食は一緒にするようだ。

今でも個食は好きだが、職場内のコミュニケーションの場としての昼食の重要性を考えると、そんなことをしているわけにもいかない。
話の内容など、天気か家族か学生時代の思い出話といった、他愛のないことばかりだが、多少なりとも話題の主の人柄がわかる。

病理診断科の昼食のセッティングは中間管理職である不肖コロ健の仕事と考えている。昼前後になると、みんなの仕事の進み具合、迅速診断の予約の入っている手術の進み具合、天候(天気が悪いと院内の食堂が混む)など総合的に判断して、
「皆さん、そろそろ、食事はいかがですか?」と声を発する。
このひとこと、言うのも大変だが、待つ方もしんどいのは、いうまでもない。

食堂へ移動した後も難しい。曜日により、人数の変動があるので、テーブルの確保に苦労することがある。食事のとき、話題はひとつ、つまり一人の人が話すのに皆が耳を傾けるというのが通常のパターンであるので、声の小さい人の声が端まで届くように案配しなくてはならない。

あとは、何を注文するか。

私の勤務先のレストランはどのメニューも比較的良心的な値段で、美味しい。
どれを注文してもハズレがない。
今日、初めてかき揚げ付きザルうどんを注文した。いつもはザルそばなのだが、うどんも美味しかった。

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『あまちゃん』で知ったテレビの作法

2013年07月16日 | 日々思うこと、考えること
4月からがんばってくれているレジデント君の機嫌が朝からあまりよろしくない。
どうしたことかと聞いてみると「だって、先生が(昨日)話しちゃうから」という。

たしかに、昨日朝一番で、「そういえば、アキちゃんがさ・・・」と、現在大ヒット中のNHKの連続テレビドラマ『あまちゃん』の内容を話した。
それがよくなかったようだ。
彼はその回を録画しておいて後から観る予定だったらしく、私にその話をされてしまって・・・、要するにネタバラシをされてしまったために少々へそを曲げてしまったようだ。

そういえば、ひと月ほど前に福山雅治主演の『ガリレオ』の話になった時、スタッフのドクターが瞬時に「ダメ、まだ観てないので、話さないでください」、と遮った。
彼の判断は正しく、あやういところで彼はネタバレを免れた。
『ガリレオ』は推理ドラマなので致命的なことになる寸前だった。

テレビを見る、というかテレビのことを話題にするには作法がある。
昔(といっても、考えてみれば大昔)だったら、録画が無かったので、”見逃し”ということがあった。
だが、いまは誰がいつ、どこでみるというのは、それぞれの自由だ。番組表にあるとおりにいったん放映されたからといって、皆が皆観終わった、もしくは見逃したとは言えない。“後から観る”がある。
「まだ、観てない」というのは、映画のロードショウ同様に、テレビでも当たり前にあること。中にはとても楽しみにしている人もいるのだから、話題にする時には注意していないといけない。

テレビの作法といってもいろいろある。『あまちゃん』ではアキちゃんを通して、テレビ(というか、芸能界)の作法のようなものも垣間みることができて、これもまた興味深い。

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ブログの中の私

2013年07月15日 | 日々思うこと、考えること
このところ、ブログの更新ペースが落ちている。カレンダーに目立つ空白が、ちょうど歯が抜けたようで、若干さびしい。

駄文とはいえ、毎日悪戦苦闘して文章をひねり出していたのが、嘘のように思える。
(1,000日連続投稿を達成したから)いったん毎日無理してまで書かなくてもよしとしたのだが、そのことでちょっとした変化が私に起こった。
何も考えなくなった上に、自分が良い人間であろうと努力しなくなってしまった。

コロ健、多少なりとも良心はある。だから、“ブログの中の自分”と“現実の自分”、は同じ自分、すなわち同一であろうとしてきた。そして、基本的にええかっこしいなので、ブログに自分を表現するときは、“より良いコロ健”“こうありたいコロ健”を書く。

だが、したいときに更新するというようになると、嫌な自分である時(日)はブログを無視して、嫌な自分のままでいてしまう。

ブログの中で私は、“比較的良い人間”を目指しているので、ブログの中の私が向上しようとしているのがうっとうしいと、私はブログを更新しないという暴挙に出るわけである。

そうすると、ブログの中の私は、多少なりとも向上しない。
ブログの中の私は私ではないが、多少は私でもある。だが、“現実の私”が“ブログの中の私”を抹殺しようとすれば、それは容易にできる。

こんきもを読んで下さっている方も、読んでいる自分と、読んでさらに考える自分との間に相違があることを考えると、結構面白いかもしれないので、やってみるといい。

はたして、本当の自分はどこに?
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だから、クールビズだって

2013年07月14日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと

今年もまた、クールビズのためアロハシャツ推奨の某臨床系学会が始まった。
去年同様に、騙されたと思ってアロハシャツで行ったのだが、今年もやはりアロハは少なかった。1パーセント位かな?

この学会への参加が初めての某科の先生なんか、私のところに来て、
「先生、やりますね!」って、これ、学会推奨の格好なんだけど。

個人的には涼しいのでいいのだけど、午後にあった会議なんかでは、ずっと座っていると寒くなってくる。
うーん、どうなんだろう。
でも、暑いのはやっぱり困るし。

この学会、明日も来るつもりだが、やっぱりアロハを着るべきか。
手持ちはあと二枚ある。
一晩考えてから決めようと思う。


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みんな暑い

2013年07月12日 | 日々思うこと、考えること
うーん、やっぱり暑い。
暑いこと以外に書くことを思いつけない。
二回続いて同じ話になってしまった。

私が依怙地なことを知っている妻に、「健ちゃん、(都内の駅についてから、炎天下の中)無理して歩かなくていいのよ。」と、家を出る時に言われた。
だが、駅に降り立つと習慣のためだろう、ついつい歩いてしまう。
冷房の効いた電車から降りてしばらくは体も冷えているということもある。



家を出る前にてんか粉を塗って出るのは去年と同じ(『冷感グッズで夏を乗り切る』2012年08月16日)。
今年はさらに、駅前のコンビニで飲み物を買って、それを片手に歩き始める。
帽子も今年からの新兵器だ。

歩きはじめて20分過ぎのところ、坂を上って少し行った交差点にお巡りさんが毎朝立って、交通整理をしている。
近くの小学校、中学校の生徒が数多く通る交差点で、住宅街だが抜け道で走る車が非常に多い。

すれ違うとき一言二言言葉を交わすが、ここのところは暑いということばかり。
夏服とはいえ制服に身を固めたお巡りさん、さぞ暑かろう。


病院の横の公園の手前まで来ると、バスケチームで一緒(だった)お兄ちゃんにすれ違う。彼はバイクで、私よりずいぶん涼しそうだ。

やっぱり、「暑いねー、お疲れさま」と言葉を交わして別れる。
みんな暑い。

病院についたら、ボディーペーパーで体を拭いて、着替える。
涼しい。

売店に行って、昼間分のペットボトルを買って、病理の部屋に向かう。


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東京4日連続猛暑日、山梨甲州市39・2度(共同)[2013年7月10日21時17分]
日本列島は10日も猛烈な暑さが続き、山梨県甲州市で気温39・2度を記録するなど関東甲信、東海を中心に、全国の観測点927のうち109で35度以上の猛暑日となった。100地点を超えたのは今年初めて。
各地の小学校などで熱中症の症状を訴えて病院に運ばれる児童らが相次いだ。岡山県では男性が死亡、富山県では男性が意識不明となった。いずれも80代で、熱中症の疑いがある。
気象庁は、関東甲信から九州北部の各地で11日も猛暑日となる所があるとして高温注意情報を発表。小まめな水分補給や冷房の適切な使用で熱中症に気を付けるよう呼び掛けた。
気象庁によると、甲州市の気温はこの地点としては過去最高だった。日中の最高気温は甲府市と群馬県館林市38・7度、岐阜県多治見市38・5度、埼玉県鳩山町38・1度、静岡県川根本町38・0度。
館林市は5日連続、東京都心(大手町)も35・3度で4日連続の猛暑日となった。大分県竹田市は36・1度でこの地点の過去最高を更新。30度以上の真夏日は約6割に当たる約570地点に達した。
夏場は日中に気温が上昇すると大気の状態が不安定となり、夕立が起こることがある。晴れて暑さが厳しい日でも急な強い雨や落雷、突風には注意が必要だ。

夏の訪れはいささか乱暴

2013年07月10日 | 通勤・交通・旅行
日本には四季があり、そのゆるやかな移り変わりを感じるのは楽しい。
だが、梅雨明けだけは勝手が違う。
梅雨が明けるといきなり夏がやってくる。
体が慣れる前に訪れる夏は、いささか乱暴だ。

とくに、今年の夏はとてつもなく暑くなりそうだ。梅雨明けと同時に東京では35度まで気温が上がるようになったし、山梨では39度とか。
連日、熱中症とみられる症状で病院に運ばれる人がいるようだ。私も、朝晩の通勤を考えなければならない季節がやってきた。このブログでも、毎年暑さに関することを書いている。
都内の駅を降りてから病院までの40分足らずを、どのみちを通っていくのか、というのは真剣に考えなくてはならない問題だ。
そもそも、電車を降りるのがいやになるほどなのだが、それは仕方ない。

冬と逆の選択をする四つ角がここ。まっすぐ行くと延々と日当りの道。左折すると小川沿いの木陰の道。

とうぜん、小川沿いの道を歩く。

しばらく行くと、このブログでもしばしば出てくる神社の前に出る。病院は高台にあるので、どこかで坂を上らないとならないのだが、神社の石段が手摺りもあって、一番楽なのだけど、鎮守の森を抜けた後は、ずっと日当りの道になる。

したがって、結局、少しでも涼を求めて小川沿いの道を進む。街路樹も多い。そうこうするうちに、数本のクチナシの植わっているところまで来る。

その横の坂を上がると、いくつかのルートの集まる道となる。民家の壁際を歩いて直射日光を避ける。
でも、この辺りまでくると、汗だく。
最後に、病院の手前の比較的大きな公園に入る。緑が多く、歩くのは楽だ。
ここまでくれば病院は目の前。今日も無事到着した。

こうして、毎日日陰を探しながら歩く。
6月に買った帽子が重宝する。
タオルハンカチは必ず持っているし、病院に着いたら下着は替える。
それでも、上がった体温が下がるのに10分ほどかかる。
熱中症にはくれぐれも注意しなければならない。

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