こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

鎌倉の桜もいよいよ見頃・・・鶴岡八幡宮と段葛 Cherry blossoms in Kamakura

2022年03月31日 | 鎌倉暮らし
 目が覚めてしばらくしたら”JR東日本ボット”が横須賀線が止まっているといってきた。テレビをつけたら、運転見合わせのテロップ。今度は線路への落下物で停電したとのこと。それにしても朝晩しょっちゅう止まったり遅れたり、通勤は仕事以上に体力、気力を消耗する。ロシアによる侵略戦争のことで気が滅入っている上に、こんな調子なので、あまり考えることもしたくなく、いよいよ見頃となってきた鎌倉の桜の写真をアップするだけにします。

 昨晩、帰ってきたら段葛にたくさんの夜桜見物の人がいて、これは私も見ておこうと、いつもより早く家を出て、鎌倉駅まで歩いて桜見物することにしていた。鶴岡八幡宮の境内ではいつものラジオ体操が行われていた。まだ、やっているんだ。今年のNHK大河ドラマ”鎌倉殿の13人”に合わせての大河ドラマ館の入場料が千円というのは高いと妻と話しながら源平池の方に。

 鶴岡八幡宮境内の源氏池の桜は満開。水面に映る花が美しい。この水面に映る桜に静謐感を感じるのはどうしてなのだろう。この桜を見ると千鳥ヶ淵に行ってみたくなる。

 弁天島からも。

 段葛は思っていたより人出が多く、写真を撮っても、花を撮っているのか人を撮っているのかわからない。人の波が途切れるタイミングを見計らって写真を撮った。

 開花は7、8分、今日あたりいよいよ満開となるか。

 腰に固定式のアタッチメントをつけて段葛の真ん中をこちらに向かって歩いてくる人がいたり、二の鳥居の前では、音楽に合わせて踊る女性を撮影していたりとか、まあ、いろんな人がいる。カメラがこちらを向いているかと思うと、つい道を譲ってしまうのがちょっと口惜しい。

 運行を再開したということだったので鎌倉駅まで歩いてそのまま入ったら動いていなくて、30分ちかくホームで待たされてから満員電車に乗り込んだ。途中で横須賀線と並行する東海道線に乗り換えた。
朝からヘトヘト

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愛は深ければそれでいいというわけでもなく

2022年03月30日 | 愛と女性とジェンダーと
 冬の寒さから解き放たれ、多くの花が元気よく咲いてくれて嬉しい。昨晩もそこそこの量の雨が降り、花壇の花はみんな元気だ。
 小学校高学年の姪が春休みということで我が家に数泊した、妻と娘と三人で、鎌倉観光を楽しんだり、家ではよもぎで団子を作ったりしながらあれこれ女同士の話もしたようだ。姪は親戚の家に一人で泊まりに行くのは初めてで、それなりに”異文化”を見せてあげることができてよかったと思っている。

 このぐらいのとしの女の子らしく、おしゃまなところもあり、私たち夫婦をみて、

 おじさんとおばさんは愛が深いのね

 などと妻にいったそうだ。私と妻これまでの結婚生活でなにもなかったといったらそれは嘘になるが、30年過ぎても続いているということは、これまで大きな失敗はなかったといえるだろう。もちろん、続いてきたのは妻の努力に負うところが大きいとは強く自覚している。

 そのことはさておき、この歳になると少しずつ筋力が落ちて重いものが持てなくなり、たまには大きな病気にも罹る。記憶力も覚束なくなり、認知症の影が遠くに見えはじめる。そんなことを他覚的、自覚的に感じるようになると互いの別離も考えてしまう。ふと、そういう思いで妻のことを見ると言いようのない寂しさと悲しさを感じてしまうのは姪のいう”愛が深い”せいだろうか。

 愛情というものがどれほど深いか、浅いかなどということは個人個人の問題で、さらには当事者同士であっても、妻から夫への、また夫から妻への愛情だって多寡があり、真の愛情あるべき愛情というのは決めようがない。それ以前に、議論の対象は夫婦という形態の有無も関係ない。
 親子の愛、人類愛、といったものはまた別の機会に考えるとして、夫婦(とかそれに類する形態)の愛情というもの、それが固く深いことはいいことかもしれない。かといってそれを失う時がいつかくることを考えると必ずしもいいことばかりではないような気がする。互いに精神的に深く依存することは、喪失することを思うとリスクが高い。ずいぶん贅沢であるようでいて、矛盾したことでもある。なにをどうしたところで、人生とはうまくは回ってくれないものだ。
死がふたりを分かつまで

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ウクライナの医師たちよ頑張って Удачі вам, українські лікарі

2022年03月29日 | 日本のこと、世界のこと
 花冷え。桜の名所はけっこうな人出だそうだ。
 数年前から某大学病院で行われているカンファレンスに呼んでもらっている。私が昔いた職場の同僚の臨床医で今はそこの教授になっている友人からの依頼で、勉強になる症例を先方でピックアップし、それを私が顕微鏡像をモニタに映し出して解説して一緒に検討するという方式で行なっている。昨晩もそのカンファレンスがあり、ついでに4月に開催される病理学会での私の講演の予演会を終了後に行わせてもらった。忌憚のない意見を戦わせることでき、大変有意義だった。こうして純粋に医学的な話を、ある意味楽しく語り合うことができるということをこれまでは当たり前だと思っていたが、実はそうではないということを最近実感する。


 この時代にこんなことが起きるなんてとても信じられない

 と、命を救うために働いている病院がロシア軍によるミサイル攻撃をうけることに対して、絶望的に嘆くウクライナの医師の姿が、数日前にテレビに映し出されていたのが心に痛々しく残っている。戦争という殺戮行為とこれと真反対の救命行為とは命のマッチポンプとでもいえる矛盾したことを眼の前にすることがどれほどのことかを想像することは困難だ。

 この時代、すなわち戦争が犯罪であり、平和を希求すること、一人一人の命を大切にすることが善であると肯定される状況下にあるにもかかわらず、ロシアによるミサイル攻撃で無差別に一般市民が殺されている現実、さらには病院という場所が、その標的になっているということを考えると、医学の話、医療の話をいうものをそれに携わる人間同士で互いに忌憚なく話すことができる日本に住む私たちのなんと幸せなことだろうか。そんな私にできることはウクライナの医療従事者たちに遠くからエールを送ることしか無い。

 人類はいつまで経っても愚かで、愚行を繰り返してばかりだと思っていたが、そんなことはなく、人類全体の知能、倫理観は先の大戦からの75年で格段に進歩していた。それなのに、一部には強権主義者、狂信的宗教集団による破壊的行為が平然と行われている。これらがまったく無意味な犯罪行為に過ぎないということが明らかになっているというのに、また今回同じことが繰り返された。ロシアが経済的に抹殺されたとしても、北朝鮮、中国といった脅威が消えるわけでも無い。今の日本は自らの平和を守るために何をしなくてはいけないか、子供たちを守るには何をしなくてはいけないかを、国民全員で議論する時だ。なぜなら脅威が降ってきたからでは遅いからだ。

くじけないで
Не падайте духом

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自分に見えている世界は狭く、視野を広く持つのはとても難しい

2022年03月28日 | 生き方について考える
 花曇り。昨日の暖かさで桜の開花は一気に進んだようで車窓からの花見も楽しい。もっと近づいてみたらいいのかもしれないが、かえって興醒めしてしまうかもしれない。よくみたつもりでわかったつもりになることなど、数えきれずやってきた。

 私が直接知り得る世界というのは、私から見える範囲だが、それもせいぜい半径10メートル程度で、それより先になると詳細はほとんどわからない。それに、微視的なことはそもそもまったく見えていないというのは日々の仕事で実感している。要するに人間が知り得る世界なんてのはごくごく限られたもので、それを補完するためにさまざまな情報を手に入れ、解釈する。その情報だって、ソースによってすでに曲解され、脚色されていて、客観的事実など本質的にはあり得ない。狂信者により広められる誤った知識をいくら勉強しても、誤ったことを知るに過ぎない。ただ、それが誤っているかどうかは誰にもわからない(なぜならその狂信者にとっては正しいことだから)。

 無知の知

 わからないことがわからない。
 わかっていないことがわかっていない。

 そんなことはいくらでもある。自分が知っているのは、手のひらにシワがあることぐらいで、世の中で起きていることのほとんどは知らないし、知っているようなつもりになっていても本質的なことはなにもわかっていない。
 他人に対してだってそれほど興味があるわけでもない。電車で車両を移ったらそこにはまったく別な人々がぎゅうぎゅうづめになっている。逆に自分の世界の遷移なんてそんなものだ。

 自分が見えている世界は狭く、視野を広く持つのはとても難しい

 せめてこのことだけは自覚していたい。これは謙虚であれとかそんなものではなくて、生きていく上での義務に近いものだと思う。だが、同時にそれは最も簡単なことかもしれない。
勉強ができたらそれでいいというわけではない

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鎌倉の春、カタツムリの赤ちゃん、鶴岡八幡宮、段葛の桜

2022年03月27日 | 鎌倉暮らし
 目が覚めるとまず血圧を測る。今朝は107/72。仕事のある日と比べそれぞれ2〜30も低い。ストレスというものが体にどれほど毒かというのがよくわかる。それでも、観光客が来ないうちに段葛の桜を見に行こうと少しだけ早起きした。出がけに植木鉢にまだ巻貝のカタツムリの赤ちゃんがたくさんくっついているのを見つけた。初めて見た姿だったが、ああこれがそうかと納得した。
 鶴岡八幡宮の源氏池の桜は満開のものが1本、ほかは今ひとつ。

 段葛の桜は5〜6分咲き。東京の桜は今日満開となったそうだから鎌倉の方が2、3日遅いようだ。

 鎌倉駅近くのレンバイ(鎌倉市農協連即売所)であれこれ野菜を買い、そのあとパン屋で角パンを買って家に帰った。
 鎌倉にはパン屋が多くできて、なんでもいまや激戦区だそうだ。だが、多くの店は10時開店。どこも観光客相手で、早くから地元民向けに開けているのは数店。パン屋がいくらあっても焼きたてのパンはなかなか手に入らない。
 帰るころには人がたくさん出てきたので、地元道といわれる裏道を通って帰った。
大佛次郎邸

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裏山のアジサイを植え替え

2022年03月26日 | ガーデニング・菜園・花・緑
 今年のチューリップ第1号。先日、3本ほど開花寸前の蕾が、リスかタヌキかハクビシンに食われてしまっていたので、一安心。

 午後から大雨になるということだったが、ちょうど病理学会の関東支部会というのがWEBで開催されるので今日は家でじっとしていることにした。ちなみに、私の出番はなく聴講のみなので、午前中はリラックスして過ごした。

 まずは、マルチーズのコロの散歩。15歳と6ヶ月のコロは最近調子が悪く、散歩といっても抱っこして歩いて、少しおろして歩かせてという調子。近くの桜並木を歩いた、3〜4分咲きといったところ、来週末は見頃となりそう。

 裏の大地主さんとの境のフェンスのクレマチスはほぼ満開。この冬にだいぶ剪定したのが良かったようでとても元気。このクレマチスのちょうど向こう側を整地するとのことで、植わっている紫陽花を抜いてしまうのなら譲ってくれと頼んだら快諾してくれた。譲ってもらったからといってわが家の地所に植える場所などなく、大地主さんの裏山のわが家に面しているところに植え替えた。
 
 うっそうとしていて分かりにくいが、そこそこ背の高いので、ツユクサなどには負けないだろう。どうせ抜かれるのなら、ということで植え替えたが、根がついいて、2、3年後に花が咲いてくれたいいい、ぐらいに考えている。
風で倒れなければいいけれど

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こんなに小さな地球の上で On such a small earth

2022年03月25日 | 日本のこと、世界のこと
 天気は日替わりで、1、2日のうちに変わっていくが、それにつれて季節はいよいよ春らしさを増していく。平和というものがいかにありがたいことなのかを日々実感する毎日だが、ではその平和を守るには自分にはなにができるのかと同時に考える。

 昨日も北朝鮮がICBM級のミサイルを発射した。ニュースの解説者によればミサイル開発の工程にロシアのウクライナへの侵攻はさほど関係はないだろうということだが、今、世界の耳目が北朝鮮から若干逸れているということは事実だ。

 まことに遺憾

 としか、言いようがない。こういう国がいかに暴れようとも、戦争を仕掛けてこない限りは、こちらから手をあげるわけにはいかない。今回のロシアを見ても分かる通り、現代社会では戦争は仕掛けた方が”負け”だ。非難とアピールをしっかり行って、防衛力の向上を図っていくしかない。そう、せざるを得ないのはとても残念ではあるが、仕方あるまい。

 ロシアにしても、北朝鮮にしても、中国にしても、なぜああいう行動をとるのかが理解できない。ウクライナの豊かな大地を確保しておきたい、不凍港を確保したいとか、日本の豊かな海が欲しい、経済的繁栄が羨ましい、いろいろなことがないまぜになっているのだろうが、こんな小さな地球の上でなにが一体、”地政学的”な問題になるのか。

 すべては、数人の独裁者とその利権に群がる取り巻きが一般庶民から搾取することが目的で行っていることの結果でしかない。ウクライナ侵攻によるロシア将兵の死者は1万人以上だというが、暴走する独裁者によって戦争に駆り出され命を落とすというのも気の毒な話だ。可能であれば投降してしまったらいいと思うが、容易な話ではないのかもしれない。ウクライナとロシアとの間で捕虜の交換が行われたというが、投降したことが知れたらそれこそシベリア送りになるのかもしれない。国家から背中から銃を突きつけられて戦いに赴くなどということがあるのかも知れない。

 生きて虜囚の辱めを受けず

 日本の兵士に、戦地では生き抜く自由すらなかった。

 みんな仲良く平和に暮らすには、こう"お花畑的"な書き方をすると恥ずかしくなるが、一人でも多くの人が命の心配なく生きるために戦うにはどうしたらいいのか、今自分にできることは何か、考えながら行動したい。
暴君を止めるにはどうしたら

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ロシアのプーチン大統領が示した戦争の姿

2022年03月24日 | 日本のこと、世界のこと
 東の山が遠く霞む春のあけぼのの空、こんな日本の平和な生活と隣り合わせで、ウクライナでは地獄とはこういうものだという現実が日々報じられている。私たちが接している悲惨はドラマや映画ではない。
 
 ウクライナへの侵略戦争によって、ロシアのプーチン大統領は戦争というものの姿を次々と明らかにしている。どんな人が戦争を起こし、どうやって戦闘が展開され、どのような人が殺されるのか。

 どんな人が戦争を起こすのかというのは、まさしくプーチンのような独裁者とその取り巻きだ。今回の場合、ロシア軍ですら、命令に従っただけで、クーデターを起こせと唆すのは難しい。ただ、ゼレンスキー大統領が呼びかけているように個々の兵士が投降することはできるかもしれない。

 戦端は真珠湾攻撃に象徴されるような不意打ちによって開かれることがほとんどだ。自作自演などというのもある。夜討ち朝駆けは戦いの常道であり、今回はウクライナとの国境での軍事演習と称して兵力を集め電撃的に襲った。先の大戦では日本も真珠湾攻撃で機先を制し、優勢な状態での手打ちを狙っていたらしいが逆にコテンパンにやられた。ロシアも同じで、広い国土はどこまでも逃げることができるが経済制裁によって壊滅させられるのはもはや明白だ。

 戦闘員であっても命が失われることがあってはならないが、さらにはそれが”丸腰”で”戦闘から避難している”一般市民ではなおさらだ。ロシアはウクライナが市民を人の盾にしているというが、そういう問題ではない。一般市民を巻き込み、殺戮することがなぜ戦争犯罪であり許されないかということも明示された。

 プーチン大統領は今回の侵略戦争によって、情報統制で正しい情報が行き渡っていないロシア、ルカシェンコ独裁のベラルーシ、旗色不鮮明な中国などの親露国家”以外”の世界中の老若男女に、戦争のむごたらしさを知らしめた。ロシアの立場を擁護するかのような論評もなくはないが、人命とともに人類が築いてきた財産を失うばかりで、なにも生み出さない戦争は割に合わないばかりでなく、人類への挑戦であり容認できるものではない。

 侵略戦争が始まって1ヶ月。これまでにわかったことはここまでだ。
 あとは、どうやって戦争が終わるか、そして戦争を起こした国や独裁者はどうなるかだが、そこがいつになるのか、それまでにウクライナという国がどうなるのかまではわからない。
 
 G7、NATOによる集まりが始まるようだが、全面戦争は避けるという方向になるだろう。それとも、”まるで映画のように”NATO軍の戦闘機部隊がウクライナに侵攻しているロシア軍の掃討にでも出てくるだろうか。ただそれはロシアによる核兵器、生物・化学兵器の使用を正当化するだけだ。旧日本軍は一億総玉砕と本土決戦まで考えていたが、幸いそうはならなかった。ロシアというかプーチン大統領は最終兵器を使用したくてウズウズしているかもしれないが、そんなことをさせてはいけない。

巻き添えはごめん

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The appearance of the war shown by Russian President Vladimir Putin


どんなにイラついても怒りを爆発させてはダメ

2022年03月23日 | 日々思うこと、考えること
 気温は低かったけど日差しがあって、すぐに身体はぽかぽかする。ヴェランダに張った薄い氷もあっという間に消えていた。今日はこれで暖房需要が下がって電力逼迫を切り抜けることができるのではないか。太陽の力とはすごいものであり、ありがたい。

 こんな空の向こうからミサイルが飛んできたらどうしたらいいだろう。先月24日に始まったプーチンによるウクライナ侵攻は、一ヶ月になろうとしているが、終わる気配はなく、連日多くの人が殺されている。プーチンのみならず、戦争を続行しているロシア兵も戦争犯罪人として糾弾しなくてはならなくなる。

 春休みで電車が少し空いたと喜んでいる。会社員も若干減って、年度終わりのこの時期が通勤電車がもっとも楽なのだが、部活か何かの大きな荷物を背負いながら、出入りのドアを塞ぐように立ち、さらには通路にスマホを突き出している学生がいて、ムッとした。横目で睨んでも無視され、余計にイラついた。

 歩きスマホの人が自分の方に突っ込んでくるので避けようがなく立ち止まると、相手はめんどくさそうにこちらを一瞥して私を避けて通り過ぎる。

 一体、なんなんだ

 通路を塞いだり、歩きスマホで突進する方がよほど悪いと思うが、こういうことにいちいち気にする自分がよくないのだろうか。

 職場でも何かと気になることがあって、妻にもそのことをこぼしたが、

 相手の立場にも立って

 と、一般論的なことしか言ってくれない。自分で考えろということか。
 花壇にはたくさんのパンジー、ビオラが咲いている。その中を押し分けるようにチューリップが芽を出してきている。初めからいるジギタリスはじわじわと大きくなっている。それぞれが花を咲かせよう、大きくなろうとしのぎを削っている。他の花のことなんて関係ない。
 
 人間社会もそうだと考えたら、弱肉強食、弱いものには退場してもらうしかないのかもしれないが、そうはいかない。人間には人権というものがある。
 
 戦争は当然のことながら犯罪だが、職場でのトラブル、行き違いであってもそれなりの人権に配慮した行動が求められる。怒鳴ることは威圧であり、暴力に通じる。どんな局面であっても冷静に穏やかな声で淡々と話し合うことが必要だ。私から見れば、のらりくらり、頑固、分からず屋、自分勝手であったとしても相手にもそれなりの考えがある。それに、私の方こそ、横暴、わがまま、高圧的、自己中心と考えられているかもしれない。

 プーチンだってイラついて思わず手を挙げさえしなければこんなことにならずに済んだだろうにということを肝に命じてことに当たらなくてはならない。

 戦争は理不尽な暴力だが、私たちの社会でも、大声をだして怒りを爆発させてはいけない。
相手の言い分を聞く

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こんな寒い日は手首足首そして首

2022年03月22日 | 自然災害・事故・感染症
連休明けは忘れ物に気をつけないといけない。
財布とかキーホルダーを通勤カバンから出してしまうので、うっかりすると戻し忘れてしまうのだ。
ただ、スマホとスマートウォッチのおかげで、”腕時計”をつけて”携帯”を持って出たらとりあえず職場にはたどり着けるし、あとは弁当さえ忘れなければ滞りなく行って帰ってこられる。
でも、今日は雨も降っているので、傘を持って出るのはもとより、なにより先週までとは打って変わっての寒さに厚着をして出かけなくてはならないので、マフラーだの手袋まで出してと、全く忙しい朝だった。

今朝の鎌倉の気温は7度。東京は5度で、それ以上は上がらないという。
ソメイヨシノが咲いたとはいえ、お彼岸は過ぎるまでは暖かくならないようだ。
昨夜から今日は季節外れに寒さで、暖房使用などにより電力需要が上がることが予想されるという電力逼迫警報が出された。
一部の火力発電所が先日の大地震で操業が止まったこと、3月に入って発電所の運転を1基止めたこと、天候不良で太陽光発電が役に立たないことなど色々なことが重なってしまったらしい。
東日本大震災以来の電力逼迫事態というのだから大変なことだ。
常時発電していた原発の偉大さ、というか便利さというがいかにすごかったがわかるが、それは行っても詮無いこと。

東電のHPをみるとどうみてもパンクしそうだ。
こまめに部屋の電気をつけたり消したりした。
私が消費電力を2割減らして、他の人も1〜2割減らせば、全体としては93%にいかないだろうか。

寒さ対策としては、上記の通り、マフラー、手袋、毛糸の靴下。

この前、通勤のバスの中で看護師さんらしき人同士が、

 寒い日は”首”を温めるといいっていうわよね

と話しているのを聞いてなるほどと思い、それ以来意識的に手首、足首そして首を温めるようにしている。
手首や足首は細いのでどうしても大型の血管が体表近くを走ることになるので、血液が外気によって冷やされて体温が下がってしまう。
このため、首を含め、なるべく温めておくといい。
ちなみに、肘と膝は寒い日にはもともと温かくしているはずなので、敢えては言わない。
今日の私はとっくりセーター、マフラー、手袋、靴下はもちろん毛糸。

せっかく今日から、蔓延防止等ナントカ措置が解除されるというのに、今度は節電で飲食店はあまり喜べないのではないか。
私は今夜もさっさと帰り、温かい鍋(カセットコンロを使用する)にする予定。

弁当を食べに医局に来たら外は大雪だった。
雪を見ながらの弁当も乙なものでした。
桜もびっくり

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冬越し寄せ植えの再整理

2022年03月21日 | ガーデニング・菜園・花・緑
 昨日ほどではないものの、それほど暖かくはない。といっても、先週一旦暖かい日の気持ち良さを味わってしまったために体が甘えているにすぎない。鎌倉でもソメイヨシノがチラホラ咲き始めた。これが10日もすれば満開となるのだからつくづく不思議なものだ。
 今年の冬は一時期とても寒く、ガーデンシクラメンなどがやられてしまったので、寄せ植えを崩して寄せ植え鉢を作り直した。まあ、再整理といったところ。
 冬越ししたサフィニアが2株あったので、それを大きめの鉢に移した。空いたところにはほかの寄せ植えにあったバコパを植えた。あとは、昨日コストコで買ったチューリップを植えた。
 コストコで買ったチューリップを壁掛けハンギングに仕立てた。グリーンは寄せ植え鉢に仕立て損ねたもので、これを2個。
 道路からの目隠しにと思っておいてあったリナリアがなかなか伸びないで困っていたので、チューリップを全部植えた。
 ハンギングも枯れてしまったガーデンシクラメンの球根を取りのぞき、余ったところから持ってきて植え込んだ。
 結局、こんなことをあれこれやっているうちに1日終わった。明日は多摩あたりで雪が降るかもしれないというほど寒くなるそうだ。肌寒かったが、それでも暖ったわけでありがたい1日だった。
風邪をひかないように

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お墓まいりで鎌倉は大変な人出

2022年03月20日 | 鎌倉暮らし
 天気は今ひとつ。

 東京からやってきた母を連れて墓まいり。横須賀線がずいぶん混んでいたようで、驚いていた。駅からわが家まで、さらにお墓までの道も大混雑でうんざり。
墓参後母を家に招いて、娘の作ったラザニアを4人でたべた。
午後からは妻と二人で隣の市のお義父の墓参りに行った。

 どちらのお墓にも多くのお墓にお花があって、思いのほか華やかだった。ご先祖のことに思いをはせる、とても大切なことだと思うようになったのは歳のせいか。

 あちこち行ったせいかずいぶん疲れた。今日は月並みな言葉しか出てこない。

 夜には大河ドラマで鎌倉殿の十三人。頼朝がいよいよ鎌倉殿と呼ばれるように。よく聞く名前や地名が多いというのはやはり面白いものだ。
 
明日も休み

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病理医がPPI(Patient and Public Involvement)に参加した

2022年03月19日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
 昨晩はひどい大雨だったが、朝はまずまずの青空。花には水滴が残っていて、みんな元気そうにしているが、クリスマスローズにはちょっと多すぎて重かったようだ。
 夕方からオンラインで会議があったので、昼間のうちに家のことだの、買い物をした。車に乗っているときに、壁から煙が出ているのを目撃して消防に通報したなんてことがあったが、まさしく犬も歩けば棒に当たるだ。消防車が出動してことなきを得たとの連絡をあとで受け取った。火事にならず、本当に良かった。
 それはさておき、夕方からは私がメンバーに入れてもらっている班会議でおこなっている医学研究・臨床試験における患者・市民参画(PPI:Patient and Public Involvement)という活動に私も参加させてもらった。これは患者会とはちょっと異なるものであるのだが、患者さんやその関係者、疾患に興味がある方が参加する活動で、普段患者さんと接することのない病理医はどう関わっていいか不安もあったが、加わらせてもらった。
 案ずるより産むが易しで、すぐに打ち解けることができた。できることがあればお手伝いさせていただきたいと挨拶した。実際、今後どのように関わっていくことができるか、考えながらやっていきたい。

   ちなみに、タバコの数え方はPPDです

多くの人の知恵を集めて

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戦争という人間の起こしうる最悪かつ最低の愚行 War is the stupidest and worst act

2022年03月18日 | 日本のこと、世界のこと
 寒の戻り。
 午後には冷たい雨も降るとのこと。
ここ数日気温がずいぶん高かったので、霜が降りるほどでなければ少し寒くなった方がお花にもいいのではないかと想像する。

 報道によれば、連日のロシアによる侵略戦争はますます苛烈を極め、戦闘能力を持たない丸腰の民間人の虐殺が続いている。戦争が人間の起こしうる最悪かつ最低の愚行であるということがプーチン大統領によって明らかにされている。

 ロシアの愚行が、先の大戦での日本の行った失敗の繰り返しであることが図らずもあらわになり、多くの日本人がやりきれない思いをしているのではないか。あの時の日本も、どれほど米国に締め上げられても戦争さえ起こさなければ、国土が焦土と化すことも、沖縄、広島、長崎の悲劇もなかった。経済封鎖による敗北は時の政府に打撃を与えたかもしれないが、それでも誰かが止めなくてはいけなかったのだ。文官である広田弘毅がなぜ戦犯とされたかを考えなくてはいけない。

 そうは言っても、先の大戦と今回のプーチン大統領の起こした戦争との違いはたくさんある。戦争を起こしたのはプーチン大統領その人個人であって、先の大戦での日本とは異なる。そうはいっても、日本軍は天皇の軍隊だったし日本国民は天皇の赤子であったから欧米各国からみたら天皇の起こした戦争と捉えられても仕方あるまい。実際、戦争を終わらせたのは御前会議での決定であり玉音放送だった。そう考えると、戦争によって失われた命に対して涙が溢れそうになる。さらには、いま、まさに命を失い続けるウクライナの人、さらには理不尽な、すくなくとも正義とか国家としての尊厳を守るためではないという意味で、戦争に駆り出され、命を失っているロシア兵にたいしてすら同情してしまう。先の大戦で、日本には一億総玉砕などというスローガンがあったが、プーチン大統領にはそんなことをロシア国民に押し付けないでもらいたいと願う。

 プーチン大統領の誤算は経済制裁の重さはもちろんだが、インターネットの発達により、ウクライナへの侵略状況が逐次世界に配信されているということだ。全てをフェイクニュースとするにはあまりにも規模が大きすぎるし、すべての隠蔽行為はあまりにもわざとらしい。可愛らしい小学生らしき女の子が専門家という大人に今回の戦争について質問しているロシアの番組が流されていたが、その少女の顔がロシアのフィギュアスケートの女子選手を彷彿とさせるものだったと言ったら、ロシアへの偏見だと言われてしまうだろうか。

 なぜ、資本主義経済の導入により、世界の民主主義国家群の一員として、豊富な資源をもって豊かになりつつあったロシアがこんな暴挙をしているのか、いまだに世界中が首をかしげている。プーチン大統領個人の権力欲が突き動かしているのだが、それにしても尋常な行動とは思えない。月並み、という言い方は戦争被害者の方々に失礼だが、まわりに彼を止めることのできる人物はいないのだろうか。

 これから卒業式なのだろう、振袖に袴姿の若い女性が桃の花の下を傘をさして歩いているのが、電車の窓から見える。平和だからこその風景で、日常の中にあるささやかな幸せを私たちは国民皆で力を合わせて守っていかなくてはならない。残念ながら、今の人間の知恵の程度を考えると、戦争を仕掛けてくる国はいくらでもあるだろうから、日本も防衛力を充実させ、有事に備えなくてはならない。その際、アメリカからの助けを最大限受けることは大前提といえる。
みんなで防衛について考えよう

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真珠湾という消すことのできない過去を抱えながら揺れ動く国土に暮らす私たち  Remember Pearl Harbor

2022年03月17日 | 日本のこと、世界のこと
 昨夜は仕事で遅くなり、妻との夕食を食べ終えたところで大きな揺れがきた。3.11の時を思い出すような長い揺れだった。体は今でもあの時のことを覚えていて、それなりに緊張して、より大きな揺れに備えているのがわかった。鎌倉は幸い震度3程度で済んだが、東北では震度6強とのこと、幸い津波の被害は出なかったみたいだが、何人かの方が亡くなり、東北新幹線が脱線して復旧までは時間がかかるようだ。原発の安全も心配だ。

 この間イギリス留学から帰国した娘が、自室からマルチーズのコロを抱いて私たちのいた階下のリビングにやってきてしばらくテレビで状況を確認していた。あちらにいるときに、
 
 こっち(イギリス)は地震が全くないので、夜、安心して眠れる

 と話していたほどだから、寝入り端の揺れにはびっくりした以上に恐怖を感じたかもしれない。ただ、彼女も3.11の時は春休みで家にいたので、この揺れを感じるのは2度目なので、体は覚えていたに違いない。

 揺れを感じている間、
 
 やっぱり、地震は来るのか。

 という思いながら身構えていたが、こうしてよそから見たら極端に揺れ動く国土の上に暮らしているということを自覚しながら暮らさなくてはならない。

 ウクライナのゼレンスキー大統領がアメリカ議会向けの演説の中で、今回のロシアによる侵略戦争を、日本による真珠湾攻撃になぞらえたそうだ。実際、先の大戦では日本は多くの過ちを犯した。中国への侵略、満州国建設、国際社会からの孤立と国際連盟脱退、そして真珠湾への奇襲攻撃。最悪だったのは、制空権を失ったのち、米国による空襲が常態化した状況でも降伏することをせず、最終的には広島長崎の悲劇まで一般市民に犠牲を強いたということだろう。これらのうちにはわれわれ日本にも言い分のあることはいくらでもあるが、真珠湾攻撃という先制攻撃を行ったことだけはこの先の人類史に残り、それを消すことはできない。ロシア、というかプーチンとその取り巻きが遂行するこの侵略戦争がこの先、どのような結末を迎えるかは誰にもわからない。だが、かつて日本が”特攻攻撃”という断末魔の叫びにも似た戦いをしてまで、自ら始めた戦争を終わらせることができなかったことを考えると、先の大戦の時と同じような経過である今回の侵略戦争、ロシアも同じような行動をとるかもしれない。

 それにしても、こんなところで、世界史の中で忘れてもらいたかった真珠湾攻撃が引用されるとは、多くの日本人が油断していたことだったのではないか。ゼレンスキー大統領に他意はなかっただろうが、そもそも日本という国の過去を欧米はそのように見ているのだぞ、ということのように感じた。まるで、弱いものいじめをして逆襲にあってコテンパンにされたいじめっ子が、大人になってクラス会で旧友と思い出話をしたら、いじめの事実ばかりが話題にされているかのようだ。日本という国は、もはや歴史の一つとなった真珠湾攻撃という”罪”を人類史が続く限り負い続けていくことになるのだと思い知らされ、悲しい気持ちがした。

辛いものだね

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