課税新時代③ 課税権力のグローバル化
京都大学教授 諸富徹さんに聞く
―合算課税(ユニタリータックス)の導入は「課税権力のグローバル化」という観点からはどのような意義を持ちますか。
合算課税は、多国籍企業グループが全世界であげた利益を合算し、単一の全体利益を把握する方式です。これを実行するためには、企業の所得の定義を世界共通のものにする必要があります。また、各国ごとに企業の利益と費用を足し合わせるためには、企業活動に関する国別の情報を集約しなければなりません。
この段階で、各国の課税権力は国境を越えて強力に結びつき、ネットワーク化され、協力し合う関係になっていきます。企業が国境を越える経済活動を活発化させ、税逃れを激化させてきたのに対抗して、国家の側も国際課税ルールの共通化という形で国際協調を進め、税逃れを封じ込めようとしているという構図です。これは、国家こそが課税主権の唯一かつ排他的な主体であるという、19世紀以来の国家観からの脱却をも意味します。私たちは、「課税権力のグローバル化」が目の前で進行しつつあるのを目撃しているのです。
ただし、国民国家を超える世界政府のような課税主権を生み出すのとは違い、現行の国家単位の課税主権は維持されます。把握された多国籍企業の全体利益は、ケーキにナイフを入れるように切り分けられ、各国に配分されます。その後は、従来と同じように各国乙との徴収機関が課税を行います。このように、国家の課税主権を前提にして国際協調体制を深化させることで創出される21世紀型の新しい課税権力を、私は「ネットワーク型課税権力」と呼んでいます。
―現在、経済協力開発機構(OECD)は世界共通の最低法人税率を導入するという提案も行っています。
これも画期的です。
かねて、とめどなく法人税率を引き下げる「底辺への競争」を食い止める方法は最低法人税率の導入しかないといわれてきました。それがようやく日の目を見る。少なくともOECDが提案するところまでたどり着いたということです。
税逃れで有名な米国企業アップルの店舗=東京都内
市民が怒りの声
―「課税権力のグローバル化」が進む背景には何がありますか。
振り返ってみると、変化は2010年代半ばぐらいから起きていました。それまでOECDは「合算課税なんて非現実的だ」といっていました。ところが、無形資産によって増幅された多国籍企業の税逃れの実態が暴かれ、これを放置していたらひどくなるばかりだと、欧州諸国が突き上げたんですね。遠因は2008年のリーマン・ショックと、それに続いた欧州債務危機です。
低信用層向け高金利型(サブプライム)住宅ローンで火遊びをした金融機関は、公的資金で救済されたのに、一般市民は不況と緊縮財政で塗炭の苦しみを味わっている。「なんだ、これは」と市民が怒りの声をあげたのです。消費者や労働者の負担をこれ以上増やせない情勢の中で、税逃れしている多国籍企業からとろうという各国政府の問題意識が高まりました。金融部門に負担を求める金融取引税のアイデアが出てきたのもそういう脈絡です。
パナマ文書などを通じて、租税回避地の実態が全世界に知れ渡り、租税回避地の側が改革の動きに抵抗しきれなくなってきたという事情もあります。
変わる税制議論
―日本ではどんな運動が必要でしょうか。
税制をめぐる世界の議論は変わってきました。日本では、「社会保障を望むなら消費税率を上げるしかない」といわれてきましたが、そうではない道があることを国民に知らせる運動が必要です。
夢物語と思われるかもしれませんが、企業活動のグローバル化に対抗する「課税権力のグローバル化」はもう始まっています。OECDは今年半ばまでに合算課税と最低法人税率導入の最終合意に達することをめざしています。企業側の抵抗があり、紆余(うよ)曲折はあるでしょうが、それらを実行できる基盤が整いつつあるのです。
国際的な潮流を踏まえて、税制をめぐる議論の構図を変えていかなければなりません。
(おわり)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年2月27日付掲載
多国籍企業が世界をまたにかけて利益を上げているのを手をこまねいて見てるわけにはいかない。各国はお互い協力して、多国籍企業に課税して行こう。
「課税権力のグローバル化」って観点です。
それは、パナマ文書などの開示によって、「これはなんだ!」って怒りが市民社会から沸き起こったこと。国家もそれに応えざるをえなくなった。
日本でも、自公政権に対して市民と野党の共闘が沸き起こっていますが、国際レベルでの課税の動きです。
京都大学教授 諸富徹さんに聞く
―合算課税(ユニタリータックス)の導入は「課税権力のグローバル化」という観点からはどのような意義を持ちますか。
合算課税は、多国籍企業グループが全世界であげた利益を合算し、単一の全体利益を把握する方式です。これを実行するためには、企業の所得の定義を世界共通のものにする必要があります。また、各国ごとに企業の利益と費用を足し合わせるためには、企業活動に関する国別の情報を集約しなければなりません。
この段階で、各国の課税権力は国境を越えて強力に結びつき、ネットワーク化され、協力し合う関係になっていきます。企業が国境を越える経済活動を活発化させ、税逃れを激化させてきたのに対抗して、国家の側も国際課税ルールの共通化という形で国際協調を進め、税逃れを封じ込めようとしているという構図です。これは、国家こそが課税主権の唯一かつ排他的な主体であるという、19世紀以来の国家観からの脱却をも意味します。私たちは、「課税権力のグローバル化」が目の前で進行しつつあるのを目撃しているのです。
ただし、国民国家を超える世界政府のような課税主権を生み出すのとは違い、現行の国家単位の課税主権は維持されます。把握された多国籍企業の全体利益は、ケーキにナイフを入れるように切り分けられ、各国に配分されます。その後は、従来と同じように各国乙との徴収機関が課税を行います。このように、国家の課税主権を前提にして国際協調体制を深化させることで創出される21世紀型の新しい課税権力を、私は「ネットワーク型課税権力」と呼んでいます。
―現在、経済協力開発機構(OECD)は世界共通の最低法人税率を導入するという提案も行っています。
これも画期的です。
かねて、とめどなく法人税率を引き下げる「底辺への競争」を食い止める方法は最低法人税率の導入しかないといわれてきました。それがようやく日の目を見る。少なくともOECDが提案するところまでたどり着いたということです。
税逃れで有名な米国企業アップルの店舗=東京都内
市民が怒りの声
―「課税権力のグローバル化」が進む背景には何がありますか。
振り返ってみると、変化は2010年代半ばぐらいから起きていました。それまでOECDは「合算課税なんて非現実的だ」といっていました。ところが、無形資産によって増幅された多国籍企業の税逃れの実態が暴かれ、これを放置していたらひどくなるばかりだと、欧州諸国が突き上げたんですね。遠因は2008年のリーマン・ショックと、それに続いた欧州債務危機です。
低信用層向け高金利型(サブプライム)住宅ローンで火遊びをした金融機関は、公的資金で救済されたのに、一般市民は不況と緊縮財政で塗炭の苦しみを味わっている。「なんだ、これは」と市民が怒りの声をあげたのです。消費者や労働者の負担をこれ以上増やせない情勢の中で、税逃れしている多国籍企業からとろうという各国政府の問題意識が高まりました。金融部門に負担を求める金融取引税のアイデアが出てきたのもそういう脈絡です。
パナマ文書などを通じて、租税回避地の実態が全世界に知れ渡り、租税回避地の側が改革の動きに抵抗しきれなくなってきたという事情もあります。
変わる税制議論
―日本ではどんな運動が必要でしょうか。
税制をめぐる世界の議論は変わってきました。日本では、「社会保障を望むなら消費税率を上げるしかない」といわれてきましたが、そうではない道があることを国民に知らせる運動が必要です。
夢物語と思われるかもしれませんが、企業活動のグローバル化に対抗する「課税権力のグローバル化」はもう始まっています。OECDは今年半ばまでに合算課税と最低法人税率導入の最終合意に達することをめざしています。企業側の抵抗があり、紆余(うよ)曲折はあるでしょうが、それらを実行できる基盤が整いつつあるのです。
国際的な潮流を踏まえて、税制をめぐる議論の構図を変えていかなければなりません。
(おわり)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年2月27日付掲載
多国籍企業が世界をまたにかけて利益を上げているのを手をこまねいて見てるわけにはいかない。各国はお互い協力して、多国籍企業に課税して行こう。
「課税権力のグローバル化」って観点です。
それは、パナマ文書などの開示によって、「これはなんだ!」って怒りが市民社会から沸き起こったこと。国家もそれに応えざるをえなくなった。
日本でも、自公政権に対して市民と野党の共闘が沸き起こっていますが、国際レベルでの課税の動きです。