課税新時代③ 「弱きを助ける」が理念
国際課税研究者 津田久美子さんに聞く
―トービン税は実現しませんでしたが、2008年のリーマン・ショック後に姿を変えて再浮上しました。
力強い社会運動の歴史があり、人々の記憶にトービン税が残っていたところへ08年以降の危機がきました。それは通貨危機ではなく金融危機でした。この間に金融市場が大きく変化したのです。
経済の金融化が爆発的に進み、デリバティブ(金融派生商品)が急成長しました。デリバティブの一種であるクレジット・デフォルト・スワップ(債務不履行のリスクを肩代わりする商品)を販売し、膨大な損失補償を迫られる金融機関が相次いだことが金融危機の引き金になりました。
そこで、市場の安定化のためには金融市場全体の「車輪」に「砂」をまく必要があると認識されたのです。通貨取引だけでなく、デリバティブ取引やその原資産である株式や債券の取引にも税を課すということです。これが金融取引税の構想です。トービン税の課税対象を拡大したものといえます。
米国のニューヨーク証券取引所のトレーディングフロア(ロイター)
ロビン・フツド
―新しい市民運動が立ち上がりました。
金融市場の不安定性と並んで新たに問題視された事態がありました。巨大金融機関が次々と破綻の危機に陥り、「大きすぎてつぶせない」という理由で各国が公的資金を注入して救済したことです。
他方で欧州各国では財政難を理由に緊縮策が敷かれ、医療、教育、福祉などの公的サービスが削減されました。多くの国民が不満を募らせました。金融部門の責任を追及し、財政的な貢献を求める論調が高まりました。
イギリスでは10年に金融取引税の導入を主張するNGOを束ねてロビン・フッド・タックス運動が発足しました。現代版ATTACともいえる重要な役割を果たしています。
―金融取引税の前には大きな壁が立ちはだかってきました。
09年の20カ国・地域(G20)サミットで金融取引税が議題にあがりましたが、米国や日本が反対しました。欧州委員会は11年にEU全体で金融取引税を導入する法案を発表したものの、イギリスやスウェーデンの反対で断念しました。
国際的合意が難しいのは、金融機関をはじめとする対抗権力のロビー活動が活発だからです。金融取引税をめぐる議論は、グローバル資本の制約から国家の課税主権の自律性を取り戻す闘争だともいえます。
日本へ期待の声
―金融取引税の実現に向けた展望をどう考えますか。
以前から拡大していた国際的な格差がコロナ禍のもとで深刻化しています。その文脈の中で新しい税制のあり方を社会全体で構想する必要があります。
国際連帯税の理念は、苦しい思いをしている人たちに重い税を課して財源をつくるというものではありません。その逆です。富を蓄えすぎた人たちから徴収し、苦しんでいる人たちに再分配するのです。あるいは国際的な感染症対策の財源にし、公衆衛生上の安全を確保するのです。
金融取引税が欧州でロビン・フッド・タックスと名付けられた理由は、まさに「強きをくじき弱きを助ける」税金だからです。コロナ禍で国民の生活は苦しいのに、なぜ株価だけは高いのか。なぜ金融業界だけが潤っているのか。経済社会をよくすることを考えるなら、金融取引税の案は浮上するでしょう。
とはいえ一筋縄ではいきません。株取引や外国為替証拠金取引(FX)などの金融取引に参加しているのは富裕層だけではありません。欧州でも国民への影響を考えて制度設計を慎重に検討しています。議員立法はそうした点も含めて国民の間で議論を起こすきっかけになるでしょう。
欧州では大きな金融市場を持つ日本への期待の声が聞かれます。金融取引税を導入する仲間が増えれば、資本流出のリスクは減るからです。それゆえ本来、金融取引税はグローバルな規模での実施が望ましいといわれてきました。国際連携の可能性は、将来的には大きく開かれています。
(おわり)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年3月25日付掲載
通貨取引だけでなく、デリバティブ取引やその原資産である株式や債券の取引にも税を課すということです。これが金融取引税の構想。
金融取引税をめぐる議論は、グローバル資本の制約から国家の課税主権の自律性を取り戻す闘争。
とはいえ一筋縄ではいきません。株取引や外国為替証拠金取引(FX)などの金融取引に参加しているのは富裕層だけではありません。欧州でも国民への影響を考えて制度設計を慎重に検討しています。議員立法はそうした点も含めて国民の間で議論を起こすきっかけになる。
国際課税研究者 津田久美子さんに聞く
―トービン税は実現しませんでしたが、2008年のリーマン・ショック後に姿を変えて再浮上しました。
力強い社会運動の歴史があり、人々の記憶にトービン税が残っていたところへ08年以降の危機がきました。それは通貨危機ではなく金融危機でした。この間に金融市場が大きく変化したのです。
経済の金融化が爆発的に進み、デリバティブ(金融派生商品)が急成長しました。デリバティブの一種であるクレジット・デフォルト・スワップ(債務不履行のリスクを肩代わりする商品)を販売し、膨大な損失補償を迫られる金融機関が相次いだことが金融危機の引き金になりました。
そこで、市場の安定化のためには金融市場全体の「車輪」に「砂」をまく必要があると認識されたのです。通貨取引だけでなく、デリバティブ取引やその原資産である株式や債券の取引にも税を課すということです。これが金融取引税の構想です。トービン税の課税対象を拡大したものといえます。
米国のニューヨーク証券取引所のトレーディングフロア(ロイター)
ロビン・フツド
―新しい市民運動が立ち上がりました。
金融市場の不安定性と並んで新たに問題視された事態がありました。巨大金融機関が次々と破綻の危機に陥り、「大きすぎてつぶせない」という理由で各国が公的資金を注入して救済したことです。
他方で欧州各国では財政難を理由に緊縮策が敷かれ、医療、教育、福祉などの公的サービスが削減されました。多くの国民が不満を募らせました。金融部門の責任を追及し、財政的な貢献を求める論調が高まりました。
イギリスでは10年に金融取引税の導入を主張するNGOを束ねてロビン・フッド・タックス運動が発足しました。現代版ATTACともいえる重要な役割を果たしています。
―金融取引税の前には大きな壁が立ちはだかってきました。
09年の20カ国・地域(G20)サミットで金融取引税が議題にあがりましたが、米国や日本が反対しました。欧州委員会は11年にEU全体で金融取引税を導入する法案を発表したものの、イギリスやスウェーデンの反対で断念しました。
国際的合意が難しいのは、金融機関をはじめとする対抗権力のロビー活動が活発だからです。金融取引税をめぐる議論は、グローバル資本の制約から国家の課税主権の自律性を取り戻す闘争だともいえます。
日本へ期待の声
―金融取引税の実現に向けた展望をどう考えますか。
以前から拡大していた国際的な格差がコロナ禍のもとで深刻化しています。その文脈の中で新しい税制のあり方を社会全体で構想する必要があります。
国際連帯税の理念は、苦しい思いをしている人たちに重い税を課して財源をつくるというものではありません。その逆です。富を蓄えすぎた人たちから徴収し、苦しんでいる人たちに再分配するのです。あるいは国際的な感染症対策の財源にし、公衆衛生上の安全を確保するのです。
金融取引税が欧州でロビン・フッド・タックスと名付けられた理由は、まさに「強きをくじき弱きを助ける」税金だからです。コロナ禍で国民の生活は苦しいのに、なぜ株価だけは高いのか。なぜ金融業界だけが潤っているのか。経済社会をよくすることを考えるなら、金融取引税の案は浮上するでしょう。
とはいえ一筋縄ではいきません。株取引や外国為替証拠金取引(FX)などの金融取引に参加しているのは富裕層だけではありません。欧州でも国民への影響を考えて制度設計を慎重に検討しています。議員立法はそうした点も含めて国民の間で議論を起こすきっかけになるでしょう。
欧州では大きな金融市場を持つ日本への期待の声が聞かれます。金融取引税を導入する仲間が増えれば、資本流出のリスクは減るからです。それゆえ本来、金融取引税はグローバルな規模での実施が望ましいといわれてきました。国際連携の可能性は、将来的には大きく開かれています。
(おわり)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2021年3月25日付掲載
通貨取引だけでなく、デリバティブ取引やその原資産である株式や債券の取引にも税を課すということです。これが金融取引税の構想。
金融取引税をめぐる議論は、グローバル資本の制約から国家の課税主権の自律性を取り戻す闘争。
とはいえ一筋縄ではいきません。株取引や外国為替証拠金取引(FX)などの金融取引に参加しているのは富裕層だけではありません。欧州でも国民への影響を考えて制度設計を慎重に検討しています。議員立法はそうした点も含めて国民の間で議論を起こすきっかけになる。