こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

特殊相対性理論と学会発表

2013年08月29日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
物理に詳しい同僚の病理医に説明してもらったところ、特殊相対性理論によれば、止まっている人が電車に乗っている人をみるとその時間は遅く進んでいるように見えるらしい。
残念ながら、不肖コロ健、物理には暗く、よく理解できないでいて、電車に乗っていると時間が遅く進むのではないかと思っていたのだが、どうやらそれは違っていたらしい。

いずれにせよ、頭ではよくわからないが、私を取り巻く時間の進みについて、一つの真理を今朝垣間見ることができたので、報告する。

横須賀線に乗って、発表のための下書き資料を開いて、朱入れを始めたとたんあっという間に時間が過ぎたのだ。次に気がついたのは横浜辺りであった。電車に乗って、集中して仕事ができるのなら、発表原稿が仕上がるまでずっと乗っていたいほどだ。
そこで、アインシュタインの特殊相対性理論が頭をよぎったのだ。
「電車に乗っていれば、時間は遅く進む(誤)」
そう勘違いして、そのまま、総武線に乗っていたかったのだが、学会の準備のために仕事を放り出すわけにはいかない。
千葉には行かず、いつも通りに出勤して、同僚の物理に詳しい病理医に確認した。そして、やっぱり間違いだったことを知った。ほとほと私は物理に暗い。

ただ、私が体得した学会前の時間の進みに関する真理は、特殊相対性理論とは違うところにあった。
それは、以下の通りである。

学会発表が近づくにつれ時間はどんどん早く進むようになり、発表直前までそれは続く。
そして、発表の間、時間は極限まで早くなっている。

ところが、発表が終わったあと、ディスカッションに移ると、時間が極端に遅くなる。

壇上から降りると時間は元通りになる。
ちなみに、それを外から見ていても、ちっとも早くも遅くも、また、縮んだり伸びたりはしない。


って、こんなこと、言ってる場合ではない。


朝の風景

2013年08月28日 | 通勤・交通・旅行
目覚ましは、5時40分にセットしている。
寝床の中で4、5分ぐずぐずしてから、カーテンを開け、窓を開ける。
青から乳白色の空が美しい。

2週間ほど前まで、この時間の朝といえば、憎たらしいほどの青空で、ろくに見上げる気にもならなかった。
ところが、あっという間に秋がやってきた。
寝苦しい夜はいつのまにかどこかにいってしまい、エアコンの調整に気を使う必要も無くなった。

8時過ぎに病院に着く頃には、太陽は高く上がって、日差しは厳しい。
昼間は30度を超えるようなので、本格的な秋はまだまだ先だが、どうやら今年の夏もなんとか乗り切ることができたようだ。

まじめな勉強態度

2013年08月26日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
昨夜来の雨が明けたら、秋が来ていた。
もちろん、これから暑さは何度かぶり返すだろうけど、夏に戻ることはない。
とくに先週末は昨日一昨日と、みっちり勉強したので、疲れがとれなかったが、通勤が楽になったので助かった。

この勉強会、いつもは自分の受け持った講義や実習のことで頭がいっぱいになって、全体をみる余裕など無かったのだけど、今回はそれらがなかった。
そうしたらよく見えたところがあった。もちろん、ほかの先生方の教え方をいろいろ学ばせてもらったのだけど、それよりも、受講生の熱心さに心を打たれた。

都合、9時間ぐらいの間、無駄話一つなく、居眠りをする人もほとんどいない。
もちろん、自分から進んで勉強しにきたお医者さんたちばかりなのだから、当然といえば当然だけど、なんだかすごいなと、感心した。
この先、どのような形でお手伝いできるかわからないが、そのような機会があったら、応えてあげられるようにしてあげたい。


忙中さらに忙・・・

2013年08月24日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
発表用の原稿は依然として完成していない。すなわち、依然として、ピンチは脱していない。
そんな時に、ホームグラウンドの領域の臓器疾患に関する病理の研究会(グループ)主催の勉強会が今日明日とある。今日はその一日目。
対象は、その臓器疾患を専門とする臨床医およびその臓器の診断を専門としない病理医。
十年近く続いている勉強会で、不肖コロ健も毎年少しだけお手伝いをしていた。

今年は、お手伝いの用もなくせっかくなので、勉強をさせてもらおうと主催の先生に見学を申し込んだら快諾してもらった。

こういう、勉強会というものに参加するというのは大変勉強になる。
知らないことがたくさんあるので、より多くの勉強になる、というのは当たり前だが、それとともに、人に“どうやって教えるか”を学ぶいい機会にもなる。
講師の先生はみな、この道の先輩の大家ばかり。そういった先生たちが大事に考えていることというものを知るのだ。ライブで聞く講義のほんの片隅にも大事なキーワードが隠されている。
「あ、ここはこんな風に言うんだ」とか、「ここは、こう解釈するのか(目から鱗)」だとか、大変楽しかった。

見学者のはずだったのだが、名札までもらってしまい、多少生徒さんにも説明する機会があった。これはこれで、よかった。

それにしても、今日、明日の二日間、学会の準備のための時間を浪費とするか、将来の糧とするかは、難しいところだ。
忙中さらに忙、という感じだ。


『医療』の定義・・・医療を哲学的に考えてみる(5)

2013年08月23日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
医療を哲学的に考えてみる、ためにはどのように進めていけばいいかということで、まずは用語の定義からはじめてみたが、早くも何が何だかわからなくなりつつある。

「医術」、「病気」、「治す」

この3つのキーワードを定義して、これらで「医療」という言葉を定義してみる。

端的に言えば、

医療とは、医術で病気を治すこと。

であるが、せっかく、これまでにそれぞれのキーワードを定義してきたので、それをくっつけると、

ある病気になった人を、その病気になる前の状態に近づけるために、医学教育を受けた人間(医師)がある病気の人に対して、その病気を治すために行うこと。

となる。なんだか、こんがらがってしまうような言い方だが、日本語として間違ってはいないだろう。

さて、ここで二種類の”人”が出てくる。

病気の人と医師だ。
現代の医療を考える上で、医師だけでやっているのではないことは、自明であるが、このことに関してはこのあと触れるので、ここでは、医療側の代表として医師としておく。

医療を哲学的に考えるに際して、病気の人と医師、という二つの人格というのは、ミクロレベル、要するに個人レベルでは第一義的なこととなるに違いない。

さて、ここで、医療、というものについては少し考えを寝かせることにする。
次に、『哲学的に考える』ことの定義に移りたい。

と、思うのだが、哲学の素人にそんなことができるわけがない。でも、これをしなくては前に進まない。


時間は待ってくれない

2013年08月20日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
この数日、9月の学会の準備で大わらわ。
発表は5日と7日。

7日の分は自分で引き受けたのもだが、5日の分は人に頼まれた・・・。
5日の分、引き受けなければ良かったと思っても、それは後の祭りで、とにかくやらなくてはならない。
今回の学会は、病理の学会。私の主戦場だ。
専門領域の話なので、多少は戦えるかもしれないが、時間が無い、少々厳しい。

昨日は術中迅速診断が21時までかかり、今夜はカンファレンスで20時。
学会発表の準備はこのあととなるわけだが、病院に泊まり込んで頑張るとなるのだろうが、20年前ならともかく、
ルーチンの仕事の後でもあるとなると、結構つらいものがある。


大事な時期に夏休みなど取るからだ、と、自分自身で思ったりするが、これはこれだ。
体を壊したり、心が折れてしまっては元も子もない。
夏休みの間も、構想は練っていた。

だが、時間は待ってくれない。これを“待った無し”という。



学会前のこの手の悲鳴、いつものことながら、ついつい書いてしまう。
こういう状態になると、大勢の聴衆の前で悠々と話している先生を尊敬してしまう。

まあ、せめて無事乗り切ることができるか、自分の結末を興味津々に見守ることで、楽しみながら準備をしたい。


ナイトだけ海水浴

2013年08月18日 | 犬との暮らし
フラットコーテッドレトリバーのナイトの散歩だが、夏場の犬の散歩は道路が焼けてしまうので、気温の低い時間にするのは同然だが、なんといっても黒犬、日の光をすべて吸収してしまう。
夜明け前に連れて行くほどの体力はないし、ナイトも寝ている。

結局、夜になって連れて行くが、ここのところの猛暑続きで、用を済まさせるだけで、15分くらいで帰ってきてしまう。これでは彼も運動不足となってしまうし、ストレスもたまるに違いない。

妻の提案もあり、海まで行って遊ばせることにした。今日も良い天気、さすがに朝とはいえ炎天下を海まで歩いていくわけにはいかないので、車で行く。
鎌倉駅周辺から、由比ガ浜・材木座に向かっていて、駐車場はとっくに満車。
上半身裸の男性がたくさん歩いている。


人でごった返す由比ガ浜を横目に、稲村ケ崎に向かった。
数年前に稲村ケ崎の海水浴場は閉鎖され、こんな日も朝なら人は少ない。

リードを10メートルのものに付け替え、浜辺で拾った流木で遊ばせた。
1,2度海に潜ったら、すぐに慣れて何度も何度も取りに行く。

風が強く、波はやや高かったが、途中からは上手に泳げるようにもなった。
ただ、途中で私もびしょびしょになってしまった。

稲村ケ崎の海岸は砂鉄が多く、黒い。ナイトだけ海水浴のつもりだったのだが、結局私の短パンにも黒い砂がべったりついてしまった。
砂を落とそうにも、近くの公衆トイレに水洗い場はない。ペットボトルに入れておいた水で洗い落した。

家まで連れ帰り、ベランダで砂鉄を多く含んだ黒っぽい砂を洗い落した。
ナイトも楽しかっただろうか。

年々歳々

2013年08月16日 | 日々思うこと、考えること
猛暑続きの今年の夏だが、お盆を迎えて少しだけ、風に秋が混じっているように感じられてきた。

八月というと、甲子園があって、終戦記念日があり、そして私の学会の準備が迫ってくる。
大学生の頃は、東医体(東日本医科学生総合体育大会)が加わる(全日本も数度あった)。9月初旬から前期試験だったので、東医体が終わると勉強をしないといけなかったのだが、20日過ぎまでしなかった。
結局のところ、大差ない日を過ごしている。



人間の営み、毎年、少しずつ形を変えていくが、基本的には変わりがない。
とくに、日本は四季があるおかげでメリハリがあり、余計に”変わり映えなく”過ぎていく。

フェイスブックを見ると、友人たちが休暇で方々へ出かけている。海外へ出かけている人も多く、日本とは一味違った夏を迎えているのだろう。






暴力の応酬はおわりに (Stop the exchange of violence)

2013年08月15日 | 日々思うこと、考えること
パレスチナ紛争では暴力の応酬(Exchange of violence)が続いている。暴力というと、身近な喧嘩のようにも聞こえるが、民族間の暴力ともなると人の命までが失われている。

このこともまた、人ごとではない。私達、日本人も近隣の国との間で問題を抱えている。
一部には、暴力的な言動を行っている人もいる。今のところは、言葉の暴力だ。

たとえ、言葉の暴力であっても、数多くの人の心が傷つき、荒んでいく。そして、言葉の暴力が、武力行使に発展したりしたら、血が流れることとなる。

今日は、終戦の日だ。

記念日でもなんでもなく、多くの人の血が流された先の大戦が終わった日である。

戦争が終わったということは、巨大な暴力の応酬が終わったということだ。
その大きさにかかわらず、暴力の応酬が続いているとすれば、それは互いにルール違反である。

今日の日に、新たな憎しみを起こすような愚はせず、静かに互いのことを考えてみてはどうだろうか。

『医療』の定義、治す・・・医療を哲学的に考えてみる(4)

2013年08月14日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
ちょっと、しんどくなって休んでしまったが、広辞苑で『医療』を説明する際に使用する語、“医術”、“病気”、“治す”のうち、今回は最後の“治す”について定義する。

“治す”というのは“直す”と同義で、曲がったものをまっすぐにする、というような意味である。
すなわち、体の曲がったところ、調子の良くないところをまっすぐにするというわけである。

病気になった人を、病気になる前の状態に戻すこと

が、“治す”ことの最もわかりやすい表現であるが、みんながみんな、そう簡単に元に戻るわけではない。とすると、戻す、というよりは近づける、ということの方がいいかもしれない。

病気になった人を、病気になる前の状態に近づけること
となる。

だが、先天的な病気を持った人も多い。こういった人たちにとって、病気とは一体なにかということになる。
心臓疾患をもって生まれたような人に対しては、酸素の多い血液を、上手に体中に送ることができるような手術をする。これも“治す”である。
染色体異常をもって生まれた人に対しては、残念ながらそれに伴って生じた不具合を“治す”ことはできるものの、染色体異常そのものを“治す”ことはできない。

医療を考える上で、“治す”対象は“病気”であるが、前回、“病気”とはただ単に“病気”としているので、対象が漠然としたまま、“治す”ということになってしまう。

ここでも、どこかに落としどころを見いださなくてはならない。

病気になる前、という状態は、常に変化する生体においてはあり得ない状態である。
そうすると、病気でなかったらという状態もしくは病気を取り除いた状態、とかになるのだろうか。

難しい。

“病気”という、定義の定まらないものを軸にして考えるから良くないとすると、“病気”という言葉を除外して考えてみよう。

そうすると、

生物が不快な感情を起こすことの無いような状態にすること

とでもなるであろうか。だが、デカルト的に考えると、生物一般が“不快な感情”を有するかどうかは不明であるし、人間の間でもたとえば、「肩凝り」という概念の無い国もあるほどで、不快、不愉快という言葉も怪しくなる。

とどのつまり、自分だったら、と主観的に考えるしか無い。

“先生、この(痛み、熱、不調、不快、etcを)どうにかして!”
と医者に頼み込み、“どうにかする”のが、医療における“治す”ということになる。

そのようなわけで、医療におけるという狭義の“治す”という言葉を定義することが精々で、全体的なことは、うやむやなまま先に進むことにする。なにせ、考えることが最終的な目的なのだから、そのうち、いい考えが浮かんでくるかもしれない。

次回は『用語の定義』前半のヤマ、『医療』の私なりの定義に挑戦する。

戦争は他人事だと思っていた私

2013年08月11日 | 日々思うこと、考えること
もうすぐ、終戦の日がやってくる。
この時期になると、きまって新聞、テレビに盛んに戦争のことを考える記事、番組が増える。
例年のことではあるが、最近、報道内容に少し変化が生じていると感じる。

従軍した人たちの恐怖というものについてのことが、目につく。戦争に駆り出されたものの、無事帰還することのできた人たちが、その時の恐怖を語っている。彼等は決して進んで戦争に参加した、勇猛果敢(に見える)人たちではなく、戦争によって人生を踏みにじられた人たちだということがわかる。

私は閉所恐怖症の気があり、少々参っているのだが、そんな私に比べ、軍隊に入れられた人たちの閉塞感は比べものにならないほどの恐怖だったろうかとも思う。各種報道がこのような傾向にあるということを強く感じたのは8月4日に教育テレビで放送された日曜美術館『版画家 彫刻家 浜田知明95歳のメッセージ』という番組だった。
どこにも逃げられず、人を殺すことでしか生き延びる道の無い恐怖、絶望感は筆舌に尽くしがたい。
その放送以来、新聞やテレビ報道をみていると、皆、怖かったのだ、というその時の気持ちがつまびらかにされてきた。

終戦の頃には、神風特攻隊として、「死ぬために生きている」若者がたくさんいた。
米軍にしても似たような思いをしている兵士は数多くいただろう。

前線で戦う兵士のみならず、ホロコーストも、東京大空襲も、広島への原爆投下、長崎への原爆投下も同じように、絶望と恐怖しかなかった。

戦争は絶望と恐怖しか生み出さない。



今日、“「生活満足」18年ぶり7割台”という報道があった。
この満足は、平和が前提であってのものであることはいうまでもない。

いろいろなことを考えているようなつもりでいて、戦争のこと、すなわち先の大戦のことも今、世界のどこかで起きている紛争も、遠いところで起きたこと、起きていることで、私には関係のないことと考えていた。

近隣国との武力衝突も起こりうる、などという悲しい観測もあるが、武力が抑止力以上のものとなっては決していけない(本来、武力は不必要なものだが、ナイフ1本まで無くすことは現実的にできない)。
そもそも、衝突するのは誰か?衝突に巻き込まれることだってある。それは、私かもしれない。
私は、その恐怖の中に進んで入っていく気はない。だから、それを人にやらせる気も起きない。

争いによって、人が傷つくこと、命を落とすこと、というのはあってはならないことであり、戦争はしてはいけないことだ。
自分が当事者になった時にどう感じ、行動するか、常に考えていなくてはならない。

どんなに小さなことであっても、戦争を起こさないためにやれることは必ずある。
日々、それを探しながら生きていくことが必要だ。



朝日新聞デジタル(8月11日)
 内閣府が10日に公表した国民生活に関する世論調査で、生活に満足している人が18年ぶりに7割台に乗った。内閣府は「経済改善の表れ」としており、アベノミクス効果もありそうだ。
 20歳以上の1万人を対象に6月に調査し、6075人が回答。生活への満足度を「満足」「まあ満足」と答えた人は計71%で、前年比3・7ポイント増だった。「不満」「やや不満」は同4・4ポイント減の計27・6%。住生活、食生活、レジャー・余暇生活、自己啓発・能力向上の4項目で、不満とする人は過去最低だった。
 ただ、所得・収入は前年同様、不満と答えた人(計49・8%)が満足と答えた人(計47・9%)を上回った。改善の実感はまだ懐具合には及ばないようだ。





ランキング離脱、その後

2013年08月10日 | 電脳化社会
さようならランキング、とランキングから離脱して2週間。にほんブログ村では医師ブログ293サイト中17位、人気ブログランキングでは232人中57位となっている。カテゴリーを分散させている割には健闘している。
一日300人前後だった訪問者数は徐々に減ってきているが、それでもまだまだ多くの方が読んでくださっている。

まだまだいけてる、と思って、再び「クリックお願いします」のバナーを貼ろうかと思ったりもする。

ランキングへの未練はなかなか断てないでいる。

だが、やっぱりランキングから離脱して以来、日々気は楽だ。

今は“ランキング禁断症状”の期間と思い、もうしばらくの間様子を見てみよう。

そういっているということは、戻りたいと思っていることになるのだが、やめたときの気持ちを思い出さないと・・・。


『医療』の定義、病気・・・医療を哲学的に考えてみる(3)

2013年08月08日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
広辞苑で『医療』を説明する際に使用する語、“医術”、“病気”、“治す”のうち、今回は“病気”について、定義してみる。

さすがはコロ健、病理医だけのことはあって、このブログの中でも“病気”という語を使った記事はたくさんある。そのなかで、もう、2年前の話だが、『真実への導線』(2011年07月01日)というタイトルの記事があり、そのなかで私は、

病気の真実を知ろうとすればするほど、真実は遥か彼方に去ってゆく。

と書いている。すなわち、“病気の真実”がなにかなどということはわからないのである。

だが、5年前の、『さ、明日から仕事!』(2008年08月13日 )というたいトルの記事の中では、

病気の本質を知りうる臨床医、という点では病理医に勝る者は無い。

などといって、病理医である自分を鼓舞してもいる。かといって、“病気”の本質を理解していたわけではない。

頼みとする広辞苑には「生物の全身または一部分に生理状態の異常を来し、正常の機能が営めず、また諸種の苦痛を訴える現象」とある。だが、どのような状態が異常なのか、正常の機能とは何か、と言ったようなことについてはわからない。
幼小児期と成人期、老年期における諸臓器の働きは自ずと異なる。また、正常とはなにか、についても、定義は難しく、きりがない。
かように、“病気”を定義することは不可能に近いことなのだが、人は“病気”というものがどのようなものなのか、言葉にすることはできないが、わかっている。

ということで、“病気”は“病気”であり、それ以上でもそれ以下でもない、ということで話をすすめることにする。

さて、次は、“治す”である。



『医療』の定義、医術・・・医療を哲学的に考えてみる(2)

2013年08月07日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
広辞苑で『医療』は「医術で病気をなおすこと。療治。治療。」とだけあり、あっさりしている。

医学書院の医学大辞典には詳しく、「医師の医学的判断および技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼす恐れのある行為を医行為といい、医行為を業(反復継続すること)とすることを医業という。医師法17条は、医師でなければ医業をしてはならないと規定している。医療とは、医師およびその他の医療従事者が医師の指示に基づいて行う、患者の疾病・外傷の診断・治療の目的で行われる医行為を総称していう。」となっている。

広辞苑にある説明だが、そこには、“医術”、“病気”、“治す”という3つの語しか使われていない。
一つの文章をあまり細かく分割しても訳が分からなくなるばかりなので、これら3語について私なりに定義して、『医療』というものを再定義することにする。

まず、“医術”。これは医学大辞典にある医行為とほぼ同義としてよいだろう。
そうすると、それをする“医師”を定義しないといけない。“医師”というのは、ある一定年限以上、系統立った医学教育を受け、一定水準の医学知識を有することが、試験によって担保されている者、といったところだろうか。

従って、医術(医行為)とは医学教育を受けた人間(医師)が病気の人間に対して、病気を治すために行うこと、と言える。

次は、医術の対象となる“病気”について考えてみる・・・って、どうするんだよ。

医療を哲学的に考えてみる(1)

2013年08月05日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと

このようなテーマで、医療というものを考えてみたい。
一度の記事で終わらせることは、土台無理な話なので、のんびりいくつかに分けていくことにする。

なぜ、医学ではなく、医療なのか、というと、医学は学問であり、医療はその一部を利用したいわば実学であると私は考えるからだ。それに、医学全体を俯瞰するほどの知識も経験もないし、ましてやそれを哲学的に捉えることはできそうにない。

そこで、一医師(病理医)として関わっている医療を哲学的に考えてみることした。
といっても、私は哲学の勉強をしたことは無い。
従って、どのように話を進めていけばいいのか、皆目見当がつかないので、まずはこれから使う言葉の定義をすることから始めることにする。この辺は、病理と変わらない。
基本的には、広辞苑の解釈を用いることにする。

まずは、医療という語の定義から。